熱っぽいくせに寝れません。



いや、むしろ熱っぽいから寝れないのかしら。



ということでつらつらと文章を書いてみる所存。




最近(てか結構前からか。)やたらめったら



「私は何を望んでるんだろう?」とか「何がしたいんだろう?」とか言ってるのはわけがありまして。



一つの懸念がぬぐいきれないからなのであります。



それは「私が私だと認識している私は、ほんとうに私なんだろうか?」ってことです。



ずっとずっと、



「こう在るべき」だと思う存在になろうとしてきて。



「ありのままの自分」なんて少しも認めようとしてこなかった。



だから、私の本来の性質はもうほとんど薄れてしまってるんじゃないかって。



もしくは押さえ込もうとするあまり、無意識下に抑圧されてしまってるんじゃないかって。



だから、わたしってどんなだっけ?いままでどうしてたっけ?っておもう事ばかりなんじゃなかろうかって。



だから、「作り物の人格」で外に出続けることが著しく困難で、定期的に家にこもらなきゃやってけないんじゃないかって。




こないだテレビで、人の「怒り」の発現は、大きく分けて数タイプにわけられるってなことをやってた。



爆発した後けろっとするタイプとか、ねちねちずっと言うタイプとか、静かに怒るタイプとか。



そのなかで「恨み型」ってのがあってね。



そのタイプの人は、「きっかけとなる出来事が起ってからしばらくしないと、自分が怒りを覚えたことに気づかない」んだって。


もっと言うと、「感情を無意識に抑圧してしまうため、自分が悲しいのか嬉しいのか、実はいつもわかってない」らしい。


「周りの人間の感情を自分の感情と勘違いして生きている」から。



私、完全にこれだわと思った。



ずっと昔言われたことが、後から気になって仕方なくなって初めて



「あぁ、私、悲しかったんだ」とか「腹を立ててたんだ」とか気づいたりする。



後から気づいても遅くって、怒りや悲しみは募っても、それを感じさせた人には今更何も言えない。




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そんないろいろもあって、22年目にしてやっと「本来の自己」を肯定しようという気になったのだけど



いかんせん、「本来の自己」が迷子。



もしかしたら自分のことが一番わからないかも。



一体どこに行ってしまったのやら。



こんなときにこそ、第六感を用いるべきかしらね。



最近気を抜くと軽いトランス状態に入りそうになって困ってたところだ。



あちらの世界から探してみよう。