電車で傘をトントンする人がこの世で一番嫌いと言っても過言ではないくらいなので、その思いを文字に起こしてみようと思います。
「プシューッ」電車の扉が開く。
―土曜なのになんでこんなに混んでいるんだ。こっちは仕事なのに―
スーツについた雨粒を無造作に払いながら、電車に乗り込む。
人の熱気で曇ったガラスに、押し付けられるように乗車した。
身動きがほとんど取れない。
だけど後2、3駅でだいたい降りるはず、それまでの辛抱だ。
駅に着き、いつもどおり人がどっと降りていく。
席が空いたのでそそくさと座る。
客はまばらで他にも席は空いており、先ほどまでの混雑が嘘のようだ。
ストレスから解放され、腰を下ろしてホッとしたのか、癖でつい手に持ったビニール傘を床にトントンと数回叩きつけた。
そして深い溜息とともに、私は目を閉じた。
また「トントン」と足元で音がする。
もちろん私であるが、ほぼ無意識なのでどこか他人事のようだ。
そんなことを繰り返しながら…。
…どれくらい経っただろうか、ふと誰かの視線を感じた。
薄目を開けて窺うと、
「!!!」
目の前に気味悪く、うすら笑いを浮かべた顔があった。
どうやら寝過ごしてしまったらしく、周りにはソイツと自分しかいないようだ。
フードを目深に被っており、口元からでは男か女か区別できない。
辺りはいっそう薄暗く、なんだか肌寒くなっていた。
私は恐る恐る
「な、なんですか?」と尋ねた。
眼前の張り付いたような笑顔の口角がさらに高くなり、裂けるようにして口が開く。
「その音やめていただけませんかァ」
どこか楽しげな、けれど無機質な声が発せられた。
「???」
「その音やめていただけませんかァ」
全く同じセリフだったが、今度は私の持つ傘を指差している。
「あ、ああ。傘ね。…なんでそんなこと言われなきゃなんないの。別に、
「その音やめていただけませんかァ」
「チッ、わかったよ!」
「…ありがとうございます。」
弱々しくそう言うと、一瞬ソイツの表情が曇った。
「でも!次にやったら○?×△」
何を言っているのかはわからなかったが、恐ろしくなって、立ち上がり慌てて扉に向かう。
そのタイミングでちょうど駅に着き、扉が開いたとたん急いで私は飛び出した。
振り向くと、ソイツは追って来ることは無かったが、電車に乗ったまま私が見えなくなるまで、いつまでも張り付いた笑顔のままこちらを見つめていた。
息を切らしたまましばらくホームで呆然とする。
っとすっかり遅刻だ。急いで乗り換えないと。
見慣れない駅に戸惑いながらも、電車に乗り込む。
また随分と空いてるな。
足がガタガタと震えている、無理もないか。
確かに降車しなかったのを見た。
気を張って疲れたし、ひとまず座って落ち着こう。
それにしても今日はツイてない。たかが傘くらいで馬鹿馬鹿しい、俺の勝手だろう。
「トントン」
「…ト」
電車の規則的な振動音のみを残して、辺りは心地よい静寂に包まれた。