■「内定ヘの一言」バックナンバー編
「ニュースが記事になるのではなく、記事がニュースを作る」
FUNにはいくつか、「企業理念」めいた哲学があります。いつ、どこから生まれたのかは分かりませんが、おそらくこのメルマガやFUNゼミのレジュメの中の言葉が変形、短縮されたりして、サークルに定着したのかもしれません。
それは…
・初心者とは、初心を忘れない者だ。
・落ち込んだら、友達を励まそう。
・自分で自分の邪魔をするな。
・本気は疲れない。手抜きが一番疲れる。
・毎日の予定は夢との待ち合わせだ。
・当たり前のレベルを上げ続ける人間になろう。
・情報よりも情報源と付き合おう。
・朝は希望に起き、昼は努力に生き、夜は感謝に眠る。
といったものです。
今まで何百というフレーズを発信してきましたが、こういう言葉は特に学生さんから人気の高かったもので、エントリーシートや面接で活用(借用?)した学生さんも多くいたようです。
FUNには「企業取材」という活動があって、サークルの根本的な活動は創設者の安田君が作ったものですが、取材と雑誌は僕が作ったものです。
というのも、前職が経済誌の記者だったため、出版社のように組織的、本格的にはできなくても、そのエッセンスだけをうまく組み合わせれば、学生同士の可能性を引き出しあう素晴らしいチームプレーが成り立つのではないか、と思ったからでした。
しかしまあ、学生さんのパソコンスキルといったら…20万円の値段のうち、数千円しか使っていないような活用方法で、もったいないと感じずにはいられませんでした。
そこで、創刊時は泊り込みでイラストレータやフォトショップ、ページメーカーの使い方、ワードアートやグラフウィザードの使い方、雑誌の段組の方法、印刷時の帳合の仕方なども実演で教えました。
今月号はFUN史上2番目のボリュームで、一番ページ数が多かったのは、2004年7月号の「60ページ」です。なんとこの雑誌は、僕が5日間で編集しました。たった一人で1日12ページ。会社よりきつかったです。
これがあまりに苦しく、仕事を圧迫して他の作業が手につかなかったので、サークル内で「パソコン塾」を開催し、全員にイラストレータを教えて、編集は大月さんと牛尾さんが全面的に担当することになったわけです。
それと同時に行ったのが、参加費50円の「FUN取材塾」。今では普通に定着している「~塾」という形式の講座の先駆けで、これは牛尾さんの提案から生まれ、西南で開催しました。
この取材塾は、先週から2年ぶりに再開しましたが、当時も今回も学生さんの共感を集める言葉があります。それは、「ニュースが記事になるのではなく、記事がニュースを作る」という一言です。
これは、外国語中毒で、対句や諧謔などのレトリックが好きな僕が作った造語です。将来僕が「プロジェクトX」に出たら、一緒に紹介される言葉だと思っていたのですが、番組の方が先に終わってしまいました…。
記者には「事件を追う記者」と、「事件を作る記者」の二種類があります。この場合の事件とは、犯罪などの狭義の事件より、「知るべき対象」とでも解釈したほうがいいです。
つまり、「人々の興味を引く情報の集積体」とでも言った方がふさわしく、それは、刑事事件のようにあちらから起こってくれるものと、時代の流れや読者の関心を想定して、社会からテーマを抽出するものとがあります。
『ワーク・オブ・ネーションズ』(ロバート・ライシュ/ダイヤモンド社)を読まれた方は分かると思いますが、あれに書いてあった「シンボリック・アナリシス」の手法でニュースを生み出すのが経済誌の手法です。
「ニュースが記事になる」とは、新聞やテレビの形です。
もっとも、これらマスメディアは影響力が非常に大きいので、流行を作り出す分野も当然担当しています。
社会で起こった事件の速報や分析も担当すれば、ブームになりそうなものを紹介して演出し、広告とタイアップして新たな消費を喚起する役割も担っています。
このマスメディアに対し、読者層が稠密な経済誌の場合は、読者の大半が経営者か独立希望者であるため、求められる情報は①ビジネスチャンス、②経営手法、③経営的教養に絞られます。
いわば、刑事事件のような形で、あちらからニュースが起こってくれるということはなく、こちらから将来を想定し、そこで問題になりそうなことや、業界別に興味を持たれそうな事案を設定して、それが特集や企画として妥当か、あれこれアイデアをひねり回すのです。
そして、その結果をまとまった形式の「記事」にして、雑誌の姿にまとめ、お客様に届けます(情報のアップロード)。その記事を読んで、「そうか!」、「これだ!」、「なるほど!」といった感動や発見が生まれれば、これが「記事がニュースを作る」という仕事になるわけです。
いかがですか?方向が全然違うのはお分かりですか?
新聞やテレビが「ダウンロード」重視型の情報提供だとすれば、経済誌や専門誌は「アップロード」重視型なのが、よく分かりますよね。
前回のFUNゼミ及び取材塾では、僕が記者として得てきた「情報」に関する考え方、見方をいくつかのテーマに分けて紹介しましたが、とても好評でした。こういう分野は考えようにも取っ掛かりが掴みにくいため、レジュメ作成も大変でしたが、よく意図を汲んでもらって幸せです。
さて、ここからが大切です。
これは何も、マスコミや記者に限った話ではありません。それどころか、人生観の根本を支えるものの見方でもあります。
学生の皆さんは、「ニュースが記事になる」と、「記事がニュースを作る」のどちらの価値観で、日頃の生活や勉強を行っているでしょうか。
人生で起こった色々な出来事に深い影響を受け、「起きたことが自分なのだ」と半ば諦め、悟り、「物事は起こすものではなく、起きるものだ」と思ったりはしていませんか?
