◆今日の一言
No.445(07/6/6)
『成功したければ、やりたい仕事より必要な仕事をしよう』
ここ2、3日で数十人の先行予約分のサインを書き、郵送・手渡しを終えて、3日ぶりのメルマガ配信です。
早速書評を下さった方もいて、本当にありがとうございます。後日、個別にちょこちょこ返信していきますね。
また、複数冊お申込いただいて、お申込者以外の方のサインをどうするか分からない方がおられるので、ぜひ誰のお名前を書いて発送したらよいか、教えて下さい。
さて、FUNでは現在、「起業塾」を行っています。
会社を作り、事業を起こし、世の中の役に立つ人材となるために必要な知識と考え方を学ぶこの講座は、経営者の立場で世の中を見るのにもいくらか役立っているようで、学生さんから毎回様々な感想を聞きます。
その中でも、「うまくいきたければ、やりたい仕事ではなく、必要な仕事をした方がよい」という内容には、多くの質問が来ました。
「やりたいことをやったら、だめなんですか?」
「やりたいことをやれるのは、幸せじゃないんですか?」
「自分のやりたいことを我慢するのは、苦しいんじゃないんですか?」
…学生の間では、「やりたいこと」があるかどうかは大きな問題であり、それが就活中までに見つかるかどうかも同様に問題であり、かつ、それと近い仕事をやれるかどうかも問題です。
やりたいことがある人。
やりたいことが仕事になった人。
やりたい仕事でうまくいっている人。
そういう人は「幸せ」で「成功」している人だ、と見なされます。
しかし、果たして本当にそうでしょうか。
それは、あくまで「個人の満足」を尺度とした時だけに成り立つ見方ではないでしょうか。人によって解釈は様々ですが、成功というものは、自分の満足度ではなく、社会的影響力の大きさによって計るものです。
もっと分かりやすくいえば、「自分がどれだけ幸せか」ではなく、「世の中のどれだけの人を幸せにしているか」で計るものです。
自分の行いに対し、人が認めてくれ、喜んでくれ、評価してくれることが、一番幸せなことではないでしょうか。
そもそも仕事とは「問題解決」、つまり「他人の悩みの解決や夢の実現の応援」です。
要するに、仕事とは「他人のやりたいこと」なのであって、我々が「仕事」と呼んでいる一日8~10時間の行為は、「他人のやりたいことを応援する時間」です。
それを、「仕事=自分のやりたいこと」と見なすのは、仕事の根本的な前提から言って、誤っているのではないでしょうか。
例えば今は、参議院選挙間近ということで、各政党は公約作りに力を入れています。
どの政党を支持するかなどということは本メルマガの趣旨とずれるし、そういうことを、選挙前の時だけ友達に電話して「○○党にお願い」などと言う人々もいますが、僕は本当にこういう依頼が嫌いです。
しかし、選挙は「やりたいこと」の仕組みを考えるのには、実に分かりやすい行為です。
例えばある候補者が、「私が当選したら、年金を増やします!」とか、「私が当選したら、地元の福祉財源を増やします!」と言ったとしましょう。
有権者の大半は中高年や高齢者なので、当然ながら、年金や福祉、医療、治安問題は選挙の重大な争点にされるでしょう。
「そっか、あの人が当選したら、オラの街も豊かになるのか」
「あの人に一票入れたら、あたしも安心して年金もらえるのね」
「あの人を応援すれば、後から仕事が増える可能性もある」
どの候補者も、有権者に向かって口々に「年金を安定させる」、「財源を確保する」、「地元に雇用を増やす」と繰り返すので、しまいにはそういう思惑がうずまいて、政府は「予算争奪戦」の場になっていきます。
「誰かに与える」とは、「誰かから取る」ということでもあるので、当然ながら、「あげます」、「与えます」型の公約を誓った人は、どこかの予算を削れと注文するほかなくなります。
ある人は防衛費を上げろと言い、ある人は教育財源を増やせと言い、ある人は福祉財源を増やせと言い、ある人は文化振興予算を増やせと言う。
こうして、全国各地の有権者の「やりたいこと」が巨大な濁流となって合流した結果、果たして、わが国の財政はどうなったことか。
どれだけ譲歩したとして、お世辞にも「良い」と言えるものではないでしょう。「みんなに与える」とは、「みんなから奪う」ということです。
全てをやろうとした結果、有権者それぞれの「やりたいこと」は1割くらいに中和され、結局、「何も満足には実現できなかった」となってしまって、慢性的なストレスが全国に拡散されただけの結果に終わりました。
「やりたいことがある」とは、同時に「人のやりたいことは認めない」という傲慢、利己的な発想につながりやすいものです。
「年金増やせって言ったのに、なんで防衛費を増額するのか!」
「北朝鮮が危ない時期なのに、なんで福祉財源を増やすのか!」
「地元の雇用対策費を増やしたいのに、なんで文化振興予算を増額するのか!」
こうして、みんなの「やりたいこと」を集合的に引き受け、解決を図ろうとした政府は、みんなに不信と期待はずれの失望感を持って眺められるようになってしまいました。
