■「内定への一言」バックナンバー編
「努力が才能に従うのではなく、才能が努力に従う」
今日は多くの4年生の皆さんが「内定式」で東京や大阪に行ったそうで、どうもお疲れ様でした。
式での実感はいかがでしたか?社会人の自覚は湧いてきましたか?
入社まであと半年、学ぶべきことを吸収できるよう、受け皿としての素直さと知識を、しっかり育てていきましょう。まだ選考を頑張っている方も、たくさんチャンスはあるので希望を持って取り組んでいきましょう。
さて、FUNの新HPを見た学生さんから、「ここは一体、本当にサークルなんですか?」との声がぽつぽつ…。
なんでそう思ったのかを聞くと、①やっている勉強が本格的で自分が知らなかった講座まである、②DBがすごくてどれも使える、③活動の域と社会的評価がサークルのレベルを超えている…といった理由のようです。
でも、まだ驚くに当たりません。大月さんの計画ではこれでも1割に満たない情報だそうです。現在、OBや先輩に連絡を取り、提供できるデータは全て集めて掲載しようと、戦時中の金属供出のように情報を集めているところだそうです。
僕のPCの中の就活・ビジネス関連資料はとりわけ多いので、編集も大変でしょうね。でも、学生さんに役立つならいくらでも提供しますよ。
僕が担当しているのは「○○塾」という形式のサークル内講座で、これは僕が資料収集と執筆が趣味のため、経験や知識をまとめて小話をしていたものが、3年を経て蓄積し、保存されたものです。
学生さんから人気が高いのは、①マネー塾、②スピーチ塾、③営業塾といったところで、みんな実用性と先進性が好きなのかな、と感じたりしています。
でも、僕は案外、①近現代史勉強会、②Business Cafe、③韓国語塾が好きだったりするのです…。もちろん、自分が作った講座なので、どれもお気に入りですが。
仕事外ながら、こうして毎週1時間、学生さんと定期的にテーマを決めて一緒に勉強してくると、僕もけっこう先生に向いているのかもしれない、と感じます。
それに、資料集めや調べ物、分析、整理といった地味で目立たない作業も大好きです。さらには、それをまとめて執筆する作業に至っては、始めたら止められないほど昔から好きです。
昔から、宿題とかレポートは、提示された翌日には、課題とされた量の2~3倍で仕上げていて、小学生の頃から「作文」の課題では10~20枚の原稿用紙をもらっていました。
人が苦にすることが、楽しい。人が楽しいと思うことが面白くない…。道理で友達が少なかったわけです。
ただ、軽薄な時代の流行や、無責任なマスコミ情報との「合作」で自分の半身を作るのは、子供の頃から絶対に嫌だったので、寂しかろうがいつも、孤独や分かり合える友達との時間を選んできました。
その性格は今も変わりませんが、ここ3~4年、意外な形で学生さんとともに学べていることは、最も生きがいを感じる時間です。皆様、いつも素晴らしい時間を本当にありがとうございます。
さて、今日は「語学」をテーマに、ちょっと名作を紹介してみましょう。僕も趣味の一環で様々な外国語を学び続け、もう10年を超えようかというところですが、これほど健康的な知的趣味もほかにないと思います。
僕の大学中退時のエッセイには、「①武道、②楽器、③語学のいずれかを生涯の趣味として保有し、どんなに忙しかろうが続ける。この3つはどんなに極め尽くしても極められないからだ。いつも未熟な自分を自覚し、謙虚になれる時間を持っておくことが、学校教育を去る自分には大切だ」といったことが書かれています。
これは、『高校教育展望』(小学館)の1995年10月号に掲載された「青年期の光と影」というコーナーでの僕のエッセイです。まだ大学2年の頃…懐かしいです。
果たして30歳になり、僕には語学が残り、当時所属していた西南大軽音楽部でのリードギターで磨いた腕はさび付き、武道に至っては記者時代はマメに空手道場に通うも、今では散歩かジョギングだけ、というやや不健康な生活に陥りつつあります。
ただ、語学だけは何語を何時間やっても、飽きることも苦しいと思うこともありませんでした。
諦め、中断、挫折、不安…これらのネガティブな感情に心が支配されると、ビジョンは夢想に成り下がり、行動はストップしてしまいます。
一旦始めたからには、そういう要因に阻害されたくないとは誰もが願うものの、いざ出遭ってみると、精神論や自己嫌悪、あるいは嫉妬めいた言い訳以外の打開策を持ち得ない、というのも奇妙な状況です。
なぜそうなるのか。それは「進んでいるかどうか」、「これでいいのかどうか」を知る尺度が、素人ゆえに少なく、浅いからでしょう。
たとえ未熟で粗末であれ、「わずかな一歩でも、自分は確実に前進しているんだ」と手応えをもって実感できれば、挫折や失敗ですら、経験したことが嬉しく思えるものです。
