それまで香川はおろか四国には一度も行ったことがなかったので、先ずはどんなところか見てみようと2011年8月、青春18きっぷを利用して訪問。
後に香川ユニットの中核スタッフとなる高松在住の鍋坂くんに方々案内してもらい、一番魅力的だったのは、懐かしい風景を残す離島と瀬戸内海でした。
東京に戻った時点で企画締め切りまで10日ほど。
もともと戦後黄金期に作られた日本映画が好きだったこともあり、昭和の雰囲気を留めた離島の集落を舞台にすれば、その時代が描ける!と、勢いで書き上げたのが、この映画の草稿です。
何故昭和29年でなければならなかったかというと、震災に伴う原発事故で放射能の問題がクローズアップされている現代(とくに企画を考えていた時期は、事故から間もない頃でしたので)と、ビキニ環礁の核実験によって日本の漁船が被爆した昭和29年の人たちは、共通の危機感を感じながら生活していたのではないか、と思ったから。
そして、核の恐怖が生んだ世界の怪獣王ゴジラが誕生した年だから。
プロットの段階では、この映画で描かれる「瀬戸内海で太古の怪物に似た生物が目撃されたらしい」「それはアメリカの核実験が影響しているらしい」といった噂を聞きつけた東宝の田中友幸プロデューサーが、それをヒントに思いついた企画が『ゴジラ』である・・・、なんていう妄想設定まで考えていました。
と、まぁ机上でイマジネーションを膨らましている間は楽しいのですが、実際に企画が通過して、実際に映像化する段になると、いろんな現実的な問題が出てきます。
いくら離島の風景が昭和の雰囲気を残しているといっても、BSアンテナやエアコンの室外機、FRPボディの漁船、コンクリートの電柱などなど、注意深く見れば昭和29年には存在しなかったものに溢れているわけで、それらが写り込まないように注意したり、何かで隠したり、更に出演者の衣裳や小道具もすべて用意しなければなりません。
そのために多くの人からモノを借り集め、買い、それでも見つからないものは作り、あるいは映像そのものをデジタル加工して、なんとかフレームの中だけでも昭和29年を成立させようと頑張りました。
ここでは、映像のデジタル加工の一例を紹介します。
下の二つの画像を比較してみてください。
長閑な漁村の風景に見えていた本島の笠島集落も、加工前の画像をよく見ると防波堤が増設されていたり、新しい家屋やコンクリートの電柱が目立っていたり、舗装された道路に現代のライトバンが停まっていたりします。
それらを消し込んだり、土の道に変えたりして、完成したのが加工後の画像。
実際の資料写真などを参考にしたわけではありませんが、雰囲気としてはかなり昭和の雰囲気に近づいたのではないでしょうか。
(漁村と呼ぶには建物が立派に見えるかもしれませんが、もともと本島は塩飽水軍の拠点で、城下町のようなしっかりした家屋が多いのです)

↑これが加工前。

↑こっちが加工後。