これが「やりたいこと」を求めた結果でした。
もう一つ、次は「仕事」で考えてみましょう。
ある人は、「新商品の開発がやりたい!」と言って入社しました。
またある人は、「財務分析がやりたい!」と言って入社しました。
またある人は、「新規開拓の営業がやりたい!」と言って入社しました。
しかし、経営はそう好きなことばかりやるわけにも行かないので、当然ながら、誰かが譲歩を迫られ、誰かのやりたいことが比較的、優先されるようになりました。
「なんで部長のアイデアを採用するんだ!」
「なんでオレたちの給料を増やさずに新卒を採用するんだ!」
「なんで若手の研修費を削って社宅を建てるんだ!」
みんなが仕事を「自分のやりたいこと」と勘違いしたばかりに、会社の中には「誰もやりたくないこと」が溢れ返り、結局、みんなが慢性的なストレスを抱えるようになってしまいました。
組織がこうなれば、あとはモノを言うのは「数の力で影響力を増やすための政治力」で、どこの会社でも似たような派閥抗争が繰り広げられるようになります。
このような例から、以下のような仮説が導けます。それはすなわち…
「我々は実は、やりたいことという基準のせいで、幸せになるよりも、むしろ不幸やストレスを抱えているのではないのか?」
というものです。
Aさんが「やりたい」と言うことを、Bさんは「やりたくない」と言います。
Aさんの「やりたくないこと」は、Bさんの「やりたいこと」です。
それを同時に叶えようとすれば、双方の要望を中和するほかありません。
要望を我慢することを強いられ、「夢の減額」を食らった分は、他人のやりたいことに奉仕する時間を割り当てられた人は、言い分を聞いてもらえなかった不満と、自分が過小評価されたストレスで、仕事への動機付けを失っていきます。
こうして、「やりたいこと」が集まれば集まるほど、組織内には「やりたくないこと」がどんどん増えていく、という力学が生まれるようになります。
結局、不幸や悩み、ストレスの原因は、誰もが学生時代にその当否を疑うことすらなかった「やりたいこと」という思考基準に立脚していたのでした。
会社とはそもそも、創業者・経営者がその存立の根幹を決定する組織であるため、従業員の立場では本当にやりたいことはやれないようになっています。
会社とは「他人の問題解決」によってしかお金を得られない組織であるため、経営者は「やりたいこと」という自己満足、意味不明な動機ではなく、「やってあげたいこと」や「必要なこと」という基準で業務の将来性を判定します。
世の中や人生には、「やりたくはないが、必要なこと」と、「それほど必要ではないが、やりたいこと」が存在します。
そして人はだいたい、「必要なこと」の方から優先してお金を払うものです。
「必要なこと」とは、それを解決せずに放置すればストレスや問題が発生し、人から言われて気付くより、自分から求めたがる性質を持った行為のことです。
例えば、世の中に「歯磨き粉が大好き!」などという人はあまりいないでしょうが、歯を磨かなければ困る人は何千万人といます。
世の中に「便器大好き!」という人はほとんどいないでしょうが、トイレがなければ困る人は世界中に何十億人といます。
世の中に「ゴキブリ大好き!」という人は少ないでしょうが、しかし、ゴキブリが出る恐怖、出た驚きが日常生活のストレスになっている人も多くいます。
そういう歯磨き粉、便器、ゴキブリ殺虫剤などを作った会社の創業者は、創業者だけにもしかしたら本当にその商品も好きだったのかもしれませんが、間違いなく「自分のやりたいこと」よりも「世の人々が必要としていること」に立脚して事業や仕事を考えたはずです。
外に対しての向き合い方がそうであれば、内側の社員に対する向き合い方も、優先して「やりたいこと」をさせてあげる姿勢を取った可能性が考えられます。
ほとんどの人は「自分がやりたいこと」を最初にやらないと気が済まず、損したような気分になるので、この性質を活用し、まずやりたいことを優先してさせてあげれば、あとは、思った以上にこちらの言う事を聞いてくれるものです。
その「ちょっとの差」を耐えられるかどうかが、後の人生を決定的に分ける差になるわけです。
最初に自分の悩みを解決し、自分の夢を押し通そうとするから、いつも不幸、不満、不安が絶えないのです。
われわれ経営者にとって、世の中の「非・不・未・無」が付くあらゆる要素はビジネスチャンスであり、腕の見せ所です。
したがって、「非・不・未・無」が付くこと、つまり「世の中で必要とされていること」から逆算して事業案を構築し、組織を作っていけば、「自分がやりたいことをやる」よりも、成功の確率はぐっと高まります。
従業員にとって、「やりたいこと」とは、人の要望を無視してもやり通したいことであり、経営者にとって「やりたいこと」とは、自分がやることではなく「まず他人にさせること」です。
