小料理屋 桜 35話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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桜子は康之と雄二の顔を思い出しながら、紗香からの質問に答えたらいいか迷った。

「昔はね。いましたよ、好きな方。」

可もなく不可もない答えを紗香に告げたが紗香の目を見ながら答える事は出来なかった。

紗香は黙って桜子をしばらく見ていたが、

「私はね、好きとか愛してるとかって表現出来ないけど尊敬してる人ならいるの。

仕事に対しても人に対しても誠意がある態度の人だから、

私も彼の様になりたいって思ってる。でもダメね。男社会で働いてるから

どうしても強気な態度を取ってしまう事が多いわ。」

いつもだったら常連客の男性がいるのだが、村木が帰ってしまったので

女性同士の話になった。

「田淵さん。私も少し飲んでもいいですか?お代は頂きませんから。」

紗香は黙ってうなずいた。

桜子は鶴の絵柄がついてる盃を出して、日本酒を注ぐと一口だけ飲むと小さなため息をした。

「さっきは好きな方は昔はいたと言いましたけど迷ってる方ならいます。

それが愛情なのか友情なのかが分からないんです。」

「これは私の考えなんだけど…。」

そう前置きして紗香は言葉を選んでから桜子を見た。

「男女の友情ってよく言うじゃない?もしかしたらこの世の中には本当に友情で

結ばれてる男女はいるかもしれない。でも私はそれはあり得ないって思ってる。

もし友情で結ばれてるって思ってたとしてもどっちかが我慢してるのよ。

今までの関係を崩したくなくって。」

桜子はその言葉を聞くと微笑むと、

「そうかもしれませんね。」

「こんな話、男性がいたら出来ないわね。」

そう言って二人は笑った。

紗香はバックを引き寄せて、

「今日はこれで帰るわ。あなたの心が垣間見えたし。」

そう言って帰っていった。

一人になった桜子は紗香の言っていた言葉を考えていた。

『今までの関係を崩したくなくて友情を続けてる』

それは今の雄二と自分の事かもしれない…。

大学の時はもっと自由に恋愛が出来ていた。

だが社会に出るとそう簡単にはいかない。

洗い物をして、店を閉店させる為にのれんを店の中に入れた時に電話が鳴った。

「もしもし。小料理屋 桜でございます。」

電話の相手は梓だった。

「桜子ちゃん。お店終わった?」

「はい。最後のお客様がお帰りになったので早めに店は閉めました。」

「今からそっちに行ってもいいかしら。ちょっと話したい事があるの。」

そう言われれば美穂の件で話したい事があると言っていたのを思い出した。

「はい。じゃぁ鍵は開けときますから。」

5分後、紅色の着物を着た梓が店に入ってきた。

「ごめんなさいね。こんな遅い時間に。」

「いえ、大丈夫です。」

梓がカウンター席に座ると桜子は加賀美人を冷酒で入れ梓の前に置いた。

「どうしたんですか?」

梓は置かれた加賀美人を口にするだけで飲みはしなかった。

「美穂ちゃんなんだけどね、うちの店には向いてないと思うの。

むしろ桜子ちゃんの店の方が向いてる気がしてね。」

それは以前、桜子も考えていた事だった。

だが経営上、美穂の分の給料は出せない。

だからこそ6席しかない店を切り盛り出来ているのだ。

「美穂ちゃんが納得してくれたらの話になるんだけど

桜子ちゃんの店で働く事は出来ないかしら。もちろん、お給料は私の店から出すから。」

いい話の様な気もしたが、それでは梓の店の2号店の様になってしまわないだろうか。

「少し考えさせて下さい。」

「えぇ、わかってるわ。今すぐ返事がもらえるとは思ってなかったから。

でも考えてみて。」

小料理屋 桜 36話