■「内定への一言」バックナンバー編
「日本なんて国は、あと二十年もたてば地球上からなくなっている」(李鵬)
今日は、「振り替え休日」だと気付かずに朝から東区の古本屋巡りに旅立ち、大雨を食らって一時香椎のミスドに避難して、大月さんと久しぶりにゆっくり話しました。
思い出せば3年前、大月さんに2度目に会った時、僕はもう香椎のブックオフに連れて行き、『上杉鷹山の経営学』(童門冬二/PHP文庫)を奨めていました。
「僕がFUNでやりたいのはこういうことだ。君もそのつもりで、しっかり歴史や経営を学んでくれ」というつもりで、ビジョンを伝えるには格好の本だと思ったからです。
翌日すぐに感想を含んだメールが来て、特に「火種を移す」の部分に非常に共感したようでした。あの本を読んだ方は、誰もがそういう思いになるでしょう。「崩壊しかかった国も、たった一人のリーダーの出現で生まれ変わる」と。
組織の再建や教育復興、産業再生といったテーマを考える時、本書ほど感動的な成功例を簡単に知れる本は少ないと思います。ベンチャーキャピタルや派遣会社に行く方は、ぜひ読まれてみてはどうでしょうか。
その本を読んで3年…今では大月さんも、立派にインストラクターとして活躍し、後進の応援のために学生時代以上に勉強に励む毎日のようです。
福岡女子大といえば、僕の高校時代の彼女のお姉さんが英文科にいたため、車に乗せてもらって一回学校の前を通ったくらいしか縁がなかった大学ですが、まさか27歳にもなって「サークル顧問」として関わるとは思ってもいませんでした。
FUN発足以来、半年も一人で西新に通い続け、秋を迎えて「女子大にもこういう勉強をしたい友達はいっぱいいます!私がサークルを作ったら、女子大にも来てくれますか?」と、当時の女子大唯一の部員Yさんが、国文科の「秋合宿(?)」の後に連れてきたのが大月さんでした。
「マイちゃんってゆ~んですけどぉ、あたしと全っ然違いますよ~!落ち着いてて大人っぽくて、今は将来で悩んでるみたいなんですけど、FUNできっかけ掴んだら絶っ対すごくなりますっ!連れてきていいですかぁ?」
…という前置きから、その次の週にベローチェで会ったわけですが、おとなしいと聞いていた割には随分しゃべってきて、なんだかYさんの紹介とは違うなぁと感じました。
話しながら自分の過去や今、未来を整理しているようでもあり、初対面では珍しいくらいのプライベートな話まで出てきて、「もしかして、年長者の相談相手がいなくてモヤモヤしてたのかな」とか感じました。
終わったら、「今日は話せてよかったです」とか言ってもらえたと思いますが、僕はただ聞いてただけで、今の大月さんから考えると、珍しいほど発言が多い会話だったことを覚えています。
後日Yさんに会い、「Yさんの言った通りだったよ」と言うと、「でしょ~?すごくなりそうでしょ!」と聞かれ、「Yさんより大人っぽいね」と答えたら、「ありゃ、そっちか!」みたいに笑ってた気がします(笑)。
しかしまあ、とにかくここから部員が2人になり、めでたく大学当局に「サークル設置願」を提出できることになって、2003年10月30日に、「階段教室」なる部屋でミニ講演会を行うことになったわけです。
僕は「女子大の学生は階段に座って授業を受けるのか」とか、「部屋の中に階段があるのか」とか想像していたんですが、それは普通の大学の段差がついた教室のことでした(笑)。
そこで、今振り返れば随分過激なことを話しました。
「皆さんは北朝鮮の人を見たらかわいそうと思うでしょう。でも、僕たち経営者から見た大学生も同じです。自分の頭で考えてなくて、自ら可能性を制限して本当にかわいそうです」。
「条件が合ったら就職が決まるんじゃない。皆さんは面接とは自分を押し殺すことだと思っているようだが、実は自分の無限の資産価値を売り込みにいくんだ」。
「人はまだ間に合うと思ったら努力できる。だから僕は、皆さんがまだ間に合うことを証明する。Yさんもそう思ったから今日の準備を頑張った。僕はそういう学生の気持ちに応えたい」。
…大月さんはこのミニ講演の時は、「図書館のバイト」をしていました。
