◆今日の一言
No.410(07/3/18)

『受身のコミュニケーションを重視しよう』





昨日、自著の出版契約を終え、編集業務が一段落ついたため、今日は久しぶりにPCでメルマガを配信しています。


約3週間の間、ブログに掲載する形式でやってきましたが、「ブログの方が見やすい」という声も多数いただいたため、今後は、新しい号をメルマガ形式で配信した後、順次ブログに掲載していく形にしたいと考えています。


本メルマガもPC形式で配信を開始し、3/15に配信3年を迎えました。3年間で1,000人になればと年明けから期待していましたが、やや足りず、978人でした。しかし、口コミなどでここまで増え、大変有り難く思っています。



昨日のFUNゼミは、先週に引き続き、4年生スピーチでした。

数人の4年生が入れ替わりながらサークルでの経験と後輩へのメッセージを語り、まるで合宿のように涙を流す人も出てきて、しんみりとしながらも力強い一体感が生まれました。

毎年、3月はこのような形で先輩の貢献と達成を称える時間にした方がよさそうですね。見ていて、また、聞いていて、万感の思いに浸りました。



FUNには様々な学生さんが一年中、毎週多様な動機を持って見学に訪れ、入部します。



活発な学生さんや昔からリーダータイプのような学生さんもいますが、中には人付き合いが苦手で、人前で話すことなんて自分には無理だ、と決め付けていた学生さんもいます。

でも、「それじゃいけない」という何らかの決意を実行に移して結果を出すため、その舞台としてFUNを選んだという学生さんもたくさんいるでしょう。



昨日は特に、「受身の自分が変わった」という声を多く聞きました。これは、日頃からサークルの中でもよく耳にする言葉です。

言いたいことも言えず、思いが言葉にならず、せっかく期待を得ても意に反した結果になることが多く、表現したい自分と理解されている自分の間にギャップを感じて苦しんできた方には、「受身」はコンプレックスやストレスの原因だったかもしれません。

しかし、僕は「受身」はそれほど悪いことだとは思っていません。言葉がたどたどしいことや、語彙が貧しいこと、上がって声が裏返ってしまうことなどは、全て経験を重ねるうちに改善されていくものです。



でも、「感受性の強さ」は、よっぽどの覚悟がないと向上しない資質です。

それどころか、発する言葉や伝える思いは、全て感受性によって結果が決まります。

多くの学生さんは「受身」と言うと、発言が少ない、聞き役に回ることが多い、口下手、自信がない…そういう状態と関連付けて考えるようですが、「積極的な受身」も存在するもので、それは素晴らしい資質です。



「受身の自分じゃダメだ!」と思いついたように言う人もいます。

しかし、それは「受け止め方が下手」なだけではないでしょうか。

受身がダメな人は、発信もダメだと決まっています。



青年時代、まともに自分の力の不足を受け止め、今後迎える将来を考えて、一度も暗くならずに済む人はいないでしょう。


もし、現実を無視して明るいだけの人がいたとしても、そんなのはまだ幼稚な子どもであるという証拠で、別に評価されることでもありません。

それよりも、自己の課題を真剣に受け止め、どう生きるべきか、何をなすべきかを悩みながらも考え続け、そこから静かな積極性を維持する方が、どれだけ建設的な態度でしょうか。



受け止めるべきものを延期し、遠ざけ、それで笑顔になっても、それは本当の自信や希望によるものとはいえないでしょう。


反対に、受け止めるべき課題や思いを受け止め、それで涙を流しても、それこそ本当の明るさや強さの証明なのですから、自信を持つべきです。

受身は問答無用で「消極的な人生態度」とされていますが、冗談じゃありません。本当に人生の課題や他人の思いを受け止めることの、なんと難しいことか。

そして、よく受け止められる人にして初めて、よく発信できるものです。



面接塾でも、毎年、「自己PRや自己主張はほどほどでいい。受け止め方、聞き方、問い方で自分を表現しよう」と言い続けています。

なぜなら、いくら口先だけで上手な面接をされても、何も伝わらないばかりか、終わって五分くらいで相手に忘れられるからです。

人が相手の印象を決める要素は、「どれだけ強い思いを伝えてくれたか」ではなく「自分をどれだけ真剣に受け止めてくれたか」ですから、本当は、体を張って相手の思いを受け止める姿勢全てが、自己PRであるわけです。

上がり症でも、口下手でも、言葉がシンプルでも、心からの思いを誠実に表現してくれる人の話は、「立て板に水」のような流暢な会話をする人と比べても、何倍も胸を打つものです。



ですから、今自分を「受身」だと思っている人は、ぜひ受身の姿勢に自信を持ち、どうせやるなら、徹底的に受け止められる自分を目指してはいかがでしょうか。

何事からも目を逸らさず、両足を踏ん張ってしっかりと受け止められるようになれば、そこから不動の積極性を生み出すことができます。


それどころか、人の思いや価値ある未来を受け止めずに行う「前進」は、時間だけ経過して、何も発展しません。若いうちに「身軽な前進」などあるはずがなく、もしあれば、それは知恵と情熱の欠落です。



「何かいいことないかなあ」と考える人よりも、起きたこと全てに良い意味を与えられる人の方が伸びます。なぜなら、このような人には「いいことしか起こらない」からです。

友達関係の中でも、人気と信頼を勝ち得ている人は、しゃべり上手でよく話す人ではなく、よく他人の悲しみや喜びを受け止め、さりげない配慮が自然にできる人でしょう。

世の中の伸びている組織でも、リーダーはほとんど「受身の人」です。リーダーが社員、お客、株主、世間の思いをどれだけ深く真剣に受け止めたかが、「会社の今の姿」です。



ここ数日は、大学の卒業式もたくさん行われているようです。新社会人の方も、あわただしい日々を過ごしていることでしょう。社会でもぜひ、「受身の姿勢」を大事にし、大成されることを願います。

就活生の皆さんも、社会人の皆さんも、「自己主張」よりはまず「受身」を優先し、今一度、日頃の自分の受け止め方を見つめ直し、あるべきコミュニケーションを探ってみてはいかがでしょうか。

人の価値は、発している言葉ではなく、受け止めている思いで決まります。発する言葉や他人への影響力を向上させたければ、受身を積極的に肯定して、習慣化することが大切です。


今日もお読みいただき、ありがとうございます。

ただ今、教育・学校部門41位、就職・アルバイト部門22位です。

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