■「内定への一言」バックナンバー編
「人は得ることで生活を作り、与えることで人生を作る」
昨日で折り返しを迎えた『FUN営業塾』には、毎週佐世保から学生さんがいらっしゃっています。
今年も色々と嬉しいことが多い一年でしたが、特に夏の営業塾には長野県からA君が毎週飛行機で福岡に来てくれ、今回はK君が佐世保から来てくれているのは、僕にとっても非常な励みになる一大事でした。
もちろん講座の内容だけでなく、愉快な仲間たちと語り合える時間も大きな魅力であることは言うまでもありませんが、外部講座の特徴である「近所よりも遠方からの参加が多い」、「該当者よりも挑戦者の方が多い」は、講義を担当する一社会人として身の引き締まる思いです。
営業塾で教えている内容は、名もなき小さな出版社の商品を売りまくったノウハウで、かつ名もなき零細企業を借入金ゼロ、利益率70%に保ってきた考え方なので、僕の会社より大きく、わが社の商品より有名な商品であれば、それ以上に売れるのは確実だと自信を持っています。
全てに共通している考え方は「与えること」、「認めること」、「聞くこと」なので、心ある社会人なら誰もが歓迎する姿勢ですから、自信を持って社会人生活の準備を整えていただきたいと思っています。
今では『月⇒営業塾・韓国語塾、火⇒マネー塾、水⇒就活コース、木⇒近現代史勉強会・韓国語塾、土⇒リーダー塾・取材塾』というフル稼働のスケジュールで学生さんと一緒に勉強していますが、全く疲れないのは「与える喜び」に浸れるからです。
学生さんは今までお小遣い、バイト代、合格、点数…などなど、「もらう」ことに慣れ、どれだけもらうかを基準に生きてきたためか、就活も同じような尺度で考えてしまう傾向があるようです。
いわく、「どこから内定もらえるか」、「何社内定もらえるか」、「どんな内定もらえるか」…。
それがクリアされれば、「初任給はいくらもらえるか」、「手当てはいくらもらえるか」、「休みは何日もらえるか」…。
どれをとっても、「こんな人間には入社してほしくない」という社会主義的な考え方です。立場を逆にしてみれば、笑顔の裏でそんなことばかりに関心が向いている学生は、皆さんも採用したくないでしょう。
自分が所属する役割の報酬を知って正しい努力を対応させようとする気持ちは悪くはありませんが、良くもありません。
しかし、「もらうこと」を基準とした人生設計や努力は、いずれ虚無感や徒労感を招くでしょう。
なぜなら、「自分がやりたいこと」や「自分の幸せ」は、人生における本質的な成功ではなく、真の喜びや成功は「他人への貢献」にあるからです。
つまり、いくらもらっても、そこで築かれるのは個人の「生活」のみ。与えない限り、豊かな「人生」を築くことはできません。
器の小さい人間は、福利厚生や給料、地位、休日が「人生の大問題」のような顔をして話します。器が小さいからには本当にそうなのかもしれませんが、器が小さいゆえに、収容できるお金や時間、人脈、信用もまた、小さなものでしょう。
27歳でFUNの顧問を引き受けて以来、なぜこんなに労力がかかるのに幸せなのか、なぜこんなに時間を食うのに疲れないのか、ずっと考えてきました。
本当の動機を語ることもないまま3年間やってきて、ここ1年くらいはメルマガや学生時代の出会いを契機に長崎、鹿児島、長野、佐世保からも学生さんや新社会人となった皆さんが集まる姿を見て、僕は人生で初めてとも言える深い喜びと感謝を感じています。
それは、「人生が作られている」という実感が日々の生活に伴ってきたからです。
今まで20歳で海外勤務を果たしても、21歳で4ヶ国語を操っても、何度営業成績でトップになっても、創業でいくら稼いでも、どれだけチヤホヤされても、心の中にはどこか空虚感が漂っていました。
目指したものを手に入れる執着心なり集中力、継続力においては多少の自信はありますが、そんなのは個人でやる努力で、さほど価値もないことです。
