「今まで『彼氏と思ってない』とか『彼氏じゃない』とか言ってた私が言うのも変だけど
私達、やり直さない?」
聡はにっこりと笑うと、
「そんな言葉くれるなんて嬉しいよ。うん、関根さんも喜んでくれると思う。」
私達は自然と抱き合った。聡の体温ってこんなに温かかったんだ…。
「ね、さっそくだけど関根さんにこの事教えないか?いつも関根さんは笑顔だけど
もっと喜んでくれるよ。」
「そうね。」
私達はまるで教会から駆け落ちしたダスティン・ホフマンの「卒業」のラストシーンの様に
手と手を繋いで走って関根さんの店に行った。
もうすぐで閉店だったけど、駆け込んできた私達を見るとびっくりした表情をして、
「どうしたの?」
肩で息をしながら、聡は笑いながら関根さんに言った。
「俺達…。俺達、またやり直すんです。」
「聡が一人でイラクに行ってしまったのは理由があったんです。ようやくその理由が聞けて
最初からやり直そうって思ったんです。」
最初は呆然としていた関根さんだったけど、いつもの笑顔の10倍位の笑顔で、
「そっか~、うん、うん。僕も嬉しいよ。」
ようやく息の整った聡は、
「最初に関根さんに聞いてもらいたくて。ずっと俺達の事を見守ってくれてたから。」
「『見守る』なんて大した事じゃないよ。ちょっと気になってただけだから。」
関根さんは店の看板をcloseにして私達にワインをご馳走してくれた。
「じゃぁお祝いって訳じゃないけど、僕も嬉しいからワインで乾杯でもしようか。」
私と聡、そして関根さんはワインで乾杯すると誰が最初とは分からなかったけど
笑いだした。その笑い声は段々大きくなり店内中に響き渡った。
3人でチーズや生ハムをおつまみに少し話してから私達は帰った。
関根さんは私達が見えなくなるまで見送ってくれた。
この日の事はきっと忘れないと思う。
聡がどんな気持ちでイラクに行って、
どんな気持ちでイラクで仕事をしてきたかを知る事が出来たんだから。
聡の家に帰ると私は軽い食事を作ろうとした。
関根さんのお店でチーズとか食べたから少しはお腹がいっぱいだったけど
あれはあくまでもおつまみだから、ちゃんとした食事を食べてないし。
冷蔵庫の中を見るとほとんど食材が入ってなかった。
「聡、冷蔵庫の中ほとんど空だから買い出しに行ってもいい?」
「俺も行くよ。お前、この辺の地理詳しくないだろ。」
聡と私は聡が時々使うスーパーで食材を買う事にした。
「何が食べたい?」
「う~ん。そうだなぁ。あっ、美加のライスコロッケって美味しかったよな。あれが食いたい。」
「ちょっと時間かかるよ。」
「構わないよ。関根さんの店で少しは食ったから。」
私はお米、顆粒のコンソメ、玉ねぎ、小麦粉、卵などライスコロッケに必要な食材と
きっと油はないだろうと思ってそれも買った。
聡の為に料理をするなんて何年ぶりだろう。
私の料理の腕が落ちてないといいけど。
エプロンなんてもちろん聡の部屋にはなかったから、来た時の服だけで料理をした。
その私の姿を聡は嬉しそうに見ていた。
「何よ。じろじろ見て。」
「いや。美加の手料理なんていつぶりだろうなって思ってさ。
しかも俺の好きなライスコロッケ。すっげ~楽しみ。」
サラダとコロッケ、バケットを添えてテーブルに並べた。
「久しぶりだから味が落ちちゃってるかもしれないけど。」
「美加に限ってそんな事ないよ。食ってもいい?」
「どうぞ。」
聡は嬉しそうに全部食べてくれた。
こうやって少しづつ昔みたいに戻れるといいんだけどな。