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宮古から南下し、たどり着いた大槌。
宮古の街ですら十分すぎるほどの衝撃的な光景でしたが、
大槌の街に入った瞬間の光景はそれまでの衝撃を一瞬忘れさせてしまうほどの光景でした。

「光景」とはいったものの、「無」。
ここに街があったという事実が理解できないほど、そこにはなにもありませんでした。

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カーナビを頼りに大槌駅へ。
駅前の商店街は、写真でしか見たことがありませんが、空爆の後のよう。

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車が走ってなければ、時間が完全に止まっている錯覚にすら陥りそうです。

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そしてたどり着いた駅。

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正確にいえば、「駅舎があった」場所。

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今となっては地面のコンクリの色が違うことだけがその証です。
改札(があった場所)をくぐりホームへ。ホームから街を見渡します。

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そして視線を手前に戻せば、そこにも無残なまでの光景。

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反対側のホーム。その先にも街はもうありません。

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ホーム同士をつなぐ「跨線橋」も、辛うじて残った土台だけが
それがあった位置が示してしました。

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線路は震災後に撤去されたよう。

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ただ、線路なき後にもこの街の生活の痕跡は残っていました。

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基礎だけが残ったホーム。

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ここに再び列車が停まる日は来るのでしょうか。

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感傷的・感情的になってしまいがちだからこそ、
冷静になってしっかりと考えていけなければならないでしょう。

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そのためにはこの街をどうしていくのかという議論も欠かせません。
そして議論するためには、しっかりと記録に、記憶に留めておくことが必要だと思います。

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ところで・・・
「あの時」から時間が止まってしまったかのような大槌の街にも
新たな「日常」を2つ見つけることが出来ました。

一つ目。

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そして二つ目。

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小さなこと。
でも当たり前のこと。
こうやってまた新しい街の歴史が築かれていくのだと思います。