いつも通り私は定時で帰った。
だけどなんでここの社員って派遣社員に対してあんなに悪意の視線で見るかな。
そして聡はまだ会社に残っていた。
まぁ、社員で係長だからしょうがないのかもしれないけど。
(ホントにうちに来るのかな)
そんな視線を一瞬にも満たない程の時間で聡を見て私は自宅に帰った。
9時を過ぎた頃、私の部屋のチャイムが鳴った。
念の為にインターフォンで誰かをチェックする。やっぱり聡だった。それも私服。
30歳と言うに私服だと若く見える。
私は近所を確認して聡をうちに入れた。
「本当に来たのね。」
「そりゃそうだ。会社じゃなかなか話せないからな。」
「ご飯は?」
「まだ。久しぶりに美加のリゾットが食べたいな。」
…。ずうずうしい。でも私がリゾットを作るのが得意なのを覚えてくれてたのは嬉しかった。
聡に対して反抗の気持ちもあるけど、こんな些細な事を覚えてるのはなんていうのかな…。
私の事を考えてくれてたんだって思った。
「ちょっと時間かかるよ。」
「いいよ。俺も仕事持ってきたから。」
「ここに来てまで仕事するの?」
リュックからクリアファイルを出すと、
「時間が足りなかったんだ。ほら、フランスの食品会社との取引あるだろ?
それの次の打ち合わせの資料作らないといけないから。
俺もフランス語は喋れるけど、美加程じゃないからな。」
「リゾットを作る合間に見るからその資料見せて。」
「そのつもりで持ってきたんだ。」
頼られてるのも嬉しい反面、自分で仕事しなさいよとも思った。
私の中では聡に対して反抗の気持ちと嬉しい気持ちの感情があるのかもしれない。
それはやっぱり黙ってイラクに行っちゃった事に関連してると思う。
知っていたら当然止めたと思うけど、聡は私を納得させて絶対行っただろうな。
聡はそういう人だから。
キッチンで料理をしながら資料を流し読みしてると、フランス側の条件が多い。
これじゃぁ、うちの利益が少ない。
「ねぇ、この条件だったらうちが不利よ。」
「大丈夫。そこの会社の下請けとも契約してるから。下請けだったらうちの方が有利だ。」
いつの間にこんな契約を取ったんだろう。
リゾットも出来上がり、昔聡とお揃いで買ったお皿に盛ると聡は嬉しそうだった。
「この皿、取っといてくれてたんだ。」
「物に罪はないでしょ。それに割るなんて嫌だったし。」
こうしていると本当に昔の私達に戻ったようだった。
聡が派遣社員だった頃もこうやって私のうちで仕事の話をしたっけな。
段々、昔の私と聡に戻ってきてる気がした。
それは嫌な事ではなくて、最初は嫌だったけど心地いい事だった。
結局、その日聡はうちに泊まっていった。
これじゃぁホントに元鞘になったみたい。みたいじゃなくてなったんだな。
この事はなんとしても会社の皆に隠さなくちゃ。