告別式
告別式に行ってきました。
生徒の時は、親が代表で参加したりしたけれど、母の分まで思いを届けにいきました。
みんな、生徒の時は、神妙な雰囲気で発作が起きたり…とかで、慣れない場面に四苦八苦していたけど、みんな、本当に社会人。
場面を読んで空気を読んで、なんだか尊敬しちゃった。。
献花をする時に、準備中は談話室で待機していたんだけど、初めて聞き覚えのある安心する声がチラホラ聴こえてきた。
デジタルフォトフレームで、遺影を流して、想い出がその度に思い出させる。
あるクラスメイトが、手を伸ばしてきて、スキンシップを図ろうとしたら、声をかけてきた。
まるで、「がんばれよ!」って聴こえた。
私は、この学校のクラスを本当に誇りに思っている。
R、同じクラスで幸せでした。
BGMが、ポンキッキでよく聞いていた私達の世代曲と、「いないいないばぁ!」や、「ノンタンと一緒」など、学校でよく聞いていた歌が流れていた。
ねえ、R…私はRのお母さんに時々話を聞いてもらっていたんだ…知ってたかな?笑
クラスのみんなに会いたい…って思わず話したんだ。
もしかしたら、ママももっと元気になるかも知れないし、優しさを取り戻せるかも知れないし、とにかく、母校から出発したい気持ちがいっぱいになったの。
転校して行ったお友達も、ネットなどで駆使して会えるように、少しずつ会いに行けたらいいなって思っていたの。
クラスのみんなに会いたい…
久しぶりに会えたクラスの子もいて、願いを叶えてくれたね!
でも…Rが、死んじゃったら意味ないじゃないのよ笑…
どこまでも優しいんだから…ありがとう。
今年は、行動の年にしてみるよ、できるだけ。
機会はあるのじゃなくて作るのものを教えてくれてありがとう!
ありがとうありがとう…
本当にありがとう…
みーんな、仲良しでいるからね。
Dear…
2013年の幕開けに、どうしても辛くなりブログを書きます。また、近日、改めてご挨拶をしますので、スルーして下さって結構です。
※※※※※※※※※
一月一日。
クラスメイトの訃報が届きました。
私は、特別支援学校(旧養護学校)卒業生で、病気などで、在校生時代から、後輩、先輩が亡くなるのを沢山見送ってきました。
クラスメイトのRの原因は、突然死という事しかまだ分かりません。
12月の中旬、クラスメイトのRのお母さんとLINEのやり取りをしたばかりで、勇気を貰ったばかりでした。
初めて会ったのは今から18年前。
私が転校生という形で、初めて入った特別支援学校。
いつもどんな時もニコニコ笑っていたのが第一印象。
中学の卒業式の時、「この子は、泣けない障害があるの」とお母さんが教えてくれた。
でも…お母さんが謝恩会などの準備に追われている間、私はRと手遊びをしたりしていたら、ツー…って涙を流してたのを鮮明に覚えている。
このような、奇跡をいくつも見せてくれていた。
高校もエスカレート式だった為、六年間同じクラスだった。
実は、我が母校は、小学部もあり、一緒に過ごしたクラスメイトの中では、プラス6年、計12年一緒に過ごした子もいる。
そして、高校も無事に卒業し、お互いに進路の道に進むが、Rと同じ進路先に行った子が、結構メールや電話で近況を教えてくれていた。
2010年、高校卒業間近に、校庭に埋めたタイムカプセルを掘り起こした。
Rのお母さんが、写真を沢山撮ってくれて、「お疲れ様、ありがとう!」と送ってくれた。
その時も、最近自慢のスマイルがないとお母さんは言っていたけど、クラスメイトと会った瞬間、手足をグーンと伸ばして、あの笑顔を見せてくれたのだ。
声を出したら、皆も声を出す。
恐らく、Rの中では、仕事(作業所)とプライベート(クラス会)を分けていたのだろうと思った。
毎年、うちのクラスは、忘年会、新年会がRのお母さんを筆頭に行われているらしいが、私の母は、ずっと不参加のままだけど、母が選んでくれた学校。私の長所を伸ばしてくれた学校。
なかなか、母が顔を出せなくても、今年は、学校に久しぶりに行こうと思っていた矢先だった。
実は、もう一人、Hくんというクラスメイトも亡くなった。
そして、中学時代にお世話になった恩師、高校時代にお世話になった恩師も若くしてこの世にはいない。
去年、同じ部活だった先輩も亡くなったって聞いたなぁ…。
写真を観ると、この世にいない人があちこちにいる不思議さに未だに慣れない。
「死んだらみんなに会えなくなるんだよ。好きな歌も聞けないよ。思い出も語れないよ!」と、身を持って亡くなったとしか考えられないRの死は、時々、哀しみに落ち込み過ぎる私へのメッセージと思って、前に進もうと思う。
R、ありがとう。
私、頑張るからね。
もちろん…全て嘘ならいいけど、信じられないけど…
今、Rは、何を思っていますか?
