「小料理屋 桜」を最初から読まれる方はこちらから
タクシーは梓の店の前に着けられ桜子の着物は何一つ濡れる事なく店に入る事が出来た。
電話で梓が言っていた通り、客は2~3人程しかおらず
手持ち無沙汰にしているホステスが控室に3~4人おり携帯で客の呼び込みをしていた。
「いらっしゃい。濡れなかった?」
「タクシーで来ましたから。これ、お口に合うといいんですけど。」
うさぎの柄の手拭いに包んだロールキャベツが入っているタッパーを渡した。
「ありがとう。桜ちゃんだったら美味しいに決まってるもの。明日のお昼に頂くわ。
それにしても話ってなぁに?」
控室にはホステス達がいたので、
「ここじゃちょっと…。事務室をお借りしてもいいかしら。」
桜子が秘密めいた話をするのは珍しいので何の話だろうと梓は思ったが、
「ちょっと事務室にいるから。何かあったら声をかけて頂戴。」
一人でも客を呼び込もうと何回も電話をしているホステス達に声をかけて二人は事務室兼
着替え室に入った。
梓は事務室のソファーに座るとメンソールの煙草を取り出し、火をつけると桜子の話の内容を
聞く体勢になった。
「他の子達に聞かれたくない話なんでしょ?」
「ごめんなさい。隠れて話す形になって。」
「いいのよ。経営者には経営者なりの話があるんだから。」
灰皿を引き寄せて吸殻を落とした。
桜子も普段は吸わない煙草を出して梓の正面に座ると煙草に火をつけた。
「珍しいわね。桜ちゃんが煙草を吸うなんて。」
苦笑しながら、
「何から話せばいいのか考えながら来たんだけど…。」
「もしかして美穂ちゃんの事?言いにくいって事は美穂ちゃんは預かってもらえないみたいね。」
先に言うべき事を言われてしまったので苦笑した顔がさらに苦々しい顔になってしまった。
「私の店って6席しかないでしょ?それに美穂ちゃんにお給料は梓さんが出してくれるって
言ってくれたけど、それじゃぁ『クラブ 梓』の2号店になっちゃうみたいで。」
「それは美由紀さんの意見もあるの?」
「えぇ。最初は叔母様の店だったから。相談はしたわ。でも最終的に決めたのは私よ。」
桜子は梓の視線からそらす事なく自分の意見だという事を主張した。
「残念ね、あの子だったら桜ちゃんの店で生き生きと働けると思ったんだけど。」
その言葉には一切の嫌味はなく、心底思ってる様だった。
「それでね、提案なんだけど美穂ちゃんには事務職をしてもらってそのお給料で何か
資格を取る資金にしてあげたらどうかしら。今は通信教育とかあるし。」
その提案は梓にとって考えてもいなかった様で意外な顔をした。
「資格?」
「そう。あの子だったら優しい子だし医療事務とか保育士とかが向いてると思うの。
特に保育士だったら子供に囲まれての仕事でしょ?
子供受けはいいと思うんだけど。」
吸っていた煙草を灰皿にもみ消すと梓はしばらく考えている様だった。