次の休みは忙しかった。
まずこないだ聡が見つけてきたうちを見に行く事にした。
大家さんは人柄が良さそうなおじさんで、
「古い一軒家だからねぇ。なかなか入居してくれる人がいなかったんだよ。
でも今までこのうちで暮らした人はみんないい人だった。
2年間空き家だったからリフォームは無料でするよ。」
「ありがとうございます。でもこの家の感じが好きだから畳を取り換えるのとふすまを変えてくれるので
十分です。いいですね、この家。なんだか昭和のレトロな感じがして。」
私はこの家がすぐに好きになった。小さいけど庭もあって桜の木が1本あった。
きっと春になればこの桜も咲き誇り素敵な春を迎える事が出来るだろう。
オフィス街の隣の駅のわりには家賃も安かったし、家の歴史を感じるのが気に入った。
「ねぇ、今日ここの家の契約しちゃわない?」
聡は封筒を見せて、
「そう言うと思ったんだ。書類は全部そろえてあるから契約は出来るよ。」
大家さんのうちで契約をしてそのまま私の実家に帰った。
それは改めて結婚の報告であり、母さんなんて今か今かと待っていたらしい。
「おかえりなさい。うちが決まったんですって?結婚に向けて順調に進んでるみたいね。」
リビングに向かいながら母さんは嬉しそうに話していた。
うちに帰る前に婚姻届を区役所でもらってきて、父さんか母さんに証人欄を書いてもらうつもりで
帰ってきた。もちろん私達が書く欄はすでに書いてある。
「父さん、ただいま。」
「もう婚姻届は出したのか?」
「ううん、まだ。さっき区役所で婚姻届をもらってきたから
父さんか母さんに証人欄に書いてもらいたいんだけど。
でもさっきうちは決めてきた。とてもいい家でね、小さいけどお庭もあって桜の木もあったの。
父さんだったらきっと好きな家だと思うよ。」
父さんは読んでいた新聞をテーブルに置くと引き出しから印鑑を出して、
「そうか。桜の木か。春が楽しみだな。さて婚姻届だな。これで美加も嫁に行くんだなぁ。」
私はバックに入れてあった婚姻届を父さんに渡すと、万年筆で丁寧に書いてくれた。
あとは聡のご両親のどちらかに書いてもらうだけだ。
母さんがお茶を持ってきてくれて、夕食を食べて行く事を勧めてくれた。
「今日は尾山さんに合わせてお寿司を頼んだの。ぜひ食べて行って。」
「ありがとうございます。じゃぁお言葉に甘えてご馳走になります。」
私は聡と私の両親といい関係が築かれていく様で嬉しかった。
4人でお寿司を食べて私達はそれぞれのマンションに帰った。
毎日聡のマンションに転がり込むわけにはいかない。
大口さんからのイタリア語の宿題もあったし、結婚の他にも私にはやる事がいっぱいあった。
来週にはイタリア語の通訳が出来るかの試験もあったし、昨日の帰り際になって笹原さんから
押し付けられた仕事をなぜかうちでする羽目にもなっていた。
翌日は聡のご両親に挨拶に行った。
何回かお会いしてるから、少しは気心が知れてる。
「美加さん、いらっしゃい。」
穏やかというよりちょっとぼんやりとした感じの聡のお母さんは聡から電話で聞いてたから
私がなぜ聡の実家に行くかは知ってるはずだった。
「お父さんも美加さんに会うのを楽しみにしてるのよ。」
そう言ってスリッパを出してくれた。日本家屋の聡のうちはこないだ決めてきた私達が住むうちに
どこか似ていた。聡のお父さんはお茶に凝っていていつもお茶を入れるのはお父さんの役割だった。
そしてもちろんの事だけどそのお茶はいつも美味しかった。
「聡がいなくなった時は皆で心配したものだけど、こうやって結婚するなんてねぇ。
1年前じゃ考えもしなかったわ。でも聡のお嫁さんに美加さんがなってくれるのは嬉しい事ね。」
「これからもよろしくお願いします。私も聡さんとまた会えてよかったと思ってます。」
どちらかというと無口なタイプのお父さんは黙ってお茶を飲んでいた。
聡がジャケットのポケットから婚姻届を出して、
「婚姻届の証人欄に親父かおふくろに書いてもらいたいんだけど。もう一人は美加のお父さんに
書いてもらったんだ。」
聡のお父さんは無言で立ち上がり書斎に行った。すぐに戻ってきて、
「それ…。貸してみろ。書いてやるから。」
聡はお父さんに婚姻届を渡すとボールペンで空白になっていたあと一つの証人欄に名前などを
書いてくれた。これで区役所に提出したら晴れて私達は夫婦になるわけだ。
「それでさ、結婚式はしないでいつも通ってるカフェで立食形式で結婚報告パーティをするんだ。
もちろん椅子はあるから疲れたら座っていてくれてもいいけど、出席してくれないかな。」
お母さんは嬉しそうにうなずいて、
「もちろん行くわよ。聡の結婚式みたいなものでしょ?ねぇお父さん。」
「母さんが行くなら行ってもいい。」
そう言って書斎に行ってしまった。階段を上るお父さんの後ろ姿を見ながらお母さんは、
「ごめんなさいねぇ。愛想がなくって。」
「大丈夫です。婚姻届にサインをして下さっただけでも十分です。」
私達は早々に聡の家を出ると招待状を作ってくれる会社に行った。
「すみません、結婚式の招待状を作って頂いたいんですけど。」
その会社は4~5人しかいないようで奥の方から一人の若い男性が受付に来てくれた。
「ご結婚されるんですね。おめでとうございます。簡単なデザインとかはお持ちですか?」
「それが私達絵心がないんで用意してないんです。」
私がそう告げるとファイルを持ってきてくれてデザインを選ばせてくれた。
「ねぇ青系とピンク系とどっちがいいと思う?」
「結婚する時には確か4つの青い物があった方がいいんじゃなかったかなぁ」
私はそれを知っていたけど聡がそれを知っているなんて思ってもいなかった。
店員さんもその言葉にうなずき、
「そうなんですよ。サムシングフォーーといって4つの物がそろえば幸せになれるって言われてるんです。
サムシングブルーが何か青い物で、サムシングオールドが何か古い物、これは花嫁のお母さんから
受け継がれる事が多いですね。あとはサムシングニューで何か新しい物、最後がサムシングボローで
何か借りたものですね。これはマザー・テレサの詩にあって昔から引き継がれてるんです。
ですからサムシングニューで青い招待状がいいと思いますよ。」
その言葉もあり1時間かけて招待状を青いデザインで作ってもらう事にした。