僕は今ではけっこう多芸多才な方の人間だと思いますが、それもこれも、手を付けたら机にかじりついてでも諦めなかったからです。
諦めなかったのは、そういうスランプや迷いが、正しい成長に付随する「産みの苦しみ」と知っていたからです。
語学に関する、昔は説明しにくかったこういう感情や思考を、僕が言いたい以上にうまく要約してくれていて、皆さんと同じくらいの年齢の頃に役立った本を、いくつかご紹介してみます。
■『古代への情熱』(シュリーマン/新潮文庫)
「語学ができる」という効用を、ある人は「海外勤務」、ある人は「留学」などで測ります。または観光や趣味、教養の類でしょう。いずれも、個人的享楽の範囲を出ない目的です。
この本は随分昔の名作で、語学ができるとはどういうことか、また、本気になれば語学から得られる財産がいかに大きいか、大きなスケールと感動的な描写のもとに描いています。
FUNにも語学に興味がある学生さんがたくさんいますが、何か学びたいという声を聞くと、僕は毎回、この本を真っ先に紹介しています。
単純なことですが、「前を向いて進み続ける」ということが語学学習においても最も難しく、シュリーマンは現代の最先端の教育システムも及ばないほど、本質的な部分を大切にして見事すぎる継続を成し遂げたからです。
特に、前半部分の青年期の語学学習法は圧倒的なスケールですよね。お金もかからないのに、あんなこともできるなんて。「奇抜さと大金をかけた方法は、常に地道な努力に劣る」というのが、よく分かります。
語学のみならず、人生の様々な修行を考える上でも大変参考になる達人のメッセージなので、カラオケに行くくらいならブックオフに行って105円で本書を買い、一気に読みきってしまいましょう。
■『英語教育大論争』(平泉渉・渡部昇一/文春文庫)
西南4年のI君が今月のforFUNで紹介している本です。これはもう30年近く前の論争の記録で、「話す英語」と「書く英語」でわが国を代表する二人が、教育現場や文教政策の見地から、語学教育に関わるあらゆる論点を網羅して進めた議論の集大成です。
どちらに賛同するか…と思いながら読み進めていくうちに、渡部さんの諸説を聞けばなるほどとうなずき、片や平泉さんの反論を聞くと、一理あるとひっくり返され、読み進めるうちに引き込まれていく模範的議論です。
僕は、議論としては平泉さんの方が勝っていると思いましたが、英語が及ぼす効用と財産については、渡部さんの捉え方の方が本質的だと感じました。
この本を読んで感じることは、日頃僕たちが、いかに浅いところで「話す英語、聞く英語」について語り合っているか、ということでしょう。
それは、この本を読んだ女子大英文3年のTさん、西南4年のI君、今は鉄鋼商社で働いている西南卒のK君も、等しく持った感想です。
英語に限らず、一つの語学を学ぶことがいかに熾烈な知的格闘をもたらし、また偉大な財産を生むことか。「旅行で使える」と目先の効用を求める前に、見えないところで起こっている「隠れた成長」に気付けて、思わず嬉しくなってくる一冊です。絶版ですが…。
■『外国語上達法』(千野栄一/岩波新書)
こちらは、九大2年のM君が今月のforFUNで紹介している本です。
この本を見つけたのは、原チャリ部隊で見るも怪しい蛇行を繰り返しながら行った、夏の日のブックオフツアーの終盤でしたね。
今日は、「さらさのさ」でお馴染みの女子大2年のNさんが、M君の書評を読んで自分も読みたくなったと、一人ブックオフツアーをするみたいです。読み終わった後は、ぜひ二人で語り合ってほしいものです。
「語学の先生というからには、どうせ昔から得意だったんでしょ?」と聞かれた著者は、ついつい「とんでもない」と感想をもらしてしまいます。
自分が青年時代にどれだけ語学に苦しみ、そのたびに天才としか思えない友人や先輩の姿を見て、いかに多くのことを学んだか、謙虚で実直な筆致で描かれています。
古い名作の一冊ですが、通読してみて思うのは、現代の商業主義的語学教育ジャーナリズムが触れない本質、それも「要領が悪いからこそ気付けること」を懇切丁寧に、自信を持って書いている勇気です。
「曖昧な1,000語より、確実な500語の方が有効」という本書の言葉は、去年の本メルマガでも紹介した通りです。このような方針は、再来週から始まる「FUN韓国語塾」でも当初から重視しています。
受験や速習語学教室、あるいは大脳刺激教材の宣伝文句にかき消されて見えない「地道な成長」や「良い失敗」、「正しい悩み」が体験をもって豊富に書かれているのも、読者の支持を得る著者の態度でしょう。
これも、語学に限らず何か一つの学問分野と向き合う際に、ぜひ読んでおきたい一冊です。
■『本はどう読むか』(清水幾太郎/講談社現代新書)
さて、こちらは学生時代から既に読売新聞の書評を担当し、東大の学生時代に教授に向かって「先生は私が既に原書で読んだ本も読まれておられぬ」と嘆いていた語学の天才の本です。
