最近、自分が憧れ、尊敬していた人の訃報に接することが多い。
5月の清志郎の死は、本当に、ショックだった。

もう、自分がそういう歳、ということだろうか。


否、若くして亡くなっている方が多いのだ。


昨日もまた、一人、私が尊敬してやまない人が亡くなったのを知った。


金田伊功。


享年、57歳、だそうである。
若すぎる。


金田伊功を送る会
http://www.anido.com/html-j/kanada-j.html

追悼 アニメーター・金田伊功さん 宮崎監督が「頭(かしら)」と呼んだ男
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/090814/tnr0908140816005-n1.htm


私は最近ではニュース・新聞をあまり見ていなくて、新聞で言えば一面に載るような記事にしか接してないため、訃報を知るのが遅くなった。
金田さんが亡くなったのを知ったのは、ニコニコ動画でサイボーグ009のオープニングMADを見ていて、彼を悼むコメントが流れていたからである。

「嘘だろ!?」

と思って、ググってみたが、私にとっては最近この手の話が嘘や冗談であってくれたためしがない。
果たして、金田伊功氏は、先月21日に心筋梗塞のため亡くなっていた、とのことだった。


・・・。


今の若い世代のアニメファンはこの方の名前を知っているだろうか?
最近では、スクウェア・エニックスでの仕事が中心であったから、ピンとこない人もいるかも知れない。

でも、「金田パース」って言葉ぐらいは、アニメファンなら知っていると思う。
・・・思うけど、どうかな?やっぱり1990年代生まれの方なんかは知らないのが当然か。


1976年生まれの私にとっては、神のようなアニメーターだった。


Forlyの徒然日記-金田伊功


彼なくしては、日本のリミテッド・アニメーションの隆盛は無かったと言っても良い。
いや、さすがにそれは言い過ぎかも知れないが、ヤマト・ガンダムから始まる70年代後半~80年代のアニメ隆盛期において、彼および彼のフォロワーが築き上げてきたものの大きさは計り知れない。


セル枚数が制限され、同時にそれによって『動き』が制限されたアニメーションにおいて、ダイナミックなシーンをダイナミックに描くにはどうしたらよいか?

簡単である。ダイナミックな動きができないならダイナミックな表現の原画───『絵』を描けばよいのだ。

では果たして、ダイナミックな『絵』とはどういう絵を描けばよいのか?

その行き着く答えのひとつが、金田伊功の作画である。


遠近法と魚眼レンズ的な手法を駆使し、極端に奥行き感を、立体感を出した「金田パース」。

腕を長く広げ、ジャンプしたこれまた異様に長く描いた脚をがに股にし、俯瞰のパースをつけて人物に躍動感と立体感を同時に、かつ過剰に与えた「金田飛び」

光りに鋭角と直線、そして多重の円を与え、まるで光が生き物のように煌めく───あるいは蠢く「金田光り」


革新的であった。

いや、私は物心ついたときから彼の絵を見ているのでそれがそれまでの手法に比して革新的であったのかどうかは定かではない。

が、彼が携わったアニメーションを頭の中で思い浮かべて出てくる「画」は、どれもやはり、彼の手法を用いられた『画』なのだ。


今、そうタイピングしていて、私の中の彼とは何か、作品をあげてみることにした。(Wikipediaを覗きながら)


・サイボーグ009(オープニング原画)

・劇場版 銀河鉄道999(原画)

・太陽の使者 鉄人28号(原画)

・劇場版 さよなら銀河鉄道999(原画)

・幻魔大戦(原画)

・火の鳥 鳳凰編(原画)

・鎧伝サムライトルーパー(原画)


残念ながら彼の真骨頂として度々例示される、ブライガーOPは当時北部九州地域ではネットされていなかったので私の幼少の記憶にはない。
後付の知識である。

後付と言えば、ジブリの数々の作品に重要な役割を果たしていたのも、後から知った知識だ。
ジブリ作品でどのような作画をされていたかは、上の方で張った宮崎駿監督へのインタビュー記事へのリンク先を読んで欲しい。
宮崎監督が彼をいかに評価していたかが書かれている
(同時代的には、宮崎監督が彼の独自のタッチを嫌い、徹底的に矯正した、というニュースのみを信じ込んでいた。確かにそうだったのだろうが、だが、嫌いなアニメーターならナウシカ以降あんなに延々と使い続けるはずはないのだ)


話がそれたが、上記の通り、主に80年代前半、私がごく普通に接するアニメーション表現は彼の物だった。

だが、インパクトが、あった。


特に劇場版999二作と、幻魔大戦の作画は凄かった。

さよなら銀河鉄道999における、白い怨霊のように吹き出す、蠢くエネルギー体としての女王プロメシューム。幻魔大戦におけるESPの発現としての光、空中浮揚状態での「止め」の描写、「飛ぶ」描写。そして最終戦の炎を実体とする幻魔。
これらの作品は強烈に、私の中に、原体験のように刷り込まれている。

過去、そして今現在においても、彼より美しい炎、爆発シーンをかける人間はいない、と私は思う。


非常にわかりやすい金田伊功作例。幻魔大戦より。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4483522


こちらも金田パース、金田光り、金田飛びともうぎっしり詰まった有名なブライガーOP。
http://www.youtube.com/watch?v=R2RI_4emW9Y


彼に魅せられてアニメファンになった人間は数え切れない。
ファンどころか、彼を見てアニメ制作に携わるようになった人間も、それこそ数え切れないはずだ。

過去の物ではない。
例えば、エヴァンゲリオンのアクションシーンなんか(これももう、第一作は10年以上前だけどさ)、まごう事なき金田テイストである。
エヴァに関して言えば、あえてリスペクトしてやっているんだろうが(初号機のジャンプシーンなんかでまんま金田飛びのものがある)、やはり、今アニメを作っている世代が幼少期に私と同じように、刷り込まれているのだ、と思う。

そんな現在、アニメが大量に消費されていく時代、監督でも脚本家でも演出家でもなく、一アニメーターとして彼ほどの個性が生まれる可能性はあるのだろうか?
まあ、アニメが粗製濫造されていた時代と言えば80年代もそうだけどさ。


いろいろと理屈っぽいことをつらつらと書いてしまったが、金田伊功氏の作画は、本来理屈ではない。
理屈で言ったら、あんなパース、どう見ても破綻している。
理屈じゃなく、インパクト、センスの問題なのだ。

「格好いい」

と簡単に言ってしまっても良い。



私がいい歳こいて、いまだにアニメファンやっている(驚愕の事実だ)原因の何割かは、確実に金田さん、貴方にあります。
だから、勝手に、まだ若いのに逝ってしまわないで下さい。
私みたいな人間が、きっと私の他にも沢山いるんだから。