それで、毎回の「就活ゼミ」の時は、終わった後は図書館に寄ってレジュメをコピーし、いつも渡していました。そこから「土曜に補習をできませんか」という話になり、今に続く「Business Cafe」がスタートしたわけです。
Yさんはあの、「ピー」音連発のミニ講演会をビデオに録画していたようで、当日聞きに来た14人は全員その場で入部し、さらにビデオを見た人が見学に来ました。
僕は一言も「FUNに入ってくれ」とか言っていないのに、我ながらインパクトの大きさにびっくりしました。今では規模が大きくなって女子大では開催できませんが、FUNゼミは2年ほど、福岡女子大を中心に開催していました。そういう時代もあったんですよ。つい最近のことなのに…。
という数年間を台風の夜に回想したので、今日はなぜ僕がサークルで今のような教育を重視しているか、ちょっと詳しく語ってみることにします。
僕はサークルが本業ではもちろんないんですが、「未来を預かる立場」として、FUNでは何より①経済教育、②職業教育、③歴史教育を大事にしています。
何を話すにしても、関連図書と情報の出所は明らかにし、紹介する事実が突飛な思い付きではないこと、調べようと思ったらさらに学習を深められることは毎回伝えてきました。
もう一つ重視していることがあります。それは「タテマエ」ではなく「ホンネ」で社会を語ることです。たとえ「耳が痛い」、「言いすぎ」と思われようが、心で実感できる語り合いをするのが大事だと思っています。
学生時代は付き合いたい人間と付き合えばよく、嫌な人といることを強制される場面など、ほとんどありません。さらに「モラトリアム心理」が強く働くため、過去や未来の曖昧な話題で時間を消費できることもあります。
そこでは「今」を生きているようで、実は今に立脚した勉強をしているのではなく、目指す未来が鮮明でそこに向けての努力をしているわけでもなく、ただ今を楽しむための今か、今と切り離された無関係の未来かのどちらかに従って、時間が消化されることもあります。
僕はそんな学生たちに向かって、もちろん愛情や慈しみの気持ちもありますが、正直今でも「いい加減にしとけよ」とか「それで楽しいのか」と思うわけです。
今まで皆さんは「タテマエ」の勉強ばかりやらされ、それが勉強だと思ってきたかもしれません。学生に向かって「勉強したことないでしょ?」と言うと皆、一様に嫌な顔をします。
しかし本当の勉強をした人間が、果たして「やりたいことがない」とか「今何をしていいか分からない」などと言うのでしょうか。あるいは合格や内定と同時にペンを置いたりするのでしょうか。
「だって、それはみんなそうだ」と言う人もいるでしょう。だとしたら、みんな間違っているだけです。
就活で最初に書く「エントリーシート」の文章力があまりに低すぎ、中学生並みの知能しかない状態を見て、僕は疲れの余り、「君、文章書いたことないでしょ?」と聞くと、学生は怒って「あります!」といいます。
「じゃあ何?」と聞くと、「レポートとかゼミの資料です」と自信を持って答えます。
だから僕が「そんなもん、やらされてやってるだけだろ。自分の意志でテーマを決め、考え抜いて何かの発表をしたことがあるかと聞いてるんだ」と言うと、黙って下を向きます。
一般に今の学生は、僕たちの頃と変わりませんが、「やらされてやったこと」と「自分の意志・責任でやったこと」の区別がついていないようで、僕の就活フォローは、この論理破綻を修正することから始まります。
「本人がやったなら同じだろ。細かいことゴチャゴチャ言いやがって」と思う人もいるでしょう。しかしそれは、「決定的に」違うのです。
どう違うかと言うと、「やらされてやったこと」は、どれだけ長く苦しい努力を重ねても、ひとかけらの自信も希望も生まれない、という違いです。反対に「やろう」と思って未来と結びつけて過ごした今は、それがどんなに些細なことであれ、自信と希望の根拠になるものです。
例えば、どうしてもアメリカに行きたいと憧れ、将来は英語の勉強を頑張ろうと燃えている子供が、町で出会った外国人に「How are you?」と聞いて、「Fine,thank you」と言われたら、どうでしょうか。
