「小料理屋 桜」を最初から読まれる方はこちらから
村木は康弘が出て行った引き戸を何度も見ながら、
「おかみさん、本当にさっきの人営業さん?」
「そうですよ。どうして?」
「なんだかな~。おかみさんを見る目が営業の目じゃなくて男の目だったんだよなぁ。」
「男性の営業さんですもの。男の人の目で当然じゃないですか。」
桜子は笑って誤魔化したが、それがどこまで村木に通じたかはわからない。
「それよりさ、今度俺、会社でリストラ対象者を決める部署になったんだ。
嫌だよなぁ。絶対リストラされて連中に嫌われるに決まってる。」
「そうですね…。楽しい職場ではないですね。
今、どこの会社も厳しいですから。」
そこへ店の電話が鳴った。
「誰でしょう?こんな時間に。」
「予約で席を確保しときたいんじゃないの?」
村木はそう言ったが受話器を上げると相手は桜子がこの仕事を始めてから
お酒を扱った商売のいろはを教えてくれた梓だった。
「あら、梓さん。どうなさったの?」
「美穂ちゃんそっちに行ってない?今日は同伴出勤なんだけどまだ店に来ないのよ。」
「まだいらしてないけど。まだ他のお店にいるんじゃなかしら。」
美穂には1度しか会ってなかったが
仕事が辛いからといってドタキャンする様な子には思えなかった。
「それがねぇ、今日の同伴のお客様、ちょっとタチが悪くって。
どこに連れて行かれたのかが分かるまで安心できないのよ。
あの子、大人しいでしょ?いざっって時に断る事が出来るかしら。」
それは桜子も思っていた事だった。だがここはまず梓を安心させる事先決だった。
「大丈夫よ。まだ5時半だしお食事が長引いてるんじゃないかしら。
それにうちに来たらすぐ電話するから。」
「そう?じゃぁお願いしますね。」