釜石を後にして、最後に向かったのが陸前高田。
正直、地震が起こらなければその存在も知ることがなかったかもしれない街です。

テレビでは志津川などと並んで被害が大きいと紹介された街。
今日ここまででも津波の被害は想像を絶するものであったにもかかわらず、
そう紹介される街はどうなっているのか。

見当がつかないまま、街に入りました。
すると待ち受けていたのは・・・

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なにより街に入った瞬間、これまでとは違うものを感じました。
臭いです。
何かが腐敗した臭い。
とてもではないですが、今ここで生活することは出来ません。
ただ、生活しようにも何も残っていない街がそこにはありました。
数少なく残った鉄筋コンクリの建物も5階の一部まで水が入った跡が。

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これではどこにいても逃げ場はなかったでしょう。

そして驚いたのはこの光景。

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一見普通の道路ですが、実はここには高架橋があり、その下を鉄道が通っていたのです。
今やその名残はこのぐらいしかありません。

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高架橋は無残にも流された結果、突貫工事で作られたのがこの仮の道路。

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道路の先には無残にも決壊した堤防が広がっていました。

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そしてこちらは海と貝のミュージアム。

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中に入れば、整理されたところもあるものの、いたるところに津波が襲った痕跡が今も残っていました。

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きっと2階のカフェから眺める景色はとてもきれいだっただろうに。
今その目の間に広がるのは・・・

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