長い引用文です。

面倒くさいかもしれません。でも

読んでみると、肩の力が抜けるかもしれません。

乙武洋匡さんのエッセイ「子どもの目線に立てば」

 生活と自治6月号より引用

(引用ここから)

僕がいつも口にしているのは「子どもたちに対するストライクゾーンを広げてほしい」ということです。

教員になる前の7年間、スポーツライターをしていたんですが、当時、福岡ダイエーホークスで活躍していたキャッチャーの城島健司選手に話を聞いたんです。「ダメなキャッチャーは、打たれたくないばかりに、ピッチャーに細かいコントロールばかり要求する。そうするとピッチャーは縮こまっていい球が投げられなくなるんだ」と。逆にいいキャッチャーは「打たれたら僕が責任取るから思いっきり投げてこい」。これは面白い話だなぁと思っていたんです。

その後、教員になり、子どもたちと接していると、教育や子育てにも同じことが言えるかもしれないと思い始めたんです。つまり、子どもに問題を起こしてもらいたくないばっかりに細かい要求ばかりしていると、子どもは親や教師の顔色をうかがいながら育つしかありません。でも大人の側が「大丈夫、どんなボールでも受け止めてあげるよ」というストライクゾーンを広く構えてあげれば、子どもは安心するし、自分の特性を大事にしながらのびのびと育っていくことができるなぁと感じたんです。

家庭でも学校でも効率が重視されていて、1回の指示で理解できない子がいたりすると眉をひそめたり声を荒げたりという状況になります。でもそれは、大人が勝手に作り出したストライクゾーンを基準に考えるからです。その中に納まらない子どもの存在は大人に「困った子」と映るけれど、視点を変えればこの子どもたちのほうが「困っている子」なんだということに気づくはずなんですね。(中略)親の視点だけでみると不満やいら立ちが募ることもあるだろうと思います。これも子どもの立場に立ったら、親の言い方が的確じゃなかったから同じミスをくりかえすだとか、親が常にイライラしているからびくびくしているということかもしれません。一方的な目線だけではなく、視点を変えることで、いろんなヒントが見えてくるんじゃないかということはお伝えしたいですね。

(引用ここまで)     

この話の中には、NLPのリフレームやメタファが入っています。

「視点を変えれば」「視点を変えること」は、NLP流にいえば、リフレームのこと。

そして、「子どもたちに対するストライクゾーンを広げる」というのは、メタファですね。

メタファというのは、たとえ話のことです。

子どもはまだまだコントロールが苦手だから少々の失敗もOKにする。

その寛容さのことをストライクゾーンを広げると表現されると、わかりやすいですね。

ストライクゾーンが広ければ力を抜いて思いっきり投げられますもの。

親も同じこと。

子育てのストライクゾーンを広げて、

肩の力を抜いて

子育て、楽しんじゃいましょう。