早起きは三文の徳という言葉はみなさんご存知なことと思います。

早起きするといいよ〜。なかなかできない時もありますよね。寝たいし、冬は特に、お布団でのぬくぬくタイムが幸せですよね☺️💓


私の家族は早寝早起きなんです笑😆

その理由を今回お伝えしたいなと思い書き始めました。


祖父は今88才なのですが、3歳と5歳で父と母を無くし、2人の姉と育ての親に育てられたようです。


日本酒の蔵の息子で、土地持ちでその土地を切り売りして3人の子供を育てたと言われています。

本当のところは、私には分かりかねますが…

恐らく相当、苦労はしてきたと思います。

昔カルピスが出た当初、そのまま曾祖父が原液で飲んで、これはなんだ?!と驚いた話は今でも夏になると母がよく話してました。笑


祖父は、東京都に生まれ育ちましたが戦争もあり、岐阜県へ疎開したそうです。そこで後に祖母と出会い結婚するのですが爆笑飛び出すハート

そんなこんなで、岐阜の暮らしが根付いたのか、にわとりを飼うようになり🐓🥚卵を産んでもらい、自給自足のような畑で野菜を作るが好きで、埼玉県のど田舎に電気屋さんを閉めて、移住します。


この田舎暮らしで、にわとりとの生活を始めた祖父は、当時は祖母も生きていて、元気でしたので2人で田舎暮らしを堪能し、孫や娘たちが集まりワイワイしてました。中古物件を手にしたので、リフォームをして住んでました。祖父の家は、昔ながらの物がたくさんあり、二層式が好きな祖父は、電気屋さんなのに洗濯機は絶対に二層式を使っていました。私も使い方から、野菜もスーパーではあまり見ないものまで。本当に楽しくて🥺✨

今ではとても財産になっています。私の好奇心をくすぐるものばかりで、色んな知恵を祖父や祖母が付けてくれました。

にわとりと共に、朝は夜中のような真っ暗な時間から起きて、さらには電気屋さんなのにドケチなので電気料金の1番安い時間に料理や洗濯などの家事をするという徹底ぶり。本当にそれが節約で身体の為だったのかはわかりませんが、自給自足のような自宅の庭と、畑を借りて野菜をつくり、肥料は、にわとりの糞を使ってました。

我流過ぎる祖父は!本当に野生すぎて、相当苦労してきたから、そうせざる追えない環境下で暮らし、必死に生きてきたから、我慢も多かったし辛抱強く、人とのコミュニケーション能力も身につけて、商店街の会長や、ゲートボールの長など、引っ越す前の世田谷の商店街も、引っ越した先でもコミュニティーでのリーダーシップを発揮したり、色々と果敢に挑戦している姿をみて、私は、祖父のその力は私にも少し遺伝してるのかなと思う節があります。


ローカル線で1時間に1本という東京都の新宿区で産まれ、東京で育った私には、山手線通学していて2分に一本とかの生活をしていたので、待合室で映画観られるんじゃない?くらい、時間をつぶすのはどうしようと乗り換えも時間が空いたりと、効率よく無駄なく生きたい私としては、ローカルなところへ引っ越したのは今でも、他にもうすもう少しアクセス良かったところ合ったのではと感じています。

そんな祖父の仕事は、電気屋さん、世田谷のとある商店街で、よく芸能人も来店や修理を頼まれたそうです。

山Pの家に祖父はいき、テレビの配線を自宅でやったそうです。しかもお礼にCD💿など色々とくださろうとしましたが、俺は分からん要らないと断ってしまったそうです。家族中に、猛烈に怒られてる祖父は、あとからそんなにすごいんだと、なんだかある意味人を選んで、仕事するのでは無く平等に接してるのかなと、その部分はとても尊敬できるなと感じました。


色んな話に脱線しましたが、伝えたいことを書けたかなと思います。

書きながら足しながら書いたので、話が前後しているかもしれませんが、話したいことが沢山あるんだな〜溢れちゃってるな〜と笑ってもらって読んでもらえたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます😊🌟