おそらくその子供は、単なる会話で、文法的に見れば英検5級以下の内容でも、一生を貫く自信を得ることができるでしょう。
なぜならこの「今」は、確実に「未来」と結び付けられた行動として刻まれたからです。
反対に英語以外の教科は良く、英語さえ点数が上がれば有名校合格も間違いないという高校生が、「おまえは英語さえできればなあ」とか「英語で偏差値5下がってるぞ」、「英語もっと勉強しろ」とか言われ続けると…
「オレは英語がダメなんだ」、「英語があるから大学に行けないんだ」、「他の教科が良くても意味ないんだ」、「自分は人生の敗者なんだ」と際限なくネガティブな想像が肥大し、英語を恐怖するようになるでしょう。
傍から見れば、この高校生の英語力は「悪い」ほどでもありません。しかし、本人が「ダメ」と思ったら、どんなレベルの能力があろうが、ダメになるものです。英語はもはや、「辛い過去」と「暗い未来」を連想・連結させる道具でしかありません。
皆さんの中にも、必死で受験勉強を頑張った人もいるでしょう。僕は偏差値を重視すべきだと思います。社会人における収入も同様です。
偏差値が低い人間ほど「偏差値で人は分からない」とか言いますが、それは一面の真理をついていても、負け犬が言う言葉ではありません。学業成績が悪い者が損をするのは当然で、サボった人間は黙るべきです。
中学、高校という誘惑も多い多感な時期に、たとえその学習内容を全て未来に使うかどうかを考えたとしても、将来のために自分を一定の意志の統制下に置く精神力は、「学歴」として絶対に評価せねばなりません。
僕の同級生にも京都大学や大阪大学、慶応大学を卒業した友達がいますが、彼らの集中力や継続力は素晴らしいものでした。
彼らは確実に、遊びや恋愛以上に勉強を優先し、「がり勉」と言われようが一定の時間を将来に投資していました。中には、外見も身長も親の収入も遊びも恋も超一流、なんて友達もいました。
浪人して腐った友達もいますが、浪人して余計大きな夢を描き、志望校のレベルを上げて見事達成した友達もいます。今では外務省や経済産業省、大手企業で頑張っていますが、昔と変わらない面影を残しています。
一般に「学歴不問」とかいうフレーズは、下流の低能人間には受けがいいですが、考えようによっては、これほど子供を馬鹿にした言葉はありません。
勉強は子供の仕事ではないですか。それを「評価対象としない」とは、一体どういう神経なのでしょうか。そんなことを、まだ働く立場にない子供に言って、何か歓心が買えると思っているのでしょうか。
確かに今の学校教育で学んでいることは、実社会と関係ないかもしれませんが、関係なくていいじゃないですか。それよりも知的格闘に耐え、将来大きな選択肢に対応できるような基礎学力、適応力さえ身に付けば十分です。
関係とは本来、そういう本質的なつながりの太さを言うのではないでしょうか。「英語学科だから商社」みたいな分かりやすい関係は、関係がありそうで実は浅い関係しかありません。
若い頃の勉強は、将来の広く深い選択肢に、スピーディかつ的確に対応できる性質のものであるべきだ、というのが僕の持論です。
僕は経済学科で学んで海外勤務も経験し、なおかつ経済誌の記者もやりましたから、個別の業界の知識だって、その気になればいくらでもしゃべれます。
しかし、そういう「再現不可能」で「個性的」な経験は、一切FUNでは排除しています(だから生活が見えにくいとか言われるんでしょうが…)。それに代えて、応用性や互換性の高い経済教育、職業教育、歴史教育を重視しています。
「海外で働きたいから英語学科」。この手の夢も立派です。しかし僕は、今の学校教育で将来まともな、かつ一生変わらない夢が描けるとは思っていません。そういう人がいたら、家庭環境か個人的人間関係といった「例外的幸運」の所産だと思います。
それに、ドラマとか映画の感動で夢を描いたとしても、そういうのは大抵「ありえない物語」ですから、現実を極度に捨象しないと成り立ちません。ということは、夢が変わる可能性も大いにある、ということです。
もし夢を失ったり、あるいは希望を託して選んだ学部で何も将来の手がかりが掴めなかったりしたら、その子供の失望や落胆は、並みのものではないでしょう。
