植物に限らないが、外来生物が日本では増えているのは確かなことである。これは自然破壊が進んでいるためであるとよく言われる。植物に関しても当然そのとおりだと言われるのだが、人間が自然が破壊すると植物(外来)が繁殖する?というのは考えてみれば不思議なことでもある。緑は人工に対して対比的なイメージだからだ。だから(外来)植物によって自然が破壊される・・というのは少し奇妙な気もする。
これは、単に外来植物が自然破壊された場所、自然の秩序がかく乱された場所で繁殖しやすい性質をもっているからだと思われる。
そのことは実際に外来植物を扱ってみるとよく分かる。ヨーロッパやアメリカを原産地とする植物と日本にもともと自生していた植物はその性質が明確に分かれているような印象をもつ。それは自家受粉を繰り返すことによって多くの子孫を残し群生する外来植物ときちんと他家受粉を行って違う遺伝子を後世に残し環境の変化に対応しようとする日本の植物の違いである。
つまり外来植物は、自分と同じ遺伝子をもつクローンを大量に作り出す。そして土地の一区画、場合によっては野原や平原全体をその植物だけで覆おうとする。コスモス、セイタカアワダチソウ、セイヨタンポポ、ルドベキア、群生して美しい植物は全てそうである。だから繁茂すればするほど節操もなく増えていくように思われて嫌われることもある。だが、その平面いっぱいに咲く花が外来植物の本来の姿なのだともいえる。
日本の植物、例えばキキョウや日本のタンポポなどは自家受粉はしない。自分とは違う仲間の花粉を虫が運んできて受粉して始めて種ができる。つまり決してクローンを作ろうとはしない。その代わり自分と違う子孫を残すことができるため、長い年月による環境の変化、病気の発生などに対応してくことができる。さらにそれぞれが違う遺伝子をもっているため少しの環境の変化で全滅という危険も少ない。こういう植物は、出来る種子の数も少ないし、大繁茂するということもない。どちらかというと奥ゆかしい清楚なイメージなのだ。
そしてこの日本の植物がすむ野原にコンクリートの建物が多数できるとどうなるか。キキョウや日本のタンポポは、仲間の花粉が必要だからある程度の数を保っていないと種を作ることができない。例えコンクリートの隙間にある程度生き残ったとしても種子を作ることができないのだ。花粉を運ぶ虫も必要だ。こうして日本の植物は徐々に消えていく。
変わって外来の植物は自然淘汰を行っていないクローン植物だから当然、日本の環境で日本の植物と生存競争を行えば完全に負けてしまう。だが、人工物によって日本の植物が追いやられればそこにあいた空間が生まれる。一本でもそこにあれば自家受粉して子孫が残せる。さらに雨の少ないヨーロッパやアメリカで過ごしてきた外来植物は乾燥に強い。たとえコンクリートで固められた劣悪な環境でも生き残っていくことができたのである。
とこのような理由だからガーデニングをやると日本の植物と外来の植物の丈夫さの優劣はほとんどない。野生のキキョウはほぼ絶滅寸前だがそうとう強健な植物であるし、ケイトウも丈夫さと育てやすさは外来植物に負けてはいない。だが、いずれにしても外来植物は広大な平野に何百万本の花が咲いて、日本の植物は奥深い山や野原で厳しい自然にさらされながらひっそりと咲いているのが本来の姿なのであるのに違いないのだが。