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「柴田のお母さん、あまり変わってないね。」
「えっ、そうかな? 引っ越してきてから、太ったって言ってたけどね。」
君津に住んで
いた頃は、毎日のように食卓には魚介類が並び、献立も和食が多かった。しかし、東京に越してきてからは魚介類が並ぶ回数が減り、献立も洋食が増えていっ
た。一昨日の献立も、『チキンソテー、コンソメスープ、生ハムサラダ、ライ麦パン、フルーツヨーグルト』といったレストランのような物だった。
二人してダイニングテーブルに座ったけれど、お母さんが入れてくれてた紅茶はすっかり冷めきっており、私は紅茶を入れ直す為に片足を少しあげながら立ち上がった。
「おい、松葉杖なしで大丈夫か?」
「うん。キッチンまで近いから。」
お湯を沸かして紅茶を入れ直しダイニングに持っていこうとしたら、矢島君がキッチンまできてくれて、
「持つよ。片足で歩いてたらまた転ぶだろ。」
私から紅茶の乗っているトレーを受け取り、ダイニングテーブルまで持っていってくれた。正面同士に座る形になってテーブルに座ると静かな時間だけが残った。私は矢島君と二人っきりって事だけで緊張してしまい、ティーカップをカタカタいわせながら、
「きょ、今日はありがとね。」
「う、うん。」
矢島君も私と二人っきりになるって思ってなかったらしく紅茶を一気に飲み干してしまった。
壁に掛けられてる時計を見ると今日、受けるはずだった講義の時間だった。
「矢島君、今日講義は?」
「俺も休むよ。柴田の事心配だし。それと…。昨日も言ったけど、俺、小学生の頃の初恋の相手って…。柴田だったんだ。」
いきなりの告白に私はいちごのショートケーキのいちごを落としてしまった。
その瞬間、私の中である記憶が蘇った。
「――あ、落ちちゃった……。」
あれは確か、5年生の頃だったと思う。歩美と沙織と一緒に校庭で遊んでいた時、私は手を滑らせ、階段下に赤いボールを落としてしまった事があった。
「取って来るから、待っててね。」
「分かったー。」
「気を付けてよー。」
歩美と沙織に声をかけ、私は急いで階段を駆け降りる。そして、階段の先に止まっていたボールを取ろうと手を伸ばした時、階段横のベンチに座っている男の子と目が合ったのだ。優しそうで、儚げな……透明感に包まれた男の子だった。
その男の子が今、私の目の前にいる『矢島 透』――
照れからかのか矢島君は頭を掻きながら、
「小学生の時、本の交換とかよくしてただろ?あれって少しでも柴田と話したくて誘ってたんだ。」
――
そうだったんだ。って事は少なくとも小学生の時は私と矢島君は両想いだったって事だよね。。昨日の同窓会で私はまた矢島君の事を意識してしまったけど矢島
君はどうなんだろう。担架で運ばれてる時、矢島君はさりげなく手を握ってくれた。あれって期待してもいいのかな?私は紅茶を一口飲むと、勇気を出して聞い
てみた。
「あのね、私も矢島君と一緒に本を読むのは楽しかったの。それで沢山矢島君と話しも出来るし一緒にいられる時間も多かったでしょ?だから
私の初恋も矢島君なの。…。今日は思いっきり勇気を出して聞くけど…。私は今でも矢島君が好き。矢島君は?他に気になってる子っているの?」
それだけを一気に言うと緊張で喉が渇いてしまい残りのすっかり冷めてしまった紅茶をまた一口飲んだ。
「いない……俺も、同じだよ。」
その時、矢島君が照れながら微笑んだ。そして、私は瞬時に胸が高鳴るのを感じた。