Essen und Singen 中年になってからの声楽お勉強

Essen und Singen 中年になってからの声楽お勉強

30で始めた合唱をきっかけに声楽をかじり始め、既に十数年。一向に上達しないのに熱は冷めるどころか、ますますのめり込む。気がつけば結構な時間とエネルギー(とお金)費やし、パートタイムながら音大生になってしまった。せめて記録をつけておこうかと。

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昨日はお世話になっている先生方がソリストを勤められたバッハのクリスマスオラトリオとベートーヴェンのミサ・ソレムニスを聴きに川口へ。リリアメインホール、初めて行ったけど、オルガンつきのとてもステキなホールだった。
祝祭的なクリスマスオラトリオのあとに始まったミサ・ソレムニス、生で聴いたのは初めてで、改めて大曲の全貌を実感。典礼文を使った5曲からなるのは通常のミサ曲と同じとはいえ、それぞれががっつりした構成を持ち、曲想を大きく変容させながら同じテキストが何度も繰り返し歌われていく。第九と同じ時期に作られているだけあって、テキストにベートーヴェン独自の解釈と思いを込めた、ミサ曲の枠に収まらない熱い大曲という印象。通しで80分かかる全曲の演奏にはオケも合唱も、もちろんソリストも相当にエネルギー消費しそうだけど、多くない人数でフルオケとパワフル系ソリストチームに立ち向かった(て変な言い方だけど)合唱の皆さんご立派でした。先生方の、授業では聴くことはないパワー全開のお声、しかもラテン語歌唱を聴けたのも良い経験というか、正面から発声されている様子を観察させていただけたのもとても勉強になった。

オペラ演習の試演会が終わり、色々な思いを洗い流すように、とりあえずフィガロ以外の音楽を浴びるように聴きたいモード。振り返りと反省を少し先延ばしにして、明日は第九を聴きに行く。
集中力ってどうしたら培えるんだろう。

きちんと役の気持ちに入って集中を作ってから演技なり歌なり始めないと、何度繰り返しても意味がない、って言われてしまった。
こちらはダメだしされると焦ってしまい、つい即座に返そうとしてしまうんだけど、それだと全く演技モードでないところで、出来なかったところを直すことだけを考えて動くだけで意味がない。ダメを出されたところをきちんと把握しつつ、慌てずに気持ちを一度リセットして集中モードに入ってからやり直すことが必要、って言われるのだけど、どうしたら集中のモードに入れるのか? 

…ということを考え続けていたところに、ふと、先日演出家から言われたもうひとつのダメ出しと指摘を思い出した。 

いい声で歌うことばかり考えたらダメあなたの目は演技中、自分の声の響きを追い求めていて、ケルビーノとしてモノを見ていない、と。 

言われてみればその通り。声の響きを追っているのはケルビーノではなく、素のわたしなわけだから、声が出せるかを心配してるうちは、演技に集中なんてできるわけがない。
なるほどねー、そりゃそうだ。ケルビーノは声がきちんと出ているか、とか、音程が間違ってないか、なんて考えてないものね。
とはいえ、オペラはやっぱり歌あってのものだから、ちゃんと声が出せているか、歌えているか、は歌い手として常に気になる。けど、そもそもオペラって、何も考えなくても当たり前のようにいい声で正しい音程で歌えて、その上で演技に集中できる、っていう人がやるものなんだよ…、と今になってつくづく実感しているけど、時すでに遅し。わたしは今年の声楽専攻オペラ演習クラスに参加してしまい、その本番まで1ヶ月たらず。

ここはもう、開き直るしかない、という気分になってきた。
演技そっちのけで響きを追い求めたからって素晴らしい声で歌えるわけではないんだから(爆)、演習家の言葉に忠実に、声のことはもう気にせず、ケルビーノとしてその場面に集中して取り組むことに全神経を傾けよう、と。なんなら、集中することで声にも良い影響が出るかもしれないし…と
いう根拠のない楽観主義も、開き直りに付け加えて。 

集中集中!
何とかな〜る!

