■「内定への一言」バックナンバー編
「未開人は矛盾に鈍感である」(レヴィ・ストロース)
昨日は西南国際文化3年のHさんと、西新ドトールで「古本」について語りました。見た目も雰囲気も今どきの女子大生で、いつも明るく積極的にサークルに参加していて頼もしいなあと思っていたら…。
なんと、「友達が割り込めないほどマニアック」な幕末ファンで、歴史的仮名遣いや旧字体の漢字をこよなく愛しているとのこと。
古本も並みの古さではご満足いただけないやうで、パラフィン紙、虫、くすみの魅力を恰もアイスクリイムを語るが如く説く様子に、「一體どのやうな環境で育つたのか」と其の豫想外なる時代錯誤振りに甚だ幸せなる共感を覚へたのでありました。
…という思いでドトールを出て、「そういえば今は2006年だった」と頭脳の時刻補正を行い、帰路につきました。
さて、就活でめでたく「内定」を得た人が次に気にすることといえば、「収入」です。
「仕事がちゃんとできるかどうか」という不安もあるかもしれませんが、新入社員の仕事は「失敗すること」なので、それは失敗するに決まっています。
たかが2、3年でこなせる仕事など、仕事ではありません。そんな仕事では給料が上がることなど期待できないでしょう。ということで、今回は軽視されがちな「給料」について考えてみましょう。
毎週水曜夕方に行っている「FUN近現代史勉強会」は、おそらくFUNが提供している講座の中でその質、文献、講義の内容のどれを取っても最も深いものでしょう。ちなみに、参加費は最も安い勉強会です。
歴史に埋もれた名作を数冊要約し、導入編としての講義を行った後、毎回の課題図書を読んで語り合うこの勉強会のレジュメ作成は、今までに作ってきた19タイトルの「塾」の中でも一番楽しい作業です。
現在までに4回行いましたが、5回目まで重視しているテーマといえば、「現代日本に潜む社会主義発想を探り、解消する」ということです。
「正義」の名の下に展開される悪平等がどれだけ日本をむしばんできたか、その影響を外交や経済、文化、教育、政治、雇用制度などの側面から分析し、現代社会と未来を見通す洞察力を身につけよう、という目的で行ってきた4回のうち、今週は慶応義塾元塾長・小泉信三氏の著作を取り上げました。
そして、講義後の輪読タイムの後、自然に話題に上ったテーマが「給料の決まり方(上がり方)」でした。
福大経済学部4年のM君は、特にこの項目に興味があったようで、みんなで「給料が上がる要因」について話し合いました。
世に給料の額や名称は多くあっても、その上昇要因はたった2種類しかありません。それは「インフレ」と「賃上げ」です。
インフレについては、高校の政経の授業などで習っているでしょうから、詳しくはお話しません。簡単に言うと、経済規模の拡大に伴って通貨流通量が増大し、その増加が物価に反映される経済現象です。
ちなみに、生産や分配の効果・効率が高まり、よりロスが少なくなる経済構造の質的改善を「経済発展」、その結果として貿易や内需が拡大する経済規模の量的拡大を「経済成長」と呼び分けているのは、経済学部の方ならご存知でしょう。
ある国の輸出が増えれば、当然受け取る貨幣の量も増え、仕入や給料に充てられる貨幣量も増大します。
より多く払うにはより高く売らねばならないため、経済規模が拡大すれば給料が上がり、販売価格も上昇する、という循環を招きます。これが「成長によるインフレ」の構図です。
途上国に見られる長期のインフレの下では、設備投資や耐久消費財購入が「借金」によって行われる傾向が強まります。
仮に、Aさんの今年の年収が「500万円」だったとしましょう。