その時に「応用可能な知識」や「互換性のある勉強」の素地がなければ、自暴自棄になって廃人になりかねません。
そして、その子供は、自分が目指してきた夢や獲得に努力してきた能力を、自分から一番蔑むようになるのです。まだ社会常識が発達していない年齢だから、この反応もある意味やむを得ません。
そして僕は、どの学校に行こうが「似通った挫折のパターン」が生じるところに、現代の教育の限界があるように思えるのです。それは、「まだ間に合う」と思えない挫折の仕方です。路線変更を喜べない思考構造です。
先述の僕の「優等生」の同級生たちも、大学に入って余計勉強した者、社会に出て余計勉強した者となると、数えるほどもいません。
確かに「学歴」は評価されました。彼らが頑張って得た実績なのですから、それは喜ばしいことです。
しかし、考えようによっては、学歴しか評価されなかったわけです。夢を評価されていたら、今はもっと違った立場や役職だっただろうに、一旦安定を得て目標を失うと、夢を発信するのにリスクを感じたのでしょうか。
「おまえ、あの話はどうした?」と聞くと、大抵の友達は、「ああ、あれね…。ここ数年、忙しくてさ」とか、昔の劣等生みたいなことを言います。
受験や部活に打ち込んだあのすごいエネルギーは、どこに行ったんでしょうか。もう、昔とは別人のようです。
要するに親に「大学さえ入ればいいよ」と言われ、その他律的目標に従って「やらされた勉強」をやって、今のキャリアに至ったわけです。だから自信も希望もありません。不安もないようですが、野望もありません。
その人生観はただ、「住宅ローンを払い続けて、嫁さんとのんびり暮らす」といったものです。否定もしませんが、肯定する点もない凡庸な人生観で、はっきり言って会って話す価値すら感じません。夢のない人間にニュースはないからです。
もちろん昔からの付き合いですから、会えば懐かしさも感じるし、バカ話もします。しかし僕たちの年齢は、まだ過去を懐かしむような年ではありません。夢を失った人間は何歳だろうが老人だと、つくづく思います。
まぁ、そういう人生もよいでしょう。中には今も夢を追い続け、いつ会っても輝いている人もいますから、人の人生はいつどうなるか、分からない要素もあります。
ただしFUNに集まっている学生は、今具体的な夢があろうとなかろうと、将来何かをしたいという気持ちは平均以上に強い人が多いので、成功例を重視し、経済、職業、歴史の3つを重視する必要があると考えているわけです。
人生に波乱を起こし、他者への労りと悲しみを喚起し、より価値ある命の使い道を模索するには、学校教育では教えないこの3つを重視する必要があります。
「そのままでいいんだよ」、「今しか遊べないよ」、「お金なんていつでも稼げる」、「人生いろいろ」、「偏差値で人が分かるわけじゃない」、「お金じゃ人の価値は測れない」、「お金じゃ買えないものもある」…
そういう甘い、どこにでも転がっているような言葉で、その時その時の皆さんを現実から逃避させてきた大人たちが、一体人生にどんな貢献をしてきたというのか。
その時は嬉しくて、「じゃあ、これでいいんだ」と怠慢を選んだ学生も、そんな言葉や大人たちに今感謝しているという人はいないでしょう。
そして皆さんは、この情報化社会の中、今まで一度も「悪い情報を集めて不幸になるぞ!」と思ったりはしなかったはずなのに、今将来に迷い、フラフラと過ごしている自分を受け入れたくなくて、悩んでいたりするのでしょう。
つまりは、今までその都度自分の気持ちを外から正当化してくれた借り物の言葉では、到底今を泳いで将来にたどり着くのは無理だ、と思ったから、こんな変なメルマガに登録したんでしょう。
そこで得た情報が、またもや「巧妙なタテマエ」だとしたら、これは立派な詐欺です。僕は詐欺師ではなく実業家なので、耳が痛かろうが、皆さんが登録時に目指した「将来の自分」に応える責任があります。
いったい、負け組の共通点は「感動」の正体を見たら顔を背け、「ここから変わる」という地点で決まったようにUターンを決め込み、また過去に引き返