■「内定への一言」バックナンバー編
「忘年の交わり」(三国志)
誕生日 忘れ去られて 三十年
こんばんは。今日は年末の寂しさの余り、思わず一句詠んでしまった小島です。
もうすぐ、皆揃って「じゃ、また来年」、「良いお年を!」、「今年はお世話になりました」などと言い始めますが…。
おいおい、ちょっと待ちなさい!君たち、とっても大事な日を忘れてはいないか?
僕の誕生日は12/31なので、物心付いて以来、クリスマスと誕生日と正月がごちゃまぜになった変な祝われ方が続き、気付いてみたら、人間心理や時代の変化を注意深く観察する性格に…
なったわけではありませんが、我ながら変な日にこの世に登場したものです。
宴会と付き合いが大嫌いな僕は、ここ数年、年末は赤ちゃんと遊びつつ、新年は静かな気持ちで神社にお参りするような年が続いていますが、たった一つ、FUNの忘年会だけは出席しています。
でも、他のは全てキャンセルしていて、もう、お呼びもかからなくなりました。
僕は宴会で、「食べ残し」を見るだけで嫌になってしまいます。粗末に皿に残された食事を見ると、なんとも嫌な、かわいそうな気分になります。注文しておいて食べない経済的な無駄よりも、自然に頂いた物を粗末にすることが、どうしても認められません。
それより、昔からそうですが、一人でジャズバーやホテルの高層階のバーに行って、少人数で景色を見ながらゆっくり飲むのが好きです。
東急ホテルの「スカイウォーク」やクリオコートの「ウィンドウズ」などは僕のお気に入りだったんですが、最近は行ってません。
今度、誰か学生さんを連れて行ってみましょうかねぇ。
さて、この時期になると誰もが「忘年会」という言葉を口にし、耳にしますが、この言葉が「一年を忘れる」という意味ではないことは、『リーダー塾』に来た方はご存知でしょう。
わが国では、いつの間にか「色々な苦労や嫌なことは水に流して、パーッと遊ぶ酒宴」みたいな意味になってしまいましたが、そもそも、僕は水に流すよりも、一つ一つの経験の意味や関連を回想し、成長や失敗を静かに見つめるのが好きなので、どうもこの解釈は好きになれません。
大晦日に生まれたこともあってか、年末は僕にとっては、一年に起こったことを「忘れる」どころか「深く刻み付ける」という時期で、そのためなのか、バカ騒ぎするような集まりが昔から嫌いです。
「忘年会」とはそもそも存在しなかった言葉で、本当は「忘年の交わり」という言葉が由来で、これは男子学生なら多くの人が昔は読みふけったであろう「三国志」が出典です。
「忘年の交わり」とはどんな意味かと言うと、「お互いの年齢を忘れて尊重しあう」という間柄を指す言葉で、本来は酒とは無関係の深い信頼関係や姿勢を言ったのです。
これは何も、わが国の「無礼講」を指すのではなく、年少者は年長者に親しみを感じ、年長者は年少者への敬意を再確認し、お互い、優れているところは嫉妬や偏見なく、素直に認め合い、学び合おうという大人の精神態度です。
FUNの顧問を引き受けて最初の年にこの故事を話したら、福岡女子大で最初の部員だったYさんが、「じゃあ、FUNは一年中忘年会ですね!」と言ってくれたのを、懐かしく思い出します。
「その通り!」と、その時は素晴らしい関連付けだと感じました。
先輩は無心に後輩を応援し、後輩は素直に先輩に学び、同年輩の仲間はお互いに激励と刺激を与え合い、取材やイベントで社会人に会っては、胸を借りるつもりで質問をぶつけ、成長する…。
このような真剣な接触の中でお互いに磨かれあい、「やっぱり先輩はすごい」、「この後輩は将来が楽しみだ」とお互いに興味を持ち、「夢で自己表現」をしあうことで、相互の信頼と感謝を深めていく…
そのような雰囲気をサークルの宝にしようと呼びかけて、色々と苦労もありました。
ですが、大月さんを始め、みんなの無私の奉仕と貢献が徐々に活気を高め、幾つもの不可能を可能にし、幾つもの理想を現実にしてきたのが、この2006年でした。
今では、先輩だからという理由だけで傲慢になる人もおらず、後輩だからと卑屈になる人もおらず、良い意味で「らしさ」がサークル内に満ち溢れてきたのが、一社会人としては一番嬉しいことです。
そういう意味では、皆さんがこれから旅立たれる実社会も、毎日が「忘年の交わり」です。
学生時代は、見かけの雰囲気だけは開放的ですが、実際は上下3歳くらいの年齢差の中で過ごすため、情報網や取得知識は著しく制約を受け、思いに反して閉鎖的な心理に陥ることも多いもの。
ですが、社会では自分の親ほども年の離れた人と働くこともあるし、また、営業で接することもよくあります。
