私の人となりを話す上で欠かせない話。

私は書店に勤めていました。
二つの会社で。
仕事はキツいし、給料は安いし、それでもやりがいのある仕事で長く続けていければと強く思っていました。
でも、やはり精神的に身体が持たずに退職。

仕事は体力勝負。
重いものを一日中抱えてるなんてざらにあった。
朝雑誌の陳列作業なんて化粧が落ちるほどの汗だく。
雑誌の束は重い。
女性誌なんか重いことこの上ない。
時間との勝負で上司からのプレッシャーも大きい。

私は実用書担当だったから、売り上げとのにらめっこあった。
途中から雑誌担当も兼任していたから精神的負担も確かに大きかった。
児童書のサブもやっていた。

でも私はそれくらいがちょうど良かった。
やりがいもあったし、誰かから必要とされている喜びもあった。
もっと必要とされたいという向上心も出た。
ランキングを頭に入れなきゃ、書評をチェックしなきゃ、新聞チェックしなきゃという書店の仕事もあるけど基本は接客業。

笑顔や丁寧な対応が求められる。
問い合わせの多い店だった。
お客様の曖昧な記憶から情報を聞き出し、目当ての本を探し出す。
NHKでやってた。とか、今テレビでやってたとかざらにあった。
昨日エフ横でやってた人の本がほしいその人の名前は忘れた。でも何時に聞いてたかは覚えててくれた。エフ横のホームページからゲストの名前探してその人の著書で店頭にあるものを探し出してきたなんてこともあった。


本が特別好きだというわけではなかったかもしれない。

実用書なんて興味はなかった。
でも勉強した。
店の立地的に健康書がよく売れてしかも新聞に載ると即完売なんてこともあったから新聞とにらめっこ。載ったら即発注。でも外れることもある。
定期的にデカイ広告を出す出版社は常にチェック。芸能人の料理本の初動を気にして。
料理本や、健康書、冠婚葬祭の本から手芸の本美容の本。
占いの本や美文字の本。
趣味実用も範囲だったので登山の本やらアウトドアの本、運転免許の対策本、スポーツのマニュアル本やらペットの飼い方、美術本。今流行りの動物の癒し系写真集。私の勘が当たってふくろうの写真集は会社一うちの店で売れた。

児童書なんて縁がなかった。
お客様からの問い合わせが多いジャンルで難しいものが多いのがこの売り場。「プレゼントしたいけど何がいいかしら」これが来るとドキッとする。
自分の力量を試されている気がして。
だからそれも勉強した。
絵本専門紙を買って、定番絵本が載った雑誌を買って勉強した。

雑誌だってシビアな世界だ。
特に女性誌は。
付録によって売り上げがとんでもなく違う。
前号の次号予告とにらめっこして、版元のホームページチェックして、何を面陳にするか悩んで、an・anのセックス特集はとんでもない数入荷するからそれをどう売ろうかとか。
何の特集コーナーを作るかとか。

書評を毎週チェックして、それを即案内できないと上司からの指導が入る。
私は途中から朝の作業では雑誌ではなく書籍の検品に鞍替えしていたから朝イチから文庫本を、新刊を新書を開店までに陳列する。
大型タイトルだとPOPまで付けなければ上司からの指導が入る。
それと同時に発注作業を平行して行う。

でもだからこそ問い合わせには強くなった。
実用書は専門だし、児童書だって隣の庭。
雑誌は入荷を全部頭に入れてる。
書籍は自分で検品してる。
コミックだけはどちらのお店でも苦手分野のままだったけど(笑)

しんどいかと聞かれればしんどかった。
それでもやりがいがあった。

だから辞めるときはとんでもなく苦しかった。
何でこんな病気なんだろうかと。
病気を抱えながら仕事をしていた。
だましだましだったのかもしれない。

小説を警察小説の文庫本をよく読んでいた位の女がそこまで執着するくらい魅力のある仕事だった。


それでも病気で呆気なく負けた。
私の遣り甲斐は取り上げられたままだ。
そしてきっともう手に入らない。
もう二度と書店のエプロンを身に纏うことはないだろう。
天職かもしれないと思った職業への憧れは途絶えた。
それが悔しい。
何で何で何で何で何で………
こんな病気でなければもっと続けて高みに行けたはずなのに。
二つ目の会社では入社そうそう店長に社員になるつもりはないかと聞かれた。
接客指導もすることになった。
オープニングスタッフのリーダー的存在だった。
雑誌、実用書、ビジネス書の品出しを経験させてもらった。

だから余計悔しい。

双極性障害治らないんでしょうか?
ずっとこの苦しみは続くんでしょうか?