■「内定への一言」バックナンバー編
「運がいい人とは、良いことが起きる人ではなく、
起こったことに感謝できる人のことである」
皆さんこんばんは。今日は、日経ナビさんの合同説明会だったそうですね。今日は、何かいいことはありましたか?僕はいっぱいありました。毎日毎日、いいことばかりで、本当にありがたいです。
運がいいとか悪いとか、将来何が起きるかといったことは、昔から人類の解明できないテーマで、世界各国で「未来を知る術」が研究されてきました。未来という、誰も予測できないテーマを前にしては、人間が感じることは一緒だったようです。また、女性の方が特に占いに熱中しやすいのも、世界共通のようです。
最近は、春から開催する「FUNマネー塾」のレジュメ作りのため、経済や金融、創業、会計、財務、事業育成などに関する本を要約していますが、その中で、大成功を収めた人ほど、「私は運が良かった」と言っているのが目に付きます。…生い立ちを見てみると、大抵の人が「運が悪い」と言いそうな家庭や教育の中で育っているのに。
家が貧しかった、両親に愛されなかった、満足に教育も受けられなかった、分かり合える友達がいなかった、戦争で家財道具を失った、不当労働で酷使された、就職試験で失敗した…。なのに、みんなが「運が良かった」と言っているのです。
僕も最近、20代を振り返ってきて、自分は運が良すぎると思ったので、ブックオフで「運」に関する本を数冊買い、運の法則みたいなものを考えてみました。特に勉強になったのは、「人間における運の研究」(渡部昇一・米長邦雄 致知出版社)で、読み終えた後は、「なるほど、こりゃ、運が良くなって当然だ」と納得しました。
本書では、「福」という言葉に日本人がどう向き合い、どう幸せを作り出してきたかが語られており、実業や政治で成功した先人たちの処世術を、3つの言葉に集約しています。
それは、
①「分福(ぶんぷく)」…幸せや利益を惜しみなく分け与えること。
②「惜福(せきふく)」…限りある資源や財産、出会いを生かすこと。
③「植福(しょくふく)」…未来の幸せの種を、あちこちに植えること。
の3つです。
逆に…
①「自分がもらうこと」ばかり考えている人
②限りある「時間やお金」をムダに使う人
③毎日が「その日の楽しみ」のためだけに終わる人
は、日々「不幸」の準備と足場固めをやっている、ということでした。考えてみれば、この3つを怠ると、「いいことが起きる」という可能性は人生から除外されます。所有欲にまみれ、ムダ使いが習慣化していて、未来の準備もしない。これじゃ、いいことが起きるわけなんてありませんよね。
そして、そんな人ほど、「いいことないかなぁ」とか、「運命の出会いがないかなぁ」が口癖になるとか。まぁ、「あるわけない」ということですね。
松下幸之助さんが、松下電器や松下政経塾の最終面接で、「あんたは、運がええか?」と質問していたというのは有名すぎる話で、松下さんは、即座に「はい」と答えた人を採用したそうです。
「おいおい、運なんて判定できるのか?」という反論もあるでしょうから、その時の判定基準を、松下さんを慕ってワコールを創業した塚本幸一さんの一番弟子である、大阪マルビルの創業者・吉本晴彦さんの著書からご説明しましょう。
吉本晴彦さんは、異業種交流会「大日本ドケチ教」の教祖を自認する不動産会社社長で、全国に「本当の節約とお金儲け」を広げるため、「ドケチ哲学」を編み出し、毎月勉強会を開いてきた経営者です。
別に宗教団体でもなく、れっきとした優良企業の異業種交流会で、サントリー、野村證券、シャープ、竹中工務店、マクドナルドなどの社長さんとも、とっても仲良しです。この吉本さんが、KKロングセラーズから「金儲け99の秘密」と、その続編「億万長者77の秘伝」を出していて、両方とも「ユダヤの商法」(藤田田)に劣らぬベストセラーです。
吉本さんは大正生まれの苦労人で、戦争や世界恐慌なども経験して人一倍努力したためか、「打たれても打たれても成功する人」と、「恵まれても自滅する人」の差を、関西弁でおもしろおかしく説明しています。
中でも、特に「運」に関する記述が多いのが特徴です。吉本さんが、昭和を代表する数多くの伝説的経営者と間近で接し、また、本人も多くの本を読んで成功の条件を探ってきた結果、見えてきた「幸運の仕組み」とは…?なんと、成功した人ほど、「自分の人生に起こったこと全てに、感謝していた」というのです。
決して、「あの時あれが、ああなっていれば…」と言わず、全ての経験を「だからよかった」で言い切る。だから、次々に良いことが起きます。というか、何が起きても「良かった」としか思わない人の前には、当然、全ての現実が「幸運」になるでしょう。実に簡単な心理です。
逆に、「いいことないかなぁ」と言っている人は、今の自分や現状の生活に不満な人。つまり、過去に起こったことに対しては「後悔」の念を持って受け止めており、従って、「今の自分」を受け入れていない。万事、何をやるにしても、「一応」が枕詞になり、自信もなく、作業を終えても安心できない…こりゃ、ストレスもたまります。
こういう姿勢で臨めば、何があっても、どんな結果でも、自動的に「運が悪かった」と言うしかないでしょう。というか、そうとしか言えない思考回路です。「いいことないかな」が口癖になるのも、かわいそうですが分かります。
こういう考え方の前では、他人が気になって、羨ましくて仕方ないでしょう。コンプレックスとは、実際に劣っている人ではなく、人と比べたがる人が持つものですから。
だから、読者の皆さんは、こういう毒にも薬にもならない無駄な処世術は捨て去り、「幸運を待つ人」ではなく、「起こったことに感謝できる人」になりましょう。そしたら、毎日毎日、いいことしか起こらなくなりますよ。
どうしますか?本当にそうなったら?嬉しいですよね。この「内定への一言」の記念すべき第1回は、「朝は希望に起き、昼は努力に生き、夜は感謝に眠る」でした。
今日は何がありましたか?何を得ましたか?何に気付きましたか?誰に助けられましたか?その気になれば、感謝することはいっぱいありますよね。
就活ではやりの「やりたいこと」なんて、実に卑しい動機です。感謝を知り、喜びを広げたい人は、「やってあげたいこと」を考えるもの。ということで、今日から、何があっても「ありがとうございます」と思える、さわやかな学生になりましょう。