◆今日の一言
No.451(07/7/1)
『やりたいことを探すより、やっていることを好きになろう』
学生さんのお手伝いを引き受けて以来、今まで数え切れないほど多くの質問を受けてきました。
その中で最も多い種類のものといえば、やはり、何をおいても「やりたいことが分からないけど、どうやって見つけたらいいですか?」というものです。
この質問については、その時その時に相手に合った形で答えてきたのですが、それにしても、なぜ揃いも揃って、学生は皆、全く同じ形式の問題提起を行っているのか、僕はこの群集心理に非常に興味を持ちました。
それはつまり、「やりたいこと」を「見つける」という発想です。
要するに、やりたいことは「見つかる」と思っているということです。
もっといえば、「やりたいこと」とは、最初から「やりたい」と思える形で存在していて、自分はたまたま、運が悪いのかめぐり合っていないのだ、という発想です。
それを見つけるには運か努力が必要で、どうやったら見つかるかはまだ発見されておらず、やりたいことを見つけるのも、一種の「才能」のなせる業だ、と考えている学生さんもいるようです。
「やりたいことを見つける」のは、才能なんでしょうか。
冗談じゃない、と僕は思います。
才能とは、「やっていることを好きになる」ことです。
最初はそれほど面白くなく、得意でも好きでもなかった物事と根気良く向き合い、困難を征服して本質を掴み、小さな改善を施しながら徐々にモノにしていく過程に、その人の才能が発揮されます。
そういう考え方や姿勢で物事に取り組める人は、着手が早く、継続力があり、結果が出るまで投げ出さないので、結果的にはどんなことでも好きになれるし、「やりたい」と思えるようになります。
そういう人は、「やりたいこと」など探す必要はありません。だって、何をやってもやりたいと思えるからで、あとは細かい差で判断すればよいからです。
「やりたいことが見つかったら、頑張ってもいい」と考える人には、そういう努力の対象は見つかりません。発想の順序が根本から間違っているからです。
「頑張ったら、何でもやりたくなってくる」と考えれば、いちいち「やりたいことが云々」とヒマを持て余すこともなくなります。
才能とはつまり、「最初から出来上がった夢を見つける力」ではなく、「物事の本質を見極めて楽しむ力」を言うわけです。
よって、求めるべきは、「やりたいこと」などではなく、「あらゆる仕事や学問の本質を掴んで楽しむ考え方」であるべきでしょう。
3年ほど前、本メルマガで教育のあるべき姿勢について、「魚を与えず、釣り方を教えよ」というロシアのことわざをご紹介しました。
貧乏な人には、決して金を与えてはいけない。代わりに、稼ぎ方を教えよ。
成績が悪い人は、決して甘やかしてはいけない。代わりに、勉強方法を教えよ。
夢が見つからない人に、夢を与えてはいけない。代わりに、賢明な生き方を教えよ。
ということです。
物の道理がよく分からないうちは、人は往々にして最初から手っ取り早く「結果」を求めがちになります。
自分が使いまくったから金がなくなったのに、金そのものを欲しがる人、自分が勉強しなかったから成績が下がったのに、テストのレベルを下げてほしいと望む人などは、物事と向き合う姿勢を根本から間違えているといえるでしょう。
最初から結果を求めて、どうやって得られるというのでしょうか。「原因」が存在しないのに。
「やりたいこと」という成果を求める人も、その維持手段、つまり「楽しみ方」、「育て方」を知らねば、いずれ「やりたいこと」に裏切られるだけです。
大事なのは、いついかなる時でも投げ出さず、苦しい時もぐっとこらえて、困難や失敗すらも正面から受け止める気概を育てることです。
物事が「楽しい」というのは、楽しい側面だけを都合よく味わうことではなく、楽しくなさそうな側面の本質を見極めて、これを根気良く克服し、自分の楽しみに変えていく過程の実感をいいます。
「やりたいことが見つからない」という人は、さしずめ「金がない。金があるところと、金の見つけ方を教えてほしい」という人に似ています。
それで、金そのものをあげるような人がいるでしょうか。いないでしょう。ならば、夢そのものを見つけることができるでしょうか。できないでしょう。
だから、「やりたいこと」という問題提起自体がおかしいのです。そんな得体の知れない流行語に任せて将来を考えるのは、非常に危険です。
「やりたいこと、やりたいこと」と繰り返しているうちに、いずれ思考停止に陥る可能性もあります。
だから、何に取り組んでも楽しみに到達できる忍耐力、集中力、継続力をこそ、身につけましょう。
この力があれば、「やりたいこと」など探す必要はありません。そんな意味不明の言葉を基準に将来を考える必要もありません。
価値があるのは、「やりたいこと」などではなく、「何でもやりたいと思わせてくれる力」です。
あなたは「100万円」と、「100万円稼ぐ力」のどちらがほしいですか?
まさか、「100万円」が欲しいという人はいないでしょう。
では、「かわいい人との出会い」と、「出会った人のかわいさを見つけ、口説く力」のどちらが欲しいですか?
まさか、かわいい人との出会いの方がいいという人はいないでしょう。
どんな状況からでもお金を稼ぐ力の方が価値があるように、誰と出会っても長所を見つけ、好きになる才能の方が数倍優れており、かつ、一生有益です。
だから、「やりたいこと」などという人生の設問は、それ自体奇妙な論理によっています。
そういう尺度は持っているだけ意味がないので、「見つからない」と嘆いているヒマがあったら、見つける必要はないので、今向かい合っていることを根気良く続けてみることです。
続ければ、何でも楽しくなってきます。
学生さんの中には、何事も手っ取り早く済ませるのが一番いいと思っている人も多いようですが、手っ取り早いものを求めてばかりいたら本当の実力がつかず、いつもオドオドしながら過ごさないといけなくなります。
いついかなる時もモノを言う本当の力を身に付けるのに投じてこそ、学生時代は初めて価値がある時間だと言うことができるでしょう。
「今しか役立たないこと」は、今も役立たないことです。
せっかく数百万円の大金を投じて、そういうこせこせした要領や、場当たり的な器の小さい生き方しか身に付かなかったら、金をかけて余計愚かになったようなもので、本当にもったいないですよね。
学生時代は進んで知らないことや難しいことに取り組み、これを克服して、他の人には見出せない深い楽しみを洞察できるセンスを養いましょう。
それこそ、本当に役立ち、価値ある才能です。
今日もお読みいただき、ありがとうございます。
ただ今、教育・学校部門216位、就職・アルバイト部門135位です。
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