■「内定への一言」バックナンバー編
「本気は疲れない」
「頑張る」とか「燃える」と聞くと、なぜか茶化したがる雰囲気が、大学にはいくらかあります。まじめに夢を追っている人、コツコツ勉強している人、やりたいことが見つかって頑張っている人…。
当たり前のことをやっているだけの人に嫉妬して、「やっぱり今は遊ばんとねぇ!」、「ていうか、飲み行こ!飲み!」と言う学生が現れるのも、この時期でしょう。
僕が学生の頃は、そういう学生を見るとハエのようにしか思いませんでしたが、最近は二年間、こうしてサークルのお世話係として大学に週一回ずつ、足を運ぶようになり、多くの大学生の様子を見るにつけ、彼らも本当は、あんな自分じゃイヤなんだろうなぁ、と思うことも増えました。
なぜかというと、中途半端の手抜きほど、疲れるものはないからです。多くの人は、決意を定めて一心不乱に目標や課題に向かうことを、「労力とエネルギーを消費するきついこと」と決め付けていて、今何かを決めてしまうと、別の選択肢が見つかった時に損をするのではないかという、全く意味のないリスクを想定して、本気になることを遠慮しています。
何も決めず、何もせず、一番なりたくなかった「周りの奴ら」と全く変わり映えのない自分のまま、社会に出るだけ。
「何か別のこと」は、卒業まで見つかりません。「目の前にあること」に本気になって初めて、物事の仕組みが分かったり、仕事のことがおぼろげながら想像できたり、自分の不足が実感できたり、するものです。
ため息をつくのは、どんな時でしょうか。決意しかけたことを投げ出した時、やりかけていたことを中断した時、思うようにならず、さらに頑張ろうという意欲を放棄した時、ではないでしょうか?
中途半端、手抜きは疲れます。それが重なると、人生の意欲や気力を奪います。果ては自分で自分の夢と可能性を折りたたみ、その可能性の面積から何かが少しでも飛び出ると、「いかん!」と自分で超過部分を消して、小さな世界の中に引きこもってしまうのです。
突破力となる自分の「本気」を忘れた人間は、若かろうが既に老人。こういう国家的損失が、いたるところで繰り返されているのが、今の日本社会ではないでしょうか。
本気になると、どうでもいいことは気にならなくなります。あなたが今気にしていることは、何ですか?それは悩む価値があるものですか?
人様の悩みや目標にケチをつけるつもりはありませんが、一心不乱に打ち込めないものであれば、それはため息と失望と、そして疲労を招くだけです。本気は疲れないのです。
多少寝不足になったり、手痛い失敗を食らったりしますが、それでも「だからどうした!」、「だからやるんだ!」と思えます。現状より夢を優先すれば、誰でもそういう心構えを持つことができます。
あなたが熱中した過去のある思い出は、栄光と達成感に満ちたものでしょう。何度もトライアル&エラーを繰り返しながら、着実に成長を積み重ね、満を持して突破し、自分のすごさにビックリした思い出は、誰もがもっているでしょう。
そういう努力を、今、ここで、またやりましょう。疲れや挫折など、最初から考える必要はありません。そうなるまでやろうという決意さえあれば、不安や恐怖は無縁です。