スマイルプリンスのRに出会えて幸せだったよ。
皮肉にも、こういう時しか皆が集まれないから、「元気なうちに集まれよー!」とも言われている気もする。
だから、絶対、私は、このクラスになった事に誇りを持って胸を張っていく!
Rが1番好きだったルノアールの絵を貼ります。
本当に…誤報なら、いいのに。。。
iPhoneからの投稿
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一月一日。
クラスメイトの訃報が届きました。
私は、特別支援学校(旧養護学校)卒業生で、病気などで、在校生時代から、後輩、先輩が亡くなるのを沢山見送ってきました。
クラスメイトのRの原因は、突然死という事しかまだ分かりません。
12月の中旬、クラスメイトのRのお母さんとLINEのやり取りをしたばかりで、勇気を貰ったばかりでした。
初めて会ったのは今から18年前。
私が転校生という形で、初めて入った特別支援学校。
いつもどんな時もニコニコ笑っていたのが第一印象。
中学の卒業式の時、「この子は、泣けない障害があるの」とお母さんが教えてくれた。
でも…お母さんが謝恩会などの準備に追われている間、私はRと手遊びをしたりしていたら、ツー…って涙を流してたのを鮮明に覚えている。
このような、奇跡をいくつも見せてくれていた。
高校もエスカレート式だった為、六年間同じクラスだった。
実は、我が母校は、小学部もあり、一緒に過ごしたクラスメイトの中では、プラス6年、計12年一緒に過ごした子もいる。
そして、高校も無事に卒業し、お互いに進路の道に進むが、Rと同じ進路先に行った子が、結構メールや電話で近況を教えてくれていた。
2010年、高校卒業間近に、校庭に埋めたタイムカプセルを掘り起こした。
Rのお母さんが、写真を沢山撮ってくれて、「お疲れ様、ありがとう!」と送ってくれた。
その時も、最近自慢のスマイルがないとお母さんは言っていたけど、クラスメイトと会った瞬間、手足をグーンと伸ばして、あの笑顔を見せてくれたのだ。
声を出したら、皆も声を出す。
恐らく、Rの中では、仕事(作業所)とプライベート(クラス会)を分けていたのだろうと思った。
毎年、うちのクラスは、忘年会、新年会がRのお母さんを筆頭に行われているらしいが、私の母は、ずっと不参加のままだけど、母が選んでくれた学校。私の長所を伸ばしてくれた学校。
なかなか、母が顔を出せなくても、今年は、学校に久しぶりに行こうと思っていた矢先だった。
実は、もう一人、Hくんというクラスメイトも亡くなった。
そして、中学時代にお世話になった恩師、高校時代にお世話になった恩師も若くしてこの世にはいない。
去年、同じ部活だった先輩も亡くなったって聞いたなぁ…。
写真を観ると、この世にいない人があちこちにいる不思議さに未だに慣れない。
「死んだらみんなに会えなくなるんだよ。好きな歌も聞けないよ。思い出も語れないよ!」と、身を持って亡くなったとしか考えられないRの死は、時々、哀しみに落ち込み過ぎる私へのメッセージと思って、前に進もうと思う。
R、ありがとう。
私、頑張るからね。
もちろん…全て嘘ならいいけど、信じられないけど…
今、Rは、何を思っていますか?
スマイルプリンスのRに出会えて幸せだったよ。
皮肉にも、こういう時しか皆が集まれないから、「元気なうちに集まれよー!」とも言われている気もする。
だから、絶対、私は、このクラスになった事に誇りを持って胸を張っていく!
Rが1番好きだったルノアールの絵を貼ります。
本当に…誤報なら、いいのに。。。
iPhoneからの投稿