また、今は「新卒」や「新人」という自己認識で自分を確認しているかもしれませんが、入社して3年もたつと、1人や2人は「部下」を持つでしょう。
今、4年生の方が立派な大学生活を送る1年生を見て「本当に1年生か?すごい」と驚くことがあるように、2~3年たって仕事にある程度慣れた頃に新卒を見ると、知識や経験では未熟にしても、姿勢や熱意には、きっと多くを学ぶ思いになるはずです。
人間、こちらにその気があれば、誰からでも何かを学べるものです。なまじ、「年上には負けるか」とか「年下だから大目に見てやろう」と気張るのではなく、あるがままに接してみると、この世には、なんと自分と似た長所、短所を備えた人が多いことか。
ぜひ僕たちも、「忘年の交わり」の心掛けをもって、誰からも何かを学べる姿勢を維持したいものです。
僕は皆さんよりちょっと早い年齢で社会に出たため、独立まで働いた2社では、いずれも社内で一番年下でした。
社内でも社外でも、接する人の95%は年上で、特に記者時代は社長、専務、常務ばかりに会っていたため、年下に接することはまずない、といっていいほどの環境でした。
そして25歳で退社し、26歳で会社を設立して、27歳の時、ひょんなことから「学生サークルの顧問」を引き受けることになり、おそらく人生で初めてといっていい「年下の人たちとの継続的な接触」が生まれました。
今まで接点がなかったせいか、僕は学生さんとの交流が、マレー人や韓国人との異文化交流以上に楽しく、毎週、随分多くのことを学ばせてもらっています。
今や30歳になり、わずかながら社会経験も蓄積した身となっては、年少者に侮られず、何がしかお手本を示せる大人でありたいと、それだけを願って、講義や就活のお手伝いを続けてきました。
それは、僕にとってのFUNは、何より楽しい「忘年の交わり」だからです。僕が学生さんの年を忘れることもありますが、僕も自分の年を忘れることがあり、そのような真剣な語り合いが宴会より海外旅行より楽しいのです。
ということで、今日は就活とは何の関係もない話題のようですが、これから社会に出ることを一種の「忘年会」の始まりと考えれば、さらに働くのも楽しみになるかと思い、こういう話題にしました。
お酒やカラオケもよいでしょうが、やはり、同じ時間を共有した仲間と飲むからには、お互いに尊敬や感謝を確認しあえる時間にしたいものですね。
では、明日からはまた、就活の話題に戻ります。
「忘年の交わり」(三国志)
誕生日 忘れ去られて 三十年
こんばんは。今日は年末の寂しさの余り、思わず一句詠んでしまった小島です。
もうすぐ、皆揃って「じゃ、また来年」、「良いお年を!」、「今年はお世話になりました」などと言い始めますが…。
おいおい、ちょっと待ちなさい!君たち、とっても大事な日を忘れてはいないか?
僕の誕生日は12/31なので、物心付いて以来、クリスマスと誕生日と正月がごちゃまぜになった変な祝われ方が続き、気付いてみたら、人間心理や時代の変化を注意深く観察する性格に…
なったわけではありませんが、我ながら変な日にこの世に登場したものです。
宴会と付き合いが大嫌いな僕は、ここ数年、年末は赤ちゃんと遊びつつ、新年は静かな気持ちで神社にお参りするような年が続いていますが、たった一つ、FUNの忘年会だけは出席しています。
でも、他のは全てキャンセルしていて、もう、お呼びもかからなくなりました。
僕は宴会で、「食べ残し」を見るだけで嫌になってしまいます。粗末に皿に残された食事を見ると、なんとも嫌な、かわいそうな気分になります。注文しておいて食べない経済的な無駄よりも、自然に頂いた物を粗末にすることが、どうしても認められません。
それより、昔からそうですが、一人でジャズバーやホテルの高層階のバーに行って、少人数で景色を見ながらゆっくり飲むのが好きです。
東急ホテルの「スカイウォーク」やクリオコートの「ウィンドウズ」などは僕のお気に入りだったんですが、最近は行ってません。
今度、誰か学生さんを連れて行ってみましょうかねぇ。
さて、この時期になると誰もが「忘年会」という言葉を口にし、耳にしますが、この言葉が「一年を忘れる」という意味ではないことは、『リーダー塾』に来た方はご存知でしょう。
わが国では、いつの間にか「色々な苦労や嫌なことは水に流して、パーッと遊ぶ酒宴」みたいな意味になってしまいましたが、そもそも、僕は水に流すよりも、一つ一つの経験の意味や関連を回想し、成長や失敗を静かに見つめるのが好きなので、どうもこの解釈は好きになれません。
大晦日に生まれたこともあってか、年末は僕にとっては、一年に起こったことを「忘れる」どころか「深く刻み付ける」という時期で、そのためなのか、バカ騒ぎするような集まりが昔から嫌いです。
