自分で言うのもなんだけど私ってお酒には強いと思う。
だからワイン1杯飲んだ位じゃ酔っ払いもしないし、飲んだ気にもなれない。
せっかく関根さんがグラスワイン用じゃないワインを出してくれたのに悪い事したな。
でも上映までの1時間は有意義に過ごせた。
映画の前にチーズとワインなんて贅沢だと思うし。
腕時計を見て、上映10分前に席を立った。
「じゃぁ帰りにまた寄るね。」
関根さんに挨拶をして映画館に向かった。
チケットをチェックするところに徳永君がいた。どんな顔をしたらいいんだろう。
今までは「まさか」って思ってたけど今は徳永君の好意を分かってるから。
そして徳永君は聡の存在を知っている。出来るだけ普段と変わらない表情、動きにして
徳永君にチケットを見せた。
「こんばんわ。今日は『白鳥』ですか。珍しいですね。この手の映画をご覧になるなんて。」
「うん、聡子ちゃんに勧められてね。女目線と男性目線別々に観ると面白いって。」
「あぁ、そうかもしれませんね。12シアターです。ごゆっくり。」
チケットの半券を渡されて私は少しほっとして徳永君と別れた。
大丈夫だったよね。普段通りに接したよね。
背中に冷たい汗をかいてしまった気がする。関根さんの店でワインを注文しちゃったから
アイスコーヒーは止めておこうと思ったけど、シアター内にあるフードコーナーで結局買っちゃった。
外で買うより中で買った方が高いんだよね。イタタタ。
聡子ちゃんが勧めてくれた映画ははっきり言って面白かった。今年のトップ3になるかもしれない。
一人の男性を争って一人は裕福な女性。一人は暮らしは質素だけど人間らしい人だった。
私がその男性の立場になったとしても悩むだろうな。
そしてこの映画の題名の意味が分かった。男性の前では優雅に振る舞ってるけど
水の下では一生懸命足を漕いでいる白鳥そのものだった。
最終的には男性の両親が選んだ他の女性と最後まで悩んで結婚してしまうのだけど
結婚式の時の二人のすがすがしい顔が良かった。
恨むどころか本当にその男性の幸せを祈っている表情だった。
私だったら聡がもし他の女の人と結婚して結婚式に呼ばれた時行けるだろうか。
きっと行けないと思う。私はそこまで心が広くない。
色々考えさせられた映画だった。パンフ売り場に行くと満面の笑みで聡子ちゃんが待っていた。
「どうでしたか?『白鳥』。」
「すっごく良かった。さすが聡子ちゃんだね。映画に対してはプロだよ。」
そう言うと聡子ちゃんは顔を赤くして、手を振ると
「私はただの映画館の従業員です。それで映画が好きになっただけですから。
でも良かった。お勧めした映画が気に入ってもらえて。それでパンフどうしますか?」
「答えはわかってるんでしょ?もちろん買うわ。」
聡子ちゃんは立っているカウンターからすでに袋に入っているパンフレットを出して
「実はそうなんです。用意しときました。この映画って観る方が少ないんですよ。
でも近藤さんのお気に入りになって下さったので進呈します。」
「ダメよ。お金はちゃんと払うわ。」
聡子ちゃんは私にそのパンフレットを持たせると、
「また来て下さったらそれでいいんです。来週のレディースディを楽しみにしてます。
でも最近は近藤さんレディースディに関わらず来て下さるから嬉しいです。」
これ以上受け取る、受け取らないでもめるのも大人気ないと思って聡子ちゃんの気持ちを
ありがたく受け取った。
「ありがとう。じゃぁまた来るね。」
聡子ちゃんの好意でくれたパンフレットを片手にまた関根さんの店に行った。
なんだか今日はご馳走になったりパンフをもらったり結果的にはあんまり自分でお金払ってないなぁ。
もうナイトショーに近い時間の映画だったから関根さんの店もお客さんが少なかった。
「関根さ~ん。来たよ~。」
何か料理を作っていた関根さんは顔を上げると私の顔を見て笑顔になった。
「その表情だと『白鳥』は面白かったみたいだね。」
「うん。でもあれは女性が観た方がいいかもしれない。男性の立場になってみるといたたまれないもの。」
「そっか~。美加ちゃんの意見も僕が映画を観る参考になるよ。そっか。女性目線かぁ。」
関根さんは何回も「そっか」を繰り返していた。
って事は気にはなってる映画なのかな?奥さんに勧めるかもしれない。
『奥さん』
私はいつか聡の『奥さん』になるんだろうか。今日の映画は立場も状況も全く関係ない映画だったけど
なんとなく聡との結婚を意識させる映画だった。