足りなすぎ | Essen und Singen 中年になってからの声楽お勉強

Essen und Singen 中年になってからの声楽お勉強

30で始めた合唱をきっかけに声楽をかじり始め、既に十数年。一向に上達しないのに熱は冷めるどころか、ますますのめり込む。気がつけば結構な時間とエネルギー(とお金)費やし、パートタイムながら音大生になってしまった。せめて記録をつけておこうかと。

学年末の実技試験が終わった。
12月の発表会で痛感した足りないところ、できないこと、を、1月からの練習で少しは克服できるようになった、克服するための方法もわかった、と実感していて、喉の状態も今朝は(雨交じりの雪のおかげ?)悪くなくて声も調子よくでていた。楽屋で歌ってみた感じも悪くなくて。あとは本番でこの通りに歌うだけ、って思ったのに。
本番、やっぱりできなかった。先生の講評は、毎回練習で言われていたことと全く同じ。散々注意してたけど、全部わすれちゃったね、という悲しいコメントだけだった😔

自分でも、集中して調子よく歌えている時とは大違いのモードで歌ってしまったことを、歌っている最中から実感していた。でも、どうしようもできなかった。緊張はしていなかったつもりだけど、やっぱり硬くなっていたのかもしれない。喉は開かず、緩められず、結果声もとても硬かったし、ビブラートも中途半端。そして、歌っている間、冷静に自分のことを客観視してその瞬間瞬間、いろいろ考える自分がいた。雑念が多すぎたんだと思う。

あーあ。
練習のときはもっと歌えてたのに、なんで本番になると喉が開かなくて歌えないのかな…
なんて思いで落ち込んだけど、考えてみれば、普段からちゃんできていないから、毎回の練習でも注意されてたわけで、普段ちゃんとできていないことが、緊張して硬くなっている本番でできるわけがない。結局、「その時だけうまくいかなかった」んじゃなくて、うまくいかなかった本番の出来が、今の現実であり、私の力だってことなんだと認めないといけないのだ。

1年やってきて、自分なりに努力してきて、それでこんなものか…と思うと、情けない気もするし、何度も同じことを言ってくださる先生にも申し訳ない。
こんなんじゃ、あと2年やっても所詮思うような上達なんてできないんだろうな、と悲観的な思いにもなる。

前回の発表会での失敗から奮起して、今回の試験でしっかりリベンジ、となれば話としてもうまく回収できたけど、そんな理想的な展開にはならなかった。安直な展開をなんとなく想像していた自分が情けないというか、恥ずかしい。やっぱりまだまだ経験も努力も足りない。

知り合いのピアニストさんからは「試験なんて落ち込むためにあるんだから、とことん落ち込んで、そこからまた努力しなさい」と言ってもらった。努力がどこまで身を結ぶか、わからないけど、やると決めたことだし、好きなことだし、できないと悔しい、という思いがある以上、今までよりさらに真剣に取り組んでいくしかない。

とにもかくにも、長かったようであっという間のディプロマ1年目が今日で終了。こんな贅沢な環境で学べることのありがたさを感じ、この環境に見合う実力をつけたいという思いあらたに、2年目スタートの準備に取り掛かることにする。