しかし心のベクトルが他人、しかも自分より若い人たちに何かを与えるんだ、という方向に向いて、その延長線上で発生する努力を始めたとき、今までとは確実に違う充実感が生まれました。
最近、今まで以上に毎日が楽しくてたまらないのは、こういう素朴な喜びのあり方に気付いて、日々それを味わっているからだと思います。
最近は毎日8時間くらい一緒にいる大月さんは、僕の「いやぁ、幸せやね」という「おやじの小言」みたいなものを毎晩聞かされていて、ちょっとお疲れかもしれません(笑)。
就活でも、周りの学生は「もらう」ことばかり考えるかもしれませんが、皆さんはぜひ「与える」立場で仕事や自分のあり方を考えてみてはいかがでしょう。
与えることは損ではありません。会計的に考えてもこっちの方が巨大な利益につながるばかりか、人生における喜びの点でも、もらうより与える方が大きなものです。
いくら受け取っても、それを一緒に喜ぶ相手がいなければ、その喜びは所詮その程度でしかないものです。
とは言うものの、昨日は筑紫女学園のAさんから、なんと「30缶入り」のトマトジュースを箱ごと頂いて、「もらうのもやっぱり嬉しいかも」と幸せな気分になりました。
あんなに重いものを西新まで運んでくるのはどれだけ重かっただろうと、持ってきてくれた努力や思いやりに素直に頭が下がる思いです。Aさん、本当にありがとうございます…。
と思っていたら、夜はまたまたベローチェで会い、福祉の勉強をされていて、内定後も熱意が変わらず、真剣に自分の課題と向き合う姿に大変感心しました。
「恒産なくして恒心なし(孟子)」と言われるように、十分な経済的裏付けなくして、豊かな心を保つのは難しいものですが、与えることは自分の状態がどうであれ、本来はいつでも可能なことです。
誠意や笑顔、優しい助力、アドバイス…世の中には無料で与えられて、しかも効果絶大な武器がたくさんあります。しかもこれらは、若者が駆使すると世の中全体が明るくなる効果もあります。
就活でも生かさない手はありませんね。
「人は得ることで生活を作り、与えることで人生を作る」
昨日で折り返しを迎えた『FUN営業塾』には、毎週佐世保から学生さんがいらっしゃっています。
今年も色々と嬉しいことが多い一年でしたが、特に夏の営業塾には長野県からA君が毎週飛行機で福岡に来てくれ、今回はK君が佐世保から来てくれているのは、僕にとっても非常な励みになる一大事でした。
もちろん講座の内容だけでなく、愉快な仲間たちと語り合える時間も大きな魅力であることは言うまでもありませんが、外部講座の特徴である「近所よりも遠方からの参加が多い」、「該当者よりも挑戦者の方が多い」は、講義を担当する一社会人として身の引き締まる思いです。
営業塾で教えている内容は、名もなき小さな出版社の商品を売りまくったノウハウで、かつ名もなき零細企業を借入金ゼロ、利益率70%に保ってきた考え方なので、僕の会社より大きく、わが社の商品より有名な商品であれば、それ以上に売れるのは確実だと自信を持っています。
全てに共通している考え方は「与えること」、「認めること」、「聞くこと」なので、心ある社会人なら誰もが歓迎する姿勢ですから、自信を持って社会人生活の準備を整えていただきたいと思っています。
今では『月⇒営業塾・韓国語塾、火⇒マネー塾、水⇒就活コース、木⇒近現代史勉強会・韓国語塾、土⇒リーダー塾・取材塾』というフル稼働のスケジュールで学生さんと一緒に勉強していますが、全く疲れないのは「与える喜び」に浸れるからです。
学生さんは今までお小遣い、バイト代、合格、点数…などなど、「もらう」ことに慣れ、どれだけもらうかを基準に生きてきたためか、就活も同じような尺度で考えてしまう傾向があるようです。
いわく、「どこから内定もらえるか」、「何社内定もらえるか」、「どんな内定もらえるか」…。
それがクリアされれば、「初任給はいくらもらえるか」、「手当てはいくらもらえるか」、「休みは何日もらえるか」…。