人は「自分がやりたいことをさせてくれる人」の元に集まる傾向がありますから、「多くの人がやりたいこと」に基づいてアイデアを練り、言葉を発信すれば、「集める」ではなく「集まる」、すなわち相手の動機に基づいて人、金、情報、時間を手に入れやすくなります。
そうして人々の知恵や情報、時間、お金を組織的に活用して余剰資源を作った後、満を持して「やりたいこと」を楽しめばいいのです。このように、「やりたいこと」は常に後回しにした方が、成功しやすいものです。
事業が「必要なこと」を基準とした方が成功しやすいように、仕事選びも「やりたいこと」ではなく「必要なこと」を基準とした方が成功の確率は高まります。
例えば「叱られること」、「単調な反復をさせられること」、「欲を抑えて貯金すること」、「きつい仕事を割り当てられること」は、若者なら特に最初からそうされることを好むことは少ないでしょう。
しかし、それも「先に一括前払いにするか、後から分割後払いにするか」の問題です。いずれは全て、やらないといけないのですか。それを先にやれるか、後から渋々やるかの違いです。
やりたくなくても必要だと割り切り、単調な反復で観察力・忍耐力・継続力を鍛え、大きな仕事に挑戦して失敗を繰り返して叱られ、欲を抑えて貯金して自己投資に励み、周囲がきついという仕事を率先して引き受けて人望を集める…。
こういうことを若いうちに優先してやれば、あとは人生が進むほど楽しくなり、収入も自由時間も増え、良い仲間も集まって精神的な健康も保て、「やりたいこと」を思う存分楽しめるようになるでしょう。
逆に、「きついこと、イヤ!」、「単調な反復もイヤ!」、「叱られるのイヤ!」、「貯金もイヤ!」とあくまで「自分のやりたいこと」を優先した人は、小さな仕事しかできず、能力も育たず、小さな指摘にイライラし、負債とガラクタを買い込んだ貧しい人になるだけです。
「やりたいことこそ、不幸の根源」というのは、こう考えても実に正確な現状分析だと思いませんか。
例えば僕は、19歳で大学を辞めた時、「20代では、やりたいことは絶対にやらない」と決めました。
そして、会社選びの基準は、
①誰も知らない無名でマイナーな会社であること
②財務的に不安定で、倒産の危険性もあること
③誰も知らない商品を売っていて、新しいこと
に設定しました。
なぜかといえば、僕は将来事業を起こして社長になることを決めていたので、「20代は起業に必要な要素を獲得する時期だ」と割り切っていたからです。
①無名企業であれば、それを有名にし、信頼を確保するために、ものすごい努力を必要とするでしょう。
②不安定な経営であれば、資金繰りや会計について実地で勉強でき、経営発展に必要な仕事とそうでない仕事を感覚的に理解できるでしょう。
③無名商品であれば、相手の立場に立った合理的な説明能力を鍛えることができるでしょう。
つまり、「必要なこと」を基準に仕事をとらえてみれば、会社によって成功させてもらうのではなく、自分の能力によって成功するために必要な要素が見えてくるわけです。
僕は将来の起業のリハーサルのような経験をしたかったので、周囲からは「何言ってるの?」、「福利厚生も大事じゃないか」、「それ、月給低すぎ」などと言われたりしましたが、「じゃあ、おまえが頑張れ」と言って「必要なこと」を継続しました。
正しい努力とは「後から楽になり、成果も増大する」という性質を持っています。僕は自分の20代を振り返って、苦労や失敗も多かったものの、今はささやかな満足感に浸ることができます。
ということで、学生の皆さんも、世間の風潮に惑わされて「やりたいこと」ばかりを考えるのではなく、たまには友達のやりたいこと、世の中の人々が求めていることを考えてみてはいかがでしょうか。
あるいは、自分がやりたい仕事や楽しいと思う習い事ばかりを考えるのではなく、長期的視点に立った時に「必要だ」と思える能力を先んじて身に付けてみてはいかがでしょうか。
人は必要なことを、「分かっちゃいるけど、後回し」にする性質があります。要するに、「意志が弱い人」は後々カネがかかる、ということです。
放置すれば、無知と意志の弱さほどカネを食う要素はありません。
「必要なこと」を先にやるか。
それとも…。
「やりたいこと」を先にやるか。
今優先したこととは逆のことを、将来やることになるでしょう。ならば、若いうちにやることはどちらか、誰でも分かりますよね。
やりたいことがやれないのは、会社のせいでもなく、時代のせいでもなく、お客さんのせいでもなく、景気のせいでもありません。
それは純粋に、自分の能力の程度によって決まります。
「やりたいことをさせてくれるのは、会社などではなく、自分の能力と資源だ」という基本を踏まえ、仕事選びや新人時代の下積みに臨めば、将来は好きな人と好きなことを、好きな時間に好きなだけ楽しむ人生が待っていますよ。
今日もお読みいただき、ありがとうございます。
ただ今、教育・学校部門166位、就職・アルバイト部門92位です。
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