あるいは、「起きたことより、対処の仕方が自分だ」と積極的に未来を描き、自分に良い影響を与える予定やイベントを自分から展開させて、「物事は起きるものではなく、起こすものだ」という考え方もあります。
この両者はバランスを取ることが重要で、どちらか一方に偏ると劣等感や慢心の原因になるので、どちらを奨励するというわけでもありませんが、学生さんには「起こす」型の発想がやや欠けているのではないか、と感じることもあります。
いわば人生態度が「受動的」なのです。
自分は○○学部だから、自分は女だから、自分は知識がないから…
と、既に自分の中にその事実が確定しているかのような、「ニュースが記事になる」型の発想で将来を見ても、楽しいことを積極的に展開させよう、という気持ちにはなりにくいのではないでしょうか。
学生さんはよく「やりたいこと」がどうのこうの、と言います。
同じことを見聞きしても、やりたいと思うかどうかには大きな個人差があります。
しかし、そういう姿を観察していてつくづく感じるのは、「やりたい」と言う人は「起こす」型の発想であり、「どうかな」と迷う人は「起きる」型発想が強く、結果は自分が決めるものというより、対象の性質によって決まってしまう、と不安や警戒を抱いている場合が多いようです。
例えば、ある学生さんが「コンサル会社」に興味を持ったとして、その仕事の性質は誰がやろうと同質なはずですが、「起こす型」の人は「社長さんを応援して経済を盛り上げたい」と言うのに対し、「起きる型」の人は「失敗したら責任が重そうで耐えられるか分からない」と言います。
要するに、仕事を「相手に与えうる影響」で測るか、あるいは「自分が受ける影響で測るか」ということです。
さらに言えば、仕事選びに迷う人、迷っても迷った長さに比例した結果が得られない学生は、「受ける影響」にこだわりすぎる傾向がある、ということです。
しかし、よく考えてみましょう。自分が受ける影響なんてのは、考えればいくらでも思いつく性質のものです。「そういえば、あれも大変だった」、「でも、あれは良かった」。
共有さえ求めなければ、人生における出来事はどうとでも解釈がつくものです。
しかし、仕事の最大の感動は「共有」にあります。共有は何から生まれるかと言えば、「自分が作った影響に、自分が影響を受ける」というプロセスを経て生まれるのです。
つまり、ある学生さんがコンサルタントになったとしたら、「一人で感動するのは無理」、「一人で達成感や充実感に浸るのは無理」だということです。
自分の不足や無知をかみ締めながら、必死で勉強して行った提案がお客さんに受け入れられ、それで「M地君、ありがとう!」とか言われたりすると、それまでの苦労が吹き飛んでしまうくらい感動するのです。
自分が設定したテーマ(記事)が相手にニュースを起こし、そのニュースが巡り巡って自分の心に突き刺さり、『やってよかった!よし、これからも頑張るぞ!」という無限の可能性への同意をもたらすのです。
ですから、仕事を選ぶ時は「人に与えられる影響の大きさや性質」を見るべきです。つまり、他人が悩んでいることや、抱えている問題を見て仕事を選ぶこと。それを解決する過程が、そのまま感動になるのです。
一人でいくら長時間頑張ろうが、喜んでくれる人がいなければ、あるいはいても気付かなければ、そんな仕事はすぐに疲労と愚痴を生み出してしまうでしょう。
いわば、「自分が作り出した退屈に悪影響を受ける」ということです。
FUNでは、この「起きる型」発想が強い学生さんに、人生はその気になれば、ちょっとしたアクションで大きく変えられるものだということを実感してもらうために、取材や広告営業を行っています。
特に取材申込の電話などは、別に悪いことでも何でもないのに、「緊張して切りそーになったぜ!」とか言う学生さんもいます。広告営業でお店に飛び込む時は、客として行く時とは全く違う感情を経験します。
しかし、そういう初体験の儀式を終えた学生さんは、「出来事って、自分で作れるんですね」とか、「情報って、こうやって集めるんですね」と、当たり前のことに深く感動します。いわば、知識が体で実感できるのです。
ですから、FUNの活動や皆さんの大学生活は、それ自体が一冊の雑誌や本であるという事実を知りましょう。
大学生活を終える時、皆さんの4年間はどんな章立てで、どんな「まえがき」と「あとがき」が書いてあって、どういう解説が付くでしょうか。
どんな人が読み、誰がどういう感動を得て、どこから何を学ぶでしょうか。皆さんの4年間を読み応えのある本にするために必要なのは、受動的体験ではなく、能動的経験です。
つまり、「ニュースを記事にした記録」ではなく、「記事でニュースを起こした記録」です。
就活もまた、本を紹介するのと全く同じ活動です。
ブックオフで買った本を、相手の興味を想定して、「面白いから読んでみて。面白かったら一緒に頑張ろう」と説明して、提携を提案するのと同じことです。
イベントとは、出来事です。「起こったこと」ではなく、「起こしたこと」です。そう信じて、秋からは自分が積極果敢に起こした出来事から良い影響を受け、大きな成長を果たしていきましょう。