どれをとっても、「こんな人間には入社してほしくない」という社会主義的な考え方です。立場を逆にしてみれば、笑顔の裏でそんなことばかりに関心が向いている学生は、皆さんも採用したくないでしょう。
自分が所属する役割の報酬を知って正しい努力を対応させようとする気持ちは悪くはありませんが、良くもありません。
しかし、「もらうこと」を基準とした人生設計や努力は、いずれ虚無感や徒労感を招くでしょう。
なぜなら、「自分がやりたいこと」や「自分の幸せ」は、人生における本質的な成功ではなく、真の喜びや成功は「他人への貢献」にあるからです。
つまり、いくらもらっても、そこで築かれるのは個人の「生活」のみ。与えない限り、豊かな「人生」を築くことはできません。
器の小さい人間は、福利厚生や給料、地位、休日が「人生の大問題」のような顔をして話します。器が小さいからには本当にそうなのかもしれませんが、器が小さいゆえに、収容できるお金や時間、人脈、信用もまた、小さなものでしょう。
27歳でFUNの顧問を引き受けて以来、なぜこんなに労力がかかるのに幸せなのか、なぜこんなに時間を食うのに疲れないのか、ずっと考えてきました。
本当の動機を語ることもないまま3年間やってきて、ここ1年くらいはメルマガや学生時代の出会いを契機に長崎、鹿児島、長野、佐世保からも学生さんや新社会人となった皆さんが集まる姿を見て、僕は人生で初めてとも言える深い喜びと感謝を感じています。
それは、「人生が作られている」という実感が日々の生活に伴ってきたからです。
今まで20歳で海外勤務を果たしても、21歳で4ヶ国語を操っても、何度営業成績でトップになっても、創業でいくら稼いでも、どれだけチヤホヤされても、心の中にはどこか空虚感が漂っていました。
目指したものを手に入れる執着心なり集中力、継続力においては多少の自信はありますが、そんなのは個人でやる努力で、さほど価値もないことです。
しかし心のベクトルが他人、しかも自分より若い人たちに何かを与えるんだ、という方向に向いて、その延長線上で発生する努力を始めたとき、今までとは確実に違う充実感が生まれました。
最近、今まで以上に毎日が楽しくてたまらないのは、こういう素朴な喜びのあり方に気付いて、日々それを味わっているからだと思います。
最近は毎日8時間くらい一緒にいる大月さんは、僕の「いやぁ、幸せやね」という「おやじの小言」みたいなものを毎晩聞かされていて、ちょっとお疲れかもしれません(笑)。
就活でも、周りの学生は「もらう」ことばかり考えるかもしれませんが、皆さんはぜひ「与える」立場で仕事や自分のあり方を考えてみてはいかがでしょう。
与えることは損ではありません。会計的に考えてもこっちの方が巨大な利益につながるばかりか、人生における喜びの点でも、もらうより与える方が大きなものです。
いくら受け取っても、それを一緒に喜ぶ相手がいなければ、その喜びは所詮その程度でしかないものです。
とは言うものの、昨日は筑紫女学園のAさんから、なんと「30缶入り」のトマトジュースを箱ごと頂いて、「もらうのもやっぱり嬉しいかも」と幸せな気分になりました。
あんなに重いものを西新まで運んでくるのはどれだけ重かっただろうと、持ってきてくれた努力や思いやりに素直に頭が下がる思いです。Aさん、本当にありがとうございます…。
と思っていたら、夜はまたまたベローチェで会い、福祉の勉強をされていて、内定後も熱意が変わらず、真剣に自分の課題と向き合う姿に大変感心しました。
「恒産なくして恒心なし(孟子)」と言われるように、十分な経済的裏付けなくして、豊かな心を保つのは難しいものですが、与えることは自分の状態がどうであれ、本来はいつでも可能なことです。
誠意や笑顔、優しい助力、アドバイス…世の中には無料で与えられて、しかも効果絶大な武器がたくさんあります。しかもこれらは、若者が駆使すると世の中全体が明るくなる効果もあります。
就活でも生かさない手はありませんね。