Aさんは「200万円」の車を購入する際、うち100万円を自己資金で、残り100万円を「利息5%で毎年21万円ずつ、5年で返済する」という銀行借入で調達しました。
そして、Aさんの生活している国の年間経済成長率が、仮に「10%」だったとします。この比率はそのまま給料にも反映され、返済が始まる年の年収は「500×1.1=550万円」になると仮定します。
この成長が4年連続で続けば、Aさんの2年目の年収は「605万円」、3年目は「665万円」、4年目は「732万円」、最後の5年目は「805万円」と漸増していきます。
一方、5年前に借りた100万円の年間返済額は、「毎年21万円」のままです。
限界効用、なんて難しい言葉は使いませんが、「500万円に対する21万円」と「805万円に対する21万円」では、どちらが負担感が少ないかは、誰でも分かるでしょう。
財布の中に500円しか入っていない時のコカコーラと、5,000円入っている時のコカコーラでは、どちらが安く思えますか、と聞いているのと同じです。
ありえないほど数値を単純化してモデルを提示してみましたが、要するにインフレ下では「借金が有利」という現象が生まれます。収入が増えるのに対し、負債の額は固定されたままだからです。
逆に「デフレ」になれば、このメリットは即デメリットとなり、資産価値下落(含み益⇒含み損)とあいまって「バランスシート不況」が企業を苦しめます。
ですから、「給料が減っているのに消費者金融に行く人」などは、全く何を考えているのか憐れむほかない経済行為に熱中している、ということです。
文化人類学者レヴィ・ストロースの「未開人は矛盾に鈍感だ」という言葉は、「FUNマネー塾」の第①回で登場する一言ですが、世の中には自分がやっていることの本質的な意味を分かっていない人も多く存在します。
せめてインフレとデフレの差と、それに伴う経済現象の一般例くらいは、基礎教養として知っておいてほしいものですが、学校の先生は実体経済とは最も隔離された人たちなので、実感を伴う教え方は無理でしょう。日本の学校は「貧乏の拡大再生産装置」です。
当然、こういうお粗末な経済教育しか受けなかった人たちでも、「給料を上げてほしい」ということくらいは考えます。
自分たちの給料が上がらないのは「無能」が原因なのに、それを「金持ちが搾取している」と吹聴する人々がいるので、コトは厄介です。それを本気で信じた人々は、必然的に「賃上げ」を求めて団結することになります。
「賃金上昇のため、経営側と勇敢に戦おう!」という、あの旧時代の懐かしい「スト」の始まりです。韓国などは、今でも頻繁にこれをやっており、旅行で見かけた人もいるでしょう。
「スト(労働争議)」とは、経済成長(収益増加)が伴わない賃金上昇要求活動です。
会社に入るお金が増えていないのに、自分たちの取り分だけは増やせというのですから、ちょっと巨視的に見れば何を言っているのか理解不能な運動です。
しかも、それを白昼堂々と行ったりするのですから、その間の生産活動は止まってさらに収益は下がり、二重に迷惑です。「悪いのは会社だ」と信じている人には、何が本当の原因なのか、分からないんでしょうね。
しかし、この「賃上げ」は可能です。
仮に経営側が労働者側の要求を受け入れ、これまたありえないくらい高い比率ですが、「一律10%の賃上げ」を約束したと仮定しましょう。
つまり、「年収300万円」水準のサラリーマンであれば、来年からは「年収330万円」になるということです。何はともあれ、一人では怖い賃上げも、マルクス直伝の「団体交渉権」発揮で、実現させることができました。
しかし、そもそもこの「+30万円」の原資は、どこで確保されるという前提で捻出されたのでしょうか?
