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翌日、開店と同時に村木はやってきた。
「最近は雪が多いね。僕も危うく足を滑らそうになったよ。」
カウンター席に座りながら天候の話をした。
そして桜子がつまみと酒を出すと店には桜子以外には誰もいないのに小声で
「北村さん、店で倒れたんだって?」
「どうして知ってるんですか?」
北村と村木はここの常連客ではあるがプライベートでの付き合いはないはずだった。
「うちのかみさんと北村さんの奥さんが知り合いなんだ。
かわいそうに、少し疲れた様だったみたいだよ。」
里芋の生姜煮をつまみに飲みながら北村の妻の事を心配していた。
「昨日、いらっしゃった時にお仕事が大変だったとおっしゃってました。
今はどこの会社でも大変みたいですね。」
村木が、
「盃もう一つくれる?」
と言ったので萩焼で作り上げた盃を渡した。
「何はともあれ、命に別状はなかったんだ。ちょっとしたお祝いで飲まない?」
「はい。」
村木に酒を注いでもらって軽く一口だけ飲んだ。
いっぺんに飲んだらそれこそ仕事にならなくなってしまう。
「でも、昨日は堺さんもいらっしゃってましたから助かりました。
私一人だったら動揺して何もできなかったと思いますから。」
「そうなんだ。それは良かったね。ところでさ、おかみと堺君ってどんな関係なの?」
「どんなって…。」
昔付き合ってた事を言うべきなのか。
それとも昨日の件で待っていた時間を取り戻しまたやり直そうかと
考えてる事を言うべきか迷った。
そして桜子が告げたのは、
「大学の同級生なんです。」
ただそれだけだった。
村木は、
「ふ~ん」
と言って笑うだけでそれ以上は追及しなかった。
だが明らかに桜子と雄二との関係が友人以上恋人未満という事は思っていただろう。
村木と桜子で北村がいつ退院できるかなど話していた時
しばらく顔を見せなかった紗香が店に入ってきた。
「いらっしゃいませ。お久しぶりですね。」
「ちょっとね。仕事が忙しくって。」
北村も昨日は仕事が忙しかったと言っていたので、桜子は紗香の体調を心配した。
「大丈夫ですか?」
「えぇ。昨日原稿も上げたし息抜きにね。お酒、なんでもいいから頂ける?」
桜子は少し考えてから雪むかえを選び紗香の前に置いた。
そしてようやくスーパーで出始めた菜の花の和え物を小皿にわけた。
菜の花を見ると紗香は、
「早いわね。もう春の食材が出てるんだもの。まだ雪は降ってる事があるけど。」
そう言って菜の花を口に運んだ。
桜子は最初に紗香が店に入ってきた時に
『何もかもお金なのよ』
と言っていた事が気になっていた。
何があったのだろうかと思っていたら、紗香の方から話し始めた。
「社会部にいるとね、政治家や国会の話を掲載する事が多いの。
クリーンなイメージの政治家でも裏では何をしているかわからないわ。
しかも賄賂とかの情報を得たとしても上から握りしめられてしまう。
きっと上はお金でももらってるんでしょ。今まで努力して情報が水の泡になるのよ。」
そこまで言うと、自傷的に笑い、
「特に女である私が取った情報でも足で振りほどかれるのがオチ。やんなっちゃう。」
女性でも働ける場は増えたとはいえ、いざ社会に出ると
甘くみられる事がまだまだある。
それを紗香は身をもって感じているのだろう。
小料理屋 桜 33話