社会が複雑になってきた今、人間関係もかなりややこしくなってきており、ストレスも増大してきています。


現代は、価値観の多様化で、さまざまな考えをもった人々が生きているのですから、意見の違いによる衝突は避けられません。


自分がよいと思ってやったことが、相手には迷惑だったということもあります。


人はそれぞれ、自分なりのルールに従って生きており、生きる目的も、幸せに対する考え方も違いますから、仕方がありません。


自分が正しいと思うなら、どんな信条に従うのも自由ですが、ただ最低限守るべき重要な原則があります。


それは、「自分に権利があると思うことは、他人にも権利があると認める」ということです。


ルールとは、自分の自由を制約するためにあるのではなく、自分の権利を主張するためにあるものなのです。


列に並ぶということは、「私は、先に並んでいる人を抜かしません。その代わり、後からきた人も私を抜かさないでください」と主張する行為なのです。


自分がされたくないことは他人にしてはいけないし、自分ができないことを他人に要求してもいけません。


「自分だけが許される」という考えは違うのです。


自分が誰かに愛情を要求するなら、自分もいつ誰から愛情を要求されても、必ず応えなければなりません。


友人の心が変わったと非難する人は、けっして自分も考え方を変えてはいけません。


では、この原則を破る身勝手な人に対しては、どう対処すればよいのでしょうか。


端的に言ってしまえば、どうしようもありません。


他人に恨まれ、軽蔑されてまで何らかの利益をえても、心からの幸福感はえられず、虚しいものです。


ふつうの人は、そんなことは自分にとって損だと思うから、身勝手な行動を控えるのです。


しかし、それでいいと開き直っている人には、対処するすべはありません。


ただ、「身勝手な行動をとること」と「他人から認められること」を両立させることは誰にもできないという点では、みな平等なのです。


身勝手な人は、誰からも理解されず、誰からも愛されず、孤立して生きていくことに耐えなければなりません。


それは自分にとって損な選択だということに、いつか気づくことでしょう。


「他人に嫌なことをされたのだから、自分も他人が嫌がることをしてもかまわないのだ」などと考えてはいけません。


そういう人は、また「自分も他人に嫌なことをされても文句を言えない」という無限の苦しみの中に引きずり込まれることになります。


人間同士、考え方の違いによる衝突は、よく起こるものです。


他人と考え方が違っても、自分が正しいと思うなら、怖れることも恥じることもありません。


互いの考え方を尊重し合えばよいのです。


「自分がしたことは、他人にされてもかまわない」という原則さえ守っていれば、人間関係において不安を感じることはないし、無用なトラブルも避けることができるでしょう。