…まさか妊娠してるかもしれないなんて。
龍雄さんには負担をかけたくないし。こういう事は産む女が決める事よね。
っていうかまだ、妊娠してるかどうかも判ってないし。
かと、言って妊娠検査薬で調べるのも怖いし。
下手したらスキャンダルに発展しちゃうからマネージャーにも言えないし。
デリケートな問題よね。
「佐々倉さん、出番で~す。」
「あっ、は~い。」
私は名前を呼ばれると頭を切り替えて、
私は新ドラマのヒロイン『夏美』になった。なりきったのではなく、なったのだ。
女優はそのドラマの人の人生そのものを
歩まなくてはいけないと私は思ってる。
でも、今日はNGが多かった。こんなんじゃ、女優失格だ。
落ち込んでいると、同期の田辺 亜夜が声をかけてきた。
「どうしたのよ。紗由理らしくないわね、今日は。」
「そう?ちょっと飲み過ぎちゃったかな?」
「同居人さんに怒られたんじゃないの?」
「『同居人』じゃなくて『友梨香ちゃん』。」
「はいはい、そうでした。その、友梨香さんに
飲み過ぎて怒られたんじゃないの?」
「…まぁね。そんなとこ。」
私は亜夜との会話を早く切り上げたくて、
メイクをサッサと落とすと楽屋に入り、
ジャージに着替えてスポーツバックにすべて荷物を入れ替え、
いつも通り帰途に着いた。