「忘年会」とはそもそも存在しなかった言葉で、本当は「忘年の交わり」という言葉が由来で、これは男子学生なら多くの人が昔は読みふけったであろう「三国志」が出典です。
「忘年の交わり」とはどんな意味かと言うと、「お互いの年齢を忘れて尊重しあう」という間柄を指す言葉で、本来は酒とは無関係の深い信頼関係や姿勢を言ったのです。
これは何も、わが国の「無礼講」を指すのではなく、年少者は年長者に親しみを感じ、年長者は年少者への敬意を再確認し、お互い、優れているところは嫉妬や偏見なく、素直に認め合い、学び合おうという大人の精神態度です。
FUNの顧問を引き受けて最初の年にこの故事を話したら、福岡女子大で最初の部員だったYさんが、「じゃあ、FUNは一年中忘年会ですね!」と言ってくれたのを、懐かしく思い出します。
「その通り!」と、その時は素晴らしい関連付けだと感じました。
先輩は無心に後輩を応援し、後輩は素直に先輩に学び、同年輩の仲間はお互いに激励と刺激を与え合い、取材やイベントで社会人に会っては、胸を借りるつもりで質問をぶつけ、成長する…。
このような真剣な接触の中でお互いに磨かれあい、「やっぱり先輩はすごい」、「この後輩は将来が楽しみだ」とお互いに興味を持ち、「夢で自己表現」をしあうことで、相互の信頼と感謝を深めていく…
そのような雰囲気をサークルの宝にしようと呼びかけて、色々と苦労もありました。
ですが、大月さんを始め、みんなの無私の奉仕と貢献が徐々に活気を高め、幾つもの不可能を可能にし、幾つもの理想を現実にしてきたのが、この2006年でした。
今では、先輩だからという理由だけで傲慢になる人もおらず、後輩だからと卑屈になる人もおらず、良い意味で「らしさ」がサークル内に満ち溢れてきたのが、一社会人としては一番嬉しいことです。
そういう意味では、皆さんがこれから旅立たれる実社会も、毎日が「忘年の交わり」です。
学生時代は、見かけの雰囲気だけは開放的ですが、実際は上下3歳くらいの年齢差の中で過ごすため、情報網や取得知識は著しく制約を受け、思いに反して閉鎖的な心理に陥ることも多いもの。
ですが、社会では自分の親ほども年の離れた人と働くこともあるし、また、営業で接することもよくあります。
また、今は「新卒」や「新人」という自己認識で自分を確認しているかもしれませんが、入社して3年もたつと、1人や2人は「部下」を持つでしょう。
今、4年生の方が立派な大学生活を送る1年生を見て「本当に1年生か?すごい」と驚くことがあるように、2~3年たって仕事にある程度慣れた頃に新卒を見ると、知識や経験では未熟にしても、姿勢や熱意には、きっと多くを学ぶ思いになるはずです。
人間、こちらにその気があれば、誰からでも何かを学べるものです。なまじ、「年上には負けるか」とか「年下だから大目に見てやろう」と気張るのではなく、あるがままに接してみると、この世には、なんと自分と似た長所、短所を備えた人が多いことか。
ぜひ僕たちも、「忘年の交わり」の心掛けをもって、誰からも何かを学べる姿勢を維持したいものです。
僕は皆さんよりちょっと早い年齢で社会に出たため、独立まで働いた2社では、いずれも社内で一番年下でした。
社内でも社外でも、接する人の95%は年上で、特に記者時代は社長、専務、常務ばかりに会っていたため、年下に接することはまずない、といっていいほどの環境でした。
そして25歳で退社し、26歳で会社を設立して、27歳の時、ひょんなことから「学生サークルの顧問」を引き受けることになり、おそらく人生で初めてといっていい「年下の人たちとの継続的な接触」が生まれました。
今まで接点がなかったせいか、僕は学生さんとの交流が、マレー人や韓国人との異文化交流以上に楽しく、毎週、随分多くのことを学ばせてもらっています。
今や30歳になり、わずかながら社会経験も蓄積した身となっては、年少者に侮られず、何がしかお手本を示せる大人でありたいと、それだけを願って、講義や就活のお手伝いを続けてきました。
それは、僕にとってのFUNは、何より楽しい「忘年の交わり」だからです。僕が学生さんの年を忘れることもありますが、僕も自分の年を忘れることがあり、そのような真剣な語り合いが宴会より海外旅行より楽しいのです。
ということで、今日は就活とは何の関係もない話題のようですが、これから社会に出ることを一種の「忘年会」の始まりと考えれば、さらに働くのも楽しみになるかと思い、こういう話題にしました。
お酒やカラオケもよいでしょうが、やはり、同じ時間を共有した仲間と飲むからには、お互いに尊敬や感謝を確認しあえる時間にしたいものですね。
では、明日からはまた、就活の話題に戻ります。