来てくれた皆と話していると、すごい勢いで扉が開いた。
それは笹原さんでかなり酔っている様だった。
「お~。これはこれは、めでたい席だな。なんで俺に招待状が来なかったんだ。
一番お祝いしてやるってのに。」
足元はふらつき、私の友人にぶつかった。
「あ、わりぃ。」
私は笹原さんの元に行くと、
「そんなに酔った人がいると他のお客様にご迷惑です。帰って頂けますか?」
私の言葉に笹原さんは私を睨みつけ、
「ふん、役職についてる男と結婚した派遣になんてそんな事言われたくねぇな。」
関根さんも運んでいた料理を置くと、笹原さんの肩を押して、
「今日は結婚パーティーなんです。招待状が来てない方はお帰り願いますか。
かなり酔っていられる様ですし。」
言い方は静かだったけど、穏やかな人が怒る時程怖い事はない。
笹原さんは関根さんに圧倒された様に後ろに下がったけど扉にぶつかって座り込んでしまった。
そんな笹原さんを来てくれた皆が非難の視線で見ている。
聡が笹原さんを立たせると、扉を開いて追い出した。
外では何か笹原さんが叫んでいる声が聞こえていたけど、それも遠くなって聞こえなくなった。
私は静まり返ってしまった皆に頭を下げて、
「すみません、みなさんに不快な思いをさせてしまって。」
菜々はそんな私に、
「あんな負け犬に対して謝る事なんてないのよ。今日はお祝いの日なんだから。」
ワイングラスを私に渡しながらそう言ってくれた。
部長も、
「あんな醜態をさらすなんて上司として恥ずかしいよ。僕の教育が行き届かなかったのかもしれない。」
菜々と部長はそう言ってくれたけど皆に不愉快な思いをさせてしまったのは事実だ。
そしてどうしてここでパーティーが開かれてるかを知ってるかが疑問だった。
良子ちゃんが、
「ごめんなさい。今日の招待状を見せたの私なんです。まさか来るなんて思ってもいなかったから。」
「いいのよ。もう帰ったんだから。」
私はそう言うしかなかった。
本当は笹原さんに招待状を見せた事をちょっと注意したかったんだけど、皆の前だからそれは控えた。
夜の12時にパーティーはお開きになったけど、何人かの人が二次会をしようと言って
私と聡も少し酔っていたけど同行する事にした。一応私達が主役の日だから。
二次会はショッピングモールの近くにある24時間開いてる居酒屋でおこなわれた。
関根さんの店で二次会に来た人達は少し酔っている様で大騒ぎになった。
「係長も奥さんになった近藤さんと同じ職場で羨ましいですね。」
「そう?もう一緒に住んでるからほぼ24時間一緒にいるんだけどね。」
社員でも私の事をバカにしてない人が聡と話してる時に菜々が私の元へやってきた。
「川田さんに聞いたんだけど、随分古い一軒家に引っ越したんですって?」
「うん。でも小さいけどお庭もあって桜の木があるの。春になるのが楽しみ。」
おつまみのお刺身を食べていると今度は聡子ちゃんが来た。
聡子ちゃんが来たから菜々は他の人のところへ行ったけど、
彼女が言いたい事はなんとなくわかっていた。
「徳永君、彼女出来たなんて初耳でした。ずっと近藤さん…。じゃなくて尾山さんになったんですよね。」
そう言って複雑な表情で私にチュウハイを渡しながら話を続けた。
「でも二次会に来てないって事は本当に彼女が出来たんでしょうか。彼女が出来たんだったら
一番お祝いしてあげたいと思うんですけど。」
それは私も思っていた事だった。徳永君、無理をしてるんじゃないかな。
人に好意を持ってもらえることは嬉しい事だけど、やっぱり聡と結婚したからにはその徳永君の
複雑であろう気持ちは私も複雑にさせた。
私が黙ってしまうと聡子ちゃんは笑って、
「でも、これからも映画を観に来て下さいね。
ご主人と一緒に。徳永君も若いといってもいい大人なんですからちゃんとした態度を取ると思いますし。」
「…。うん、ありがとう。」
「それにしてもご主人、イケメンですね。羨ましいです。私の彼なんてどこにでもいる様な顔ですから。」
聡子ちゃんに彼氏がいるなんて初めて聞いた。
「聡子ちゃん、彼氏いたんだ。」
「同じ職場の人なんですけどね。あんまり存在感がない人で…。」
「それでも聡子ちゃんは彼が好きなんでしょ?だから付き合ってると思うけどな。
今度紹介してよ。もしかしたら今まで映画を観に行った時に会った事がある人かもしれないけど。」
聡子ちゃんは手を大きく振って、
「紹介するほどの人じゃないです。もうちょっと男らしい人だったらいいんですけどねぇ。」
そう言いながらも聡子ちゃんが彼氏の話をする時は嬉しそうだった。
私と聡子ちゃんが話していると、聡が私と同じ派遣会社の人に首元をつかまれていた。
「せっかく結婚したのにまたそんな危険なとこに行くのかよ。美加ちゃんの気持ちにもなれ。」
多分、聡が海外派遣の事を話したんだろうな。
襟首を掴まれたまま聡は黙っていた。他の人が二人を引き離してくれたけど
その人は1万円札を置いて出て行ってしまった。
笹原さんといい、彼といい今日は揉め事が多い結婚パーティーになってしまった。
二次会も終わり自宅に帰ったのは2時半過ぎだった。
聡がネクタイを緩めながら、
「俺も酒には強い方だと思ってたけど、今日は飲まされたなぁ。
明日二日酔いにならないといいんだけど。」
「大丈夫?コンビニでウコン買ってこようか?」
酔い覚ましの為だろう。水を飲みながら、
「大丈夫。明日も休みだし。だけど笹原さんが来るなんてなぁ。考えもしなかったよ。」
「私も。良子ちゃんが招待状を見せたから場所と時間を知ってたみたいなんだけど
皆には悪い事しちゃったな。それと婚姻届どうする?もうすぐで3時だよ。」
聡は引き出しに入っている婚姻届を出すと、
「もちろん今から行くよ。区役所もそう遠くないし。でもちょっと俺も酔ってるからタクシーで行こう。」
聡がそう言ってくれたから普段、会社で使ってるタクシー会社に電話をして二人で区役所に行った。
真っ暗な区役所はちょっと不気味だったけど、夜間受付で、
「すみません、婚姻届を出したいんですけど。」
扉が開いてポツンと光っている婚姻届を受け付ける所へ行って婚姻届を出した。
係りの人は書類をチェックしてくれて、
「おめでとうございます。無事受理させて頂きます。お幸せに。」
これで私は『尾山 美加』になった訳だ。