今日は月曜日。
先週の月曜日はWRCの記事など書いたので、今日もそんな感じの話です。
割と世界的にラリー人気の凋落が叫ばれて久しいですが、雑誌の世界でもそれは現れていました。
毎回WRCの開催翌週に発売されていたRALLY・XPRESSが発行元・山海堂倒産の為昨年廃刊になりました。
ほぼ毎号購入していたのですが、残念です。
毎回のラリーの様子が、裏側まで良く伝わって、写真も沢山載ってて、んで、なんというか、独特のノリがあって、好きだったのになぁ。
これで日本で定期的に刊行されているWRC情報誌はWRC Plusだけになってしまいました。
こちらは年に数号、季刊っぽいペースで出されている雑誌で、ヘンなノリはない、普通のスポーツ誌です。
特集記事が読み応えがある物が多いですね。
というわけで、こっちは今年から毎号買っているわけですが、2008 Vol.3を読んで気になったキーワードについて今日から何回かに分けてちょっと書いてみようと思います。
興味ない人は、Forlyは数日間旅に発ったとでも思ってください。
ええ。

もう一度、頂点へ
SUBARU IMPREZA WRC 2008 ついに実戦デビュー!
「スバルのWRCマシンの歴史上、このマシンほど登場が待たれたものはないんじゃないか」
誰あろう、デイビッド・リチャーズの言葉です。
そう、日本のスバルファン、ひいてはラリーファンは、現在のWRCのトレンドとは異なってしまったインプレッサWRCのリファインと、ペターの復活を切に願ってました。
かつて、スバルは大きく鈍重となってしまったレガシィから、より小型のインプレッサにベースマシンをスイッチすることで、マクレー・サインツの活躍でマニュファクチャラータイトルを手中に納めました。
そう、スバルと言えば、1995年のマクレーによるタイトル獲得以来、バーンズ、ペターと常にスターを出し続けていました。
その輝きのそばには、インプレッサの姿があったのです。
我々日本のラリーファンにとっては、三菱のランサーと共に、あこがれの存在でした。
特にあの六連星の輝く青い車には、たっぷりと感情移入したモノです。
ところが2000年代中盤から、不遇の時代が始まります。
ターマックではシトロエンに全く歯が立たなくなり、クサラWRCの完成度が上がるにつれ、グラベルでも勝利が難しくなりました。
ふと横を見ると、現在のWRカーのトレンドを決定づけた、挑戦的なスタイルのフォーカスWRC。
マシン自体は未完成な部分を残す物の、天才グロンホルムに操られるプジョー307。
次第に表彰台の頂上をしめる回数は減っていきました・・・
スバルが現行WRカー規定がまもなく廃止されることをわかった上で、全く新しいボディ・デザインのインプレッサをデビューさせたことは、再び、かつての栄光を手にすることを望んで、のことだと思います。
まだまだ足回りなどに大きな課題を残しているようですが、デビュー戦、アクロポリスでは路面の厳しいラリーであるにもかかわらず、ペターは2位表彰台をゲット、スバルとペターの未来に希望を見いださせてくれました。
まだまだこれから熟成の進むマシンです。
是非、シトロエン・フォードの2強状態になっているWRCに割り込んでいって貰いたいものです。
先週の月曜日はWRCの記事など書いたので、今日もそんな感じの話です。
割と世界的にラリー人気の凋落が叫ばれて久しいですが、雑誌の世界でもそれは現れていました。
毎回WRCの開催翌週に発売されていたRALLY・XPRESSが発行元・山海堂倒産の為昨年廃刊になりました。
ほぼ毎号購入していたのですが、残念です。
毎回のラリーの様子が、裏側まで良く伝わって、写真も沢山載ってて、んで、なんというか、独特のノリがあって、好きだったのになぁ。
これで日本で定期的に刊行されているWRC情報誌はWRC Plusだけになってしまいました。
こちらは年に数号、季刊っぽいペースで出されている雑誌で、ヘンなノリはない、普通のスポーツ誌です。
特集記事が読み応えがある物が多いですね。
というわけで、こっちは今年から毎号買っているわけですが、2008 Vol.3を読んで気になったキーワードについて今日から何回かに分けてちょっと書いてみようと思います。
興味ない人は、Forlyは数日間旅に発ったとでも思ってください。
ええ。

もう一度、頂点へ
SUBARU IMPREZA WRC 2008 ついに実戦デビュー!
「スバルのWRCマシンの歴史上、このマシンほど登場が待たれたものはないんじゃないか」
誰あろう、デイビッド・リチャーズの言葉です。
そう、日本のスバルファン、ひいてはラリーファンは、現在のWRCのトレンドとは異なってしまったインプレッサWRCのリファインと、ペターの復活を切に願ってました。
かつて、スバルは大きく鈍重となってしまったレガシィから、より小型のインプレッサにベースマシンをスイッチすることで、マクレー・サインツの活躍でマニュファクチャラータイトルを手中に納めました。
そう、スバルと言えば、1995年のマクレーによるタイトル獲得以来、バーンズ、ペターと常にスターを出し続けていました。
その輝きのそばには、インプレッサの姿があったのです。
我々日本のラリーファンにとっては、三菱のランサーと共に、あこがれの存在でした。
特にあの六連星の輝く青い車には、たっぷりと感情移入したモノです。
ところが2000年代中盤から、不遇の時代が始まります。
ターマックではシトロエンに全く歯が立たなくなり、クサラWRCの完成度が上がるにつれ、グラベルでも勝利が難しくなりました。
ふと横を見ると、現在のWRカーのトレンドを決定づけた、挑戦的なスタイルのフォーカスWRC。
マシン自体は未完成な部分を残す物の、天才グロンホルムに操られるプジョー307。
次第に表彰台の頂上をしめる回数は減っていきました・・・
スバルが現行WRカー規定がまもなく廃止されることをわかった上で、全く新しいボディ・デザインのインプレッサをデビューさせたことは、再び、かつての栄光を手にすることを望んで、のことだと思います。
まだまだ足回りなどに大きな課題を残しているようですが、デビュー戦、アクロポリスでは路面の厳しいラリーであるにもかかわらず、ペターは2位表彰台をゲット、スバルとペターの未来に希望を見いださせてくれました。
まだまだこれから熟成の進むマシンです。
是非、シトロエン・フォードの2強状態になっているWRCに割り込んでいって貰いたいものです。