糖尿病の検診に行ってきました。

 

気になるHbA1cは5.6

血圧も珍しく120もありました。

低いと80とかだったりする私からしたらちょっとした高血圧。

 

薬はいつもと一緒。

 

グラクティブ錠50mg朝一錠

メトグルコ錠250mg朝二錠

リピディル錠80mg朝一錠

 

一カ月に5,000円以上かかります。

血液検査と尿検査。

まぁインスリン出てないから安いほうなんだと思うけど。

 

双極性の方は自立支援法が適応になってるから月額5,000円。一割負担だから、病院、薬、訪問看護、糖尿全部合わせて月10,000円の医療費で済んでるけど・・・

自立支援法がなかったらと考えるだけでぞっとします。

そんなことになったら通院やめますよ。ホントに・・・

 

糖尿の方は何とか落ち着いてます。

薬飲んでるからかもしれないけど。

私の糖尿は遺伝半分、薬害半分だから、気分的には複雑。

双極性じゃなきゃならなかったかもしれない。

遺伝的にもなる可能性は確かにあったから、仕方ないけど・・・でも双極性の薬がなければ発病はもっと遅かったかもしれない。

そう思うと今でも悔しい。

なんで最初のクリニックは血液検査を一度もしてくれなかったんだ。何度も頼んだのに。

まぁほかの病院行って検査しなかった私にも責任はあるんだけど。

ひどいときにはHbA1c14もあったからその頃に比べたら何だったんだ?というほどの回復ですよね。確かに・・・

血糖値600とかだったもの。

 

 

 

自立支援法も、障害者手帳も、障害者年金も最初はものすごく抵抗があったし、今でもその気持ちは変わらない。

 

私の友達が払った税金で私は福祉を得てる。

そう思うと簡単に友達にも会えない。

後ろめたい。

それまで「誰にも迷惑をかけてるわけじゃない」とはっきり言えたものが、揺らぐ。

税金の世話になってる。

それだけで自分の首を真綿で締められてる気分になる。

 

でもそれらがなければ生活できないわけで・・・

自立支援もなければ半月分の薬代だけで5,000円近くになる。

薬だけで月10,000円になる。

それに病院代。訪問看護代。

それを継続していくだけの財力はうちにはない。

それにたまに歯医者に行ったり、婦人科に行ったり、そういうのもろもろ合わせたら年金なしでは考えられない。

 

確かにそこから小遣いも出てる。

趣味の小説も買ってる。

時たまTSUTAYAでCDとかDVD借りたりしてる。

猫の餌飼ったり、文房具買ったり、化粧品買ったり、でも化粧品もそんなに高いものじゃない。

確かにドラックストアで売ってる1,000円以下の格安のものではないけど、肌に合わないからオルビスを使ってる。

シャンプーなんかはそれこそドラックストアで売ってるもの。

確かに少しだけど貯金もしてる。

倹約してこの前は母と二人で旅行した時の宿代とお土産代を出した。

本当はそういうのもダメなのかもしれない。

そう思う。

罪悪感がないわけじゃない。

先生はそういう気分転換も必要だと言ってくれる。

訪問看護の看護師さんも同じことを言う。

家族も言う。

でも自分の心はついていかない。

 

障害者手帳のおかげでバス代も市内ならただ。

市営地下鉄もただ。

そういう福祉も得てる。

 

 

そういう福祉を得てる。

確かに無理をしてだましだまし、後先を考えなきゃ働けないこともないと思う。

日雇いとか・・・

本当はそうすべきなのかとも思う。

なりふり構わず働くべきなのだと。

でもそれじゃいつまでたっても今までと同じことの繰り返しで、そのたびに心はすり減っていくし、それを繰り返したら心が完全に壊れてしまうかもしれない。

立ち上がる力はどんどん減っていくわけで、今度はもう立ち上がれないかもしれないという恐怖が常に付きまとう。

だから今回は復職に慎重になってる。

 

 

でもそれだけじゃないな。

きっと・・・

気持ちの底では、障害者年金で何とかやっていけてるのだからそのままでいいじゃないか。

家はある。

たぶん親が死んでも兄夫婦は私を追い出しまではしないだろう。

肩身は狭くなるだろうけど。

 

だったら苦しい思いして、いつダメになるかわからない仕事を探していくより今の方がいいんじゃないか。

そんな最低な思いがある。

 

その気持ちに気が付いているから、後ろめたい。

本当に体調が悪くて、本当に働けなくて…そういう状態なら仕方ないと諦めもつくだろう。

でもそうじゃなくなっても今のままでいられるなら・・・月60,000の年金。バイトで苦労して働くのと同じくらいの金額をもらえる。

 

とはいえ不安はある。

今後、両親が死んで扶養から外れたら自分で国民健康保険を払っていかなきゃいけなくなる。

その時は本当に苦しくなる。

やってけないことはないだろうけど、今までみたいに趣味にお金使ったり、貯金したり、たまの気分転換のための蓄えにはお金が回らないだろう。

 

横浜市のHP見ても難しくてよくわからないので、そのうち体調のいい時に役所いって調べてもらおうとは思ってるけど。

 

 

そういう、いわゆる「社会的弱者」になっている自分に驚いているし、困惑しているし、幻滅している。

 

こんなはずじゃなかった。

そう思ってる。

そりゃ誰だってそうなるなんて思いながら生活してるわけじゃないだろうけど、それでもいざなってみると自己嫌悪。

 

30歳の自分。自分なりのビジョンもあった。憧れもあった。

でもそれも全部おじゃん。

 

私の同級生で「夢は願い続ければ叶う」なんて声高にアメブロやらFacebookで騒いでる子がいるけど、じゃあ今の私は何なんだ。といいたい。

努力の結晶?

私は生きてるだけで精一杯。

 

そういう現実を見せつけられるたびに嫉妬心で狂いそうになるし、すでに狂ってるし。

それを平然として応援してるふりする偽善者の自分にも嫌気がさすし。

 

 

本当は将来のことを考えて、医療事務の資格というかそういう勉強をしたいと思ってる。

でもそれにはお金もかかるし、労力もいる。

今の自分には無理だと諦めてる。

ビジネスマナーとか絶対的に自信がない。

今までろくな仕事してないから。

 

本当は学生のうちに秘書検定2級を取るつもりだった。

本当はこうするはずだった。あーするはずだった。そんなことは山のようにある。

大学行ったのだって行政書士の資格をとるためだった。

高校だって簿記とか電卓検定とか検定をたくさん取れる学校に確かに通ってた。

でも最終的に卒業したのはその学校の母体(説明すると長くなるけど、私の通ってた高校は専修学校でその学校を出ただけじゃ高卒の資格はない。だから大阪の通信制高校と提携してその学校の生徒としてつまり二つの高校の生徒として在籍し、高卒の資格を得る高校だった)の通信制を卒業しただけだった。

 

現実はどこまでも残酷だった。

それを全部自分の責任だと背負い込んでいたらもっと精神を病み、本当に自殺していたと思う。十代のうちに。

 

 

 

どんどん妥協して、どんどん落ちていってそうやって障害者年金の受給者になった。

 

そのうち数年のうち、私は医療事務の仕事につきたいと確かに思ってもいる。

でも、年金のままでもいいのかもなんて思ってもいる。

 

正解はわかってる。

 

 

結局どうしたいのかわからないまま今日も一日が始まる。