よし、マインドセットはできた。

で、どうすれば集中できるのかな…?
ぐるぐる逡巡は止まらない。
学年末試験とその試演のための課題曲緊急追加とか、音楽学演習での発見とか、創立300年!記念イベントで世界中を回っていたBreitkopf社長の特別講義とか、書き記しておきたいことは山ほどあるのだけど、時間がない…というか、やらないといけないことをこなす以外の時間にさらに生産的なことをする気持ちのゆとりがなくてなかなかブログを書けない。サイレントフォローで読ませて頂いているブログの多くはとても頻繁に更新されていて、皆さんとても忙しい毎日を送りながらちゃんと書き続けていてえらいなあ、といつも感心しつつ、わたしは月イチすら守れない。

忙しい人の方が時間を捻出できる、ってこの間誰かがラジオで言っていたけど、本当にその通りだと思う。忙しい人は、時間の使い方がうまくて、少しの空き時間でも上手に無駄にしないから。わたしの日常は暇とはいえないけど、それほど超多忙な生活をしているわけではない。中途半端に忙しいだけだからか、結果的に無為に過ごしている時間も間多いのだと思う。ま、その無為な時間があってこそ、疲れも溜めずに健康でいられるのではと自分では納得しているのだけど。

早くも11月下旬。オペラ演習コースの試演会まであと1ヶ月しかない。先生達は、生徒たちの目の色を変えさせるためか最後まで気を抜かせないためか、ここに来て急に厳しくなってきた。全体的に立ち稽古でのフィードバックがなんだか辛辣で、もちろん正当な指摘が多いとはいえ、中にはちょっと筋が通らないんじゃ…?ということもあり。直前に無理やり厳しく追い込んでおいて一体感を持たせて本番後(直前?)に優しくしてなって感動させ、という筋立てか?とうがった見方をしてしまうのも失礼だけど、一般社会だったらそれじゃ通用しないよね、っていう無駄な理不尽さが垣間見えてしまうのは事実。でも、ここは学校であって会社じゃないし、わたしの知っている社会の常識を期待するのが間違ってるので、そういうものとして受け入れている。たしかに学生の時は学校で先生に言われることの正当性は疑いもしなかったな、とおぼろげに思い出しつつ。

この演習ではそれぞれの役っぽい衣装を調達するのも学生のタスクになっていて、前期のうちに「だいたいこんな感じ」という指定がなされる。今月に入り、調達した衣装を演出家の前で着てチェックを受けて、OKが出たら以降それを着て立ち稽古をすることになった。
ケルビーノは白のドレスシャツと黒のスパッツにブーツ、そして羽つきの帽子、とオーソドックスな指定。学生さん相手なので先生方は「なるべく買わないで、あるもので」とおっしゃりつつも、細部へのこだわりが結構強く、「あるもの」ではなかなかOKが出ない。わたしも絶対大丈夫だと確信していた、袖が膨らんで大きなリボンタイがついたクラシックなリネンのブラウスを却下されたり、スパッツも乗馬ズボンのようにハイライズなものを、と言われたりで、結局上下、そしてブーツも新調した。うまい具合にZARAでそれらしいものが全部あったので、たいした金額にならなかったし、お題ありきの服選びなんていうのも非日常的で楽しかったからいいんだけど。

先日の稽古でやっと全身OKが出たので、あとは本当に、純粋に歌と演技をなんとかすることだけに集中できる。とはいえ、そっちがなかなかうまくいかないので困っている。演技については、言われたことをやっているだけではダメ、自分で考えて間を埋めるようにと言われるものの、あまり応用をきかせすぎるのもだめ、で、さじ加減が難しい。生意気なようだけど「この時ケルビーノはどう考え、どう反応するか」の解釈が演出の先生と合わない部分があって、そういうところは、もちろん先生の意向に沿って動こうとするのだけど確信が持てないせいかしっくりいかない。考えすぎない、次の動作を自動的にやらない、相手の歌を一緒に歌わず、その時初めて発せられたものとしてきちんと聞いて、その上での反応としての演技をする、など基本的なところにも毎回ダメ出しもいただいて、それは完全に納得してるんだけど、なかなか身につかない。
歌は、演技に夢中になると発声が疎かになるし、意識がいきすぎると、動きが止まってしまうし…と、オペラ初心者あるあるを地で行っている。指揮者からは、歌うときにいちいち止まると音楽も止まって聴こえる、とNGが出されたので、最近は歩きまわりながらアリアを歌う練習をしている。これはなかなかに難しいけど、重心を低く保って、上半身には力を入れないで、という状態を作るいい訓練になる気がするのでこの機会にちゃんとできるようになりたい。

ていうか、なりたい、では今さらダメなんだよね💧 

できるようにならないといけないことだらけであと1か月後に本番を迎えられるんだろうか… 

幸い月曜日の簡単な手術は受けたことを忘れるくらい順調な経過を辿っていて、歌にはほとんど支障を感じない。入れ続けていた点滴のせいか手術1日後に急激に上昇していた体重も一気に減ったのでひと安心。
体調の心配が取り除かれたんだから、全力でやるしかない。