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雪が降っていなければ片道10分程の道だったが
雪が降り始まり道路も込み始めてしまったので倍の20分もかかって
病院に戻る事になってしまった。
桜子は忙しく動いている看護師のうちの一人に
「お忙しいところすみません。先程、救急車で運ばれた北村さんの関係者ですけど
先生に言われた、北村さんの荷物を持ってきました。」
看護師は桜子の顔を見てから、
「少々お待ちください。」
と北村の荷物も預からずに行ってしまった。
この荷物はどしたらいいのだろうと立ち尽くしていると、
看護師のキャップに他の看護師より多くラインが引かれている中年の女性看護師がやってきた。
「看護師長の花房です。荷物、お預かりします。」
こうして、ようやく北村の身元は病院側にわかり1時間後には家族が病院にやってきた。
おそらく妻であろう、やせ気味の女性が桜子の姿を認めると
少し駆け足で桜子の元へ来ると頭を下げた。
「すみませんでした。主人がこんな事になってご迷惑をおかけしました。」
「奥様、どうかお顔を上げて下さい。北村さんの体調が悪いのに気がつかなかった
私も悪いんですから。少ししか先生からお話は伺ってませんが
お命に別状はないそうです。」
その言葉にホッとしたのか最初桜子を見た時より顔色は良くなった。
「看護師長さんのお名前は花房さんとおっしゃるそうです。
お店に置いてあった荷物は花房さんにお渡ししましたので。」
「ありがとうございます。」
隣には長身の若い男性というより青年が立っていた。
「母さん、とにかく先生のお話を聞こう。」
「そうね。あの…。お詫びは落ち着きましたら伺いますので、
今は失礼します。」
そう言うと北村がいるはずの処置室の方へ歩いて行った。
家族と連絡が取れたのなら桜子の出番はない。
これ以上ここにいてもしょうがないので取りあえず店に帰る事にした。
北村や雄二が使った食器はまだ店にそのままにしたあったし、
今日はこれ以上店を開く気にもならなかったから。
北村の家族と桜子が話してる間、雄二は黙って座っていた。
だからもしかしたら雄二の存在に家族は気がつかなかったかもしれない。
「雄二さん、私は店に戻るけど、どうする?」
「少し、飲んで行ってもいいかな。」
「構わないけど…。」
桜子の最後の言葉を聞かないで雄二は緊急出入り口をさっさとくぐって
外へ行ってしまった。
手には先程、桜子が渡したダークブラウンのマフラーがあった。
しばらくその場で雄二の後ろ姿を見ていたが、我に返り雄二の後ろを追いかけた。
「待って!待って雄二さん!」
雄二は桜子の言葉に振り向きもせずタクシー乗り場にたたずんでいた。
凍り始めた路面に桜子は足を取られそうになったが、雄二は手を出して
桜子を支えた。
「あ、ありがとう。」
「…。」
あまりにも雄二が黙っているので桜子は不安になった。
「雄二さん、怒ってるの?」
「…。いや。」
「じゃぁどうしたの?」
「なんでもない。」
なんでもないと言ってる割りにはいつもより寡黙な気がしたが
雄二がそう言う以上桜子は追及できなかった。
小料理屋 桜 31話