正しくは、先生も追いつけないほど清水青年の語学力が高く、また読解力も高かっただけの話で、清水博士は僕の叔父・父親のゼミの教授なので、この手のエピソードを子供の頃に何度か聞きました。
中学でドイツ語、大学でフランス語とロシア語、卒業後は英語と学び続け、全ての言語で難解な学術書を翻訳して戦後のジャーナリズムを席巻した清水博士の読書論ですが、後半には語学学習法も書かれてあり、達人ならではの洞察が光ります。
■『胡蝶の夢』(司馬遼太郎/新潮文庫)
悪魔のような記憶力で幕末の蘭学輸入に大きな貢献を果たした異才・島倉伊之助と彼を育てた松本良順を中心に、新学問に命をかけた男たちの格闘を描いた往年の名作です。
これは歴史小説だけに、伊之助の語学学習法などは書いていませんが、というかあんな実力は、到底人間業ではありませんが、幕末に外国語に触れた先人が、どれだけ知識というものを尊重し、丁寧に愛情を込めて立ち向かったかが書かれていて、その態度はぜひ学ぶべきです。
「語学を切り拓く」ではなく、「語学で人生を切り拓く」という、現代人が忘れてしまった正しい位置付け方をもって向き合った先人たちの記録を読めば、きっと、何かの外国語をすぐに学びたくなり、すぐに中断していた自分を遠い記憶の彼方に忘れ去ることができるでしょう。
ということで、いくつか名作を紹介してみましたが、僕はぜひ、韓国語を通じて、学生の皆さんとこれらの本で書かれている感動を実際に味わい、ともに「成長の喜び」と「分かるスリル」を実感したいと願っています。
「また韓国語のPRか」、と思わないで下さい。そもそも僕が韓国語で儲けようと思うなら、準備に3ヶ月かかって、しかも実質時給250円なんて値段設定はしません。
NOVAやそこらの語学教室に比べて「1割以下」の値段なので、商業的PRだと思われるのは心外です。
僕が学生さんを見ていて感じるのは、失礼ですが、「こらえ性がない」という課題です。最初に感動するのは単純に「それまで知らなかったから」で、感動が姿を表すほどやる気を失っていくというのは、どうにも矛盾した行動です。
しかし、それは「正しい悩み」や「前進に付随する苦労」をあまり経験していないからかもしれない、とも感じています。
「やればできる」という言葉は、そもそも受け手が素直なら、これほど確実な成功の掟はこの世に存在しないのですが、現代人のひねくれた心は、そういう言葉を聞いても「だけん何?」と無意識に条件反射で否定するほど、ねじけています。
でも、本当に「やればできる」という実感を得ないで大学生活を終えて、それで満足なのでしょうか。
「色々やったね」という学生は腐るほどいます。しかし、それがどうしたと言いたい。「色々やって、何も形にならなかった」では、カネと膨大な時間をかけて頭を腐らせただけではありませんか。
さらにもったいないのは、物事を中途半端に行っただけで、「あれはやるほどの価値はない」と決め付け、自ら選択肢を狭めて貧しい人生を引き寄せる精神態度を購入してしまったことです。
本気になれば、今いるところで最高の勉強ができるのです。環境や他人、あるいは学校のせいにしているのは、ただやる気がないだけの結果に過ぎません。
僕はこういう学生の「やる前から既に負けている」という根性を、どうにかして素直な向学心と地道な継続力に変えたいと願い、今までに読書や自学自習法などを色々ご提案してきました。
その中でも特に好評だったのが、韓国語塾です。宴会が3,000円なら、それに10回行けば何も残りませんが、FUN韓国語塾は28,800円で1年間何度でも韓国語が学べるし、何をとってもお得です。
さらには「韓国語はおまけ」と去年から言っているように、最大の財産は記憶力、集中力、理解力、継続力など、語学学習以外の場面でも一生使える財産です。
「何に役立つの?」と聞くのが好きな学生さんに、それらの財産の効用を前もって説明しておくと…
①学生生活の6割を占める「着手までのダラダラ」を削除でき、②焦ってやる前に、焦らずに結果を出す勉強法を学べ、③人生の選択肢を広げる新知識と向き合う時、それに躊躇しない自分を手に入れられる、という効用があります。
「でも自分、韓国語なんてやったことないんだけど」で全然構いません。言ってしまえば、去年の夏の大月さんのように、男女の記号に似たような「○と線」しか知らない状態で、いっこうに構いません。
あなたが素人であればあるほど、語学が苦手であればあるほど、効用と財産、そしてその後の人生に及ぼすメリットは大きくなるでしょう。
ぜひ http://forfun.zzkt.com/korean.html
をご覧になって、新しい可能性を想像してみて下さいね。
そして、「努力が才能に従うのではなく、才能が努力に従う」という人生の平凡な事実を、一緒に心から実感しましょう。