次の日の木曜、正直言って出勤するか迷った。
会社で聡に会ったらどんな顔をしたらいいんだろう。
1年前、聡がイラクに行かずにプロポーズされていたら喜んで結婚していたかもしれない。
だけど…。
聡はイラクで過酷な仕事をしていて命の重みも私より十分わかっている。
そんな私が聡と結婚なんてしていいんだろうか。
平和な日本でのほほんと生活していた私と
イラクで命かげで仕事をしていた聡。
どう考えても釣り合わない気がする。
しばらく考えてから、やっぱり仕事には行く事にした。
プライベートな事で仕事を放棄する様な事はしたくなかった。
いつもだったら20分前には会社に着く様にしているんだけど、
今日はギリギリで出勤した。
一瞬聡の方を見たけど、書類を見ていて私が出勤してきた事に気づいてなかった。
無言でデスクに座りパソコンを立ち上げた。
昨日は休みだったからする仕事はたくさんある。その方が私には良かった。
仕事の事を考えていればいいのだから。
昨日は聡の気持ちにちゃんと向き合うのが聡への誠意だし、私のけじめだと思っていたけど
私…。聡から逃げてる。
こんな自分に自己嫌悪してしまったけど、今はとにかく仕事だ。
こういう時に限って余計な邪魔が入る。
笹原さんが、
「旨そうなフレンチの店を見つけたんだ。一緒に行かないか?」
「すみません、昨日から体調が悪いのでご遠慮させて頂きます。」
笹原さんは舌打ちをすると、さっきまでの笑顔が消え、
「なんだよ。お高くとまってるな。そんなに係長がいいのかよ。しょせん役職がついてる
男についていくんだな。」
わざと皆に聞こえる様に大声で言った。
聡もその言葉に気づいたらしく顔を上げたけど、何も言わなかった。
逆に他の派遣社員から、
「自分が振られたからってみっともな~い。」
「笹原さんって女々しいのね。」
等々、散々言われていた。私はそれを黙って聞いていた。
皆の声を聞くと笹原さんは黙って会社を出て行ってしまった。
菜々が近づいてきて、
「あんな負け犬の言う事なんて気にする事ないわよ。」
「大丈夫。最初から相手にしてないから。」
私はデータを打ち込む手を休めずに答えた。
菜々は隣の席に座ると、
「の、割りには元気がないみたいだけど。係長と喧嘩でもした?」
「喧嘩だったらまだ良かったかもしれない。」
あくまでもパソコンからは目を離さず私は答えた。
「じゃぁ何よ。」
「ちょっとね。」
菜々はしばらく私の顔を見ていたけど、黙って立ち上がると、
「まっ、話だったらいつでも聞くから。一人で抱え込むんじゃないわよ。
あんた一人で考えてグルグルしちゃうんだから。」
「ありがとう。」
そうは答えたけど、聡にプロポーズされている事を菜々に話すつもりはなかった。
相談は関根さんだけで十分だ。
昨日しばらく話してすっきりした所もあるし。