夫婦とコンビ愛は似ている。
NON STYLEの2人の漫才が、みたい。
また、違った目先で見ることが出来た。
お笑い熱がマグマ並に凄かった頃、15年くらい前に爆笑!オンエアバトルという番組で、アンジャッシュが「コンビというものは夫婦に似ているかも知れない」と言ってたことを思い出した。
あの頃のコンビ、トリオ、ピン芸人……様々な理由で解散したり、解散しても人を変えたりピンで芸人続けたりしている。
新しい芸人も増えたし、時代で芸人が求められる事もあるけど、コンビを続けるって業は、夫婦と似ているのなら、私は芸人にも向いてないと思う……。
私は性格の不一致って言葉を使いたくない。
コンビがダメになるのも、夫婦がダメになるのも、お互いだと思うから。性格の一致なんて最初からないと見ていて、お互いが歩み寄って分かり合えた時に真実や事実を知り、その時にどのような態度を示すことが大事だと思っている。
今回、歩み寄れてきていたはずなんだけどなぁ。これからという時だったのになぁ。私がひとりで行動しなかった事が原因なのかなぁ。申し訳ないという気持ちはもちろんある。頼りっぱなしで癒しの女ではなかったよね。現在の自分には自信もなければ、魅力もない。もっとひどい時を知ってくれていたから、どこかおごっていたのかなぁ。やっぱりそっか……そうだよね……。
はあぁ、井上さんも、「いつか、数年後、十数年経って相方が井上で良かったと言ってもらいたい」って言ってたけど、そんなことすら、思ってもらえないんじゃないかな。。だめだ……まだ、前向きにはなれない。
石田さんと井上さんのコンビ愛が痛いくらい眩しい……
じぶんよりになってるなぁ。はあぁ。
題名/kiga-fure
今度こそはと
覚悟して飛び降りた先には
また飛び降りたいと思った場所で
怖がりなくせのAM3:00
朝日にだって逃げられない
きっとこの世は……
と語り始めたら
氷で薄まった
飲みたかったジュースも
受けつけなくて喉が痛い
なんて贅沢なんだろう
なんて贅沢なんだろう
人間は贅沢なんだろう
嫌なもの好きなもの
わかってるくせに
なんて贅沢なんだろう
誰かが言ってた自由とは
責任を果たしながら生きることが本当の自由だと
自分に責任すらとれないなんて
贅沢にも程がある
分かれよ
別れちまえよそんな気持ちなんか
分かれよ
別れちまえよそんなkiga-fure
「鈴子の恋」を振り替える。
ふくふくやカテゴリにありますので、良かったらお読み下さい。
数年前、フジテレビ系昼ドラでやっていた「鈴子の恋」というミヤコ蝶々物語を振り返りたいです。
ミヤコ蝶々=鈴子は、大衆演劇時代初恋の子がいました。学校に通えなくて、その男の子は鈴子を誰もいない学校に連れてったりと鈴子の初恋が始まります。
忘れられないまますれ違い、自身も大人になって、お金持ちの男性と恋に落ちる。お揃いのお茶碗を買ったり、普通のいや、女優をやめて、貧乏でも普通の女性になる決意をした鈴子だけど、たしか、男性の両親に引き裂かれてしまったような……そのあと、不倫に走る鈴子。有名落語家柳さん。鈴子も1回やめた女優を姉さんと慕ってしたミス・ワカナに第二のミス・ワカナかと世間が騒ぎ始めた頃、(やなさん)やなさんの奥さんが「必ず自分に返ってきます」と言い残し、不倫がバレて寂しい思いをしていた。
鈴子が、先生になり弟子としてやってきた朝ちゃん。後の南都雄二。相方であり夫になる人なのだが、……戦争のために薬屋で売っていたヒロポン中毒になったミス・ワカナを見ていたにも関わらず、鈴子もつらすぎてヒロポン中毒になりかけた。それを助けたのが、南都雄二。お師匠から鈴子という女としてみた瞬間だったと思う。2人で「夫婦善哉」というテレビ番組までやり、おしどり夫婦とも呼ばれていたが、流産をきっかけではなかったにしろ、お金も地位も手に入れた南都雄二は、飲み屋で浮気三昧。色気のある方が芸を助けると構えていた鈴子だったが、浮気相手に赤ちゃんができ、奪われてしまう。南都雄二は、鈴子は元嫁だけど、お師匠だからと愛人や赤ちゃんを鈴子に見せる。そういうデリカシーのない男は、末期癌になり、病院から鈴子の家に抜け出してしまう。その前に柳さんも病気で亡くなるのだが亡くなる時に鈴子の腕の中で眠るように死んでいった。
愛人にもふられ、子供にも見放され流石にかわいそうと思い、雄二の面倒を見る。
そう、雄二の最期も元は愛した妻である鈴子のそばだった。
そして、初恋の人が何十年ものの時を経て鈴子との再開で愛するが、鈴子は、恋も愛も取らず、1人の女優という道を取った。
小さい頃から見てきたおつきの人が、「鈴ちゃんは、別れ方が綺麗だからね」といった言葉が忘れられない。
ちなみにミス・ワカナは相方の長年の愛をヒロポン中毒になり亡くなる寸前に、知ることになる。本当は、知っていたのかも知れない。色んな男に惚れやすいワカナを優しい眼差しで見ていた相方。それも一つの究極の愛だろう。「好きっていう字はなぁ、女の子って書くんやで……」なんて奥が深いんだろう。
究極な愛とは、自分の最期に思い出した人のことなんだと思う。私は誰を思い出すかな。誰が私を思い出すかな。
ある女性のお坊さんも、究極な愛をした。恋愛禁止のお坊さんの世界。しかも不倫。それがバレた時、お坊さんは一人の女性になる。ただ、最終的には、愛した男の遺骨が自分にもらってほしいという別れた奥さんからの手紙とともに戻ってきた。「これからはずっと一緒ですね……」
この間、鈴子もお坊さんも、自分磨きという簡単な言葉で乗り越えてきていない。
もし、もし、明日世界の終わりが来たら、思い出してくれるのが私なら……なんて思ってしまう私がいる。
やっぱり女だね。女はややこしい。こういう感情は大嫌いだった。。未だに恋愛不適合者って思う。でも、恋愛の一番嫌な部分だけは突っつかなかった。その優しさが痛い。
もし、骨になっちゃって、誰も見向きされなくなったらずっと一緒になれるかもね。。。