それは大抵、会社の内部留保(企業預金)や経営陣の賃下げ、あるいは運転資金の節約によらない場合は、「消費者への負担転嫁」によって賄われます。
つまり、「かくかくしかじかの理由で、今年から我が社の商品は10%値上げ致します」というわけです。労働者は得をしたつもりになっていても、消費者は損をしているのです。
このような消費者が増えると、消費者すなわち労働者でもあるわけですから、自社の経営陣に「生活費が足りません。何卒賃上げを」と泣きつくほかなくなるでしょう。
「やれやれ」と思った経営陣は要求を呑み、かくしてこの会社でも商品価格の値上げが行われます。
こうして、「上昇したことになっている」給料は、消費者物価の騰貴によって見事に相殺され、またもや「労働者の尊厳を守るべく、断固たる決意で労働争議に勝利しよう!お~!」という勇ましい運動が繰り返されます。
悪性インフレは、こうして山火事のように広がっていきます。
経済成長による所得向上は「成長⇒賃上げ」という自然なサイクルが成り立ちますが、そうでない場合の「スト」では、「賃上げ⇒擬似成長」という逆のサイクルが生まれていることが分かりますよね。
これは、「収入と支出が同時に上がる」ということです。つまり、模試の点数が上がっても、全体の平均点も同時に上がったため、偏差値は変わらない、という現象と全く同じ構造です。
ということで、「ストによる賃上げ要求」は、「給料上げたかったら昼からサボるな!働け!ムダを減らせ!」としか言いようのない理屈です。
日本の学校の社会科教育では、なぜか必ず共産主義的な「労働三権」を教えることになっています。それがなぜかは、近現代史勉強会で説明した通りです。
「売上を上げる方法」を学ばずに「もらう方法」だけを教えるわけですから、税金を投入して子供たちを「くれくれ族」に育てているわけですね。まったく馬鹿げた教育です。
「センセイ、お里がバレますよ」と笑ってしまいそうですが、難関の教員採用試験を通過した教員たちも、中学レベルの経済現象すら理解できないようです。
この方式の給料増加を「勝利」と誤解し、「タイタニック号の船上で来年の夢を語り合っている幸せな人々」が多い組織としては、道路公団や大学が挙げられるでしょう。
自分たちの提供している教育の質が低いのに、「少子化」のせいにして補助金をむしり取り、それでも足りなくなって「学費値上げ」によって帳尻を合わせているわけですから、「経済学部併設」に脱帽してしまいます。
一体どのような高等理論からそのような措置が可能なのか、ぜひ経済学部を中退した私めにも教えていただきたいところです。
学生、それに学生の保護者こそ、いい迷惑です。こんなに教育費が高い国では、子供を生む気分にはならないでしょう。僕は「毎年同じ」という授業は録画して教授を解雇すれば、少子化は解決できると思います。ソフトバンクには、ぜひ頑張ってほしいところです。
一つの比喩をもって終わりましょう。
あるところに犬がいました。
犬の背中には、10匹のダニがくっついて、定期的に血を吸っています。
ダニたちは血を吸うほど成長し、今までの血の量では生活していけないと、ある日団結して、犬に「もっと吸わせろ」と要求しました。
犬は「それはダメだ。自分は最近成長が止まったから」と答えました。
その答えに怒ったダニたちは、「我々の取り分が少ないのは、犬が搾取しているからである!いざ団結し、犬を勇敢に打倒しよう!」と犬に戦いを挑みました。
年老いた犬はダニたちの猛攻の前に力尽き、とうとう命を落としてしまいました。
ダニたちは「我々は奮闘の末、輝かしい勝利を手にした!今日からは我々ダニたちが世界を支配するのだ!」と喜びました。
…しかし、犬が死んでしまったため、ダニたちは翌日から血を吸うこともできなくなり、犬の後を追うようにして全滅してしまいましたとさ。
おしまい。
これは、近現代史勉強会③で紹介した例え話です。参加した方は覚えているでしょう。
僕は大学も卒業していませんが、賃上げを求めるインテリや労働者たちは、基本的にこの「ダニ」と何ら変わりはない、ということくらいは分かります。
自分たちが「会社」という犬から「給料」という血をもらって生活しているのに、その母体を攻撃し、滅亡させて正義感に浸っているのは、どういう頭脳の構造をしているのか、非常に興味があります。
人をダニに喩えるのが失礼なのは分かっていますが、構造が全く同じなので、分かりやすく図式化して説明した次第です。
こういう矛盾は、ほかにも到るところに存在します。
僕は仕事でもFUNでも、学生や若年者が固く信じている矛盾の構図を修正し、純粋な知性が積極的に働くよう応援することに力を入れています。
「仕事は楽しい。だから就活も楽しい。だから今も楽しい」。
このサイクルが学生さんのモチベーションを支える起爆剤となる以上、これを阻害する要因を優しく除去することは、一社会人たる者の務めです。
要するに「もらい方」ではなく「与え方」を学ぶことが、幸せな社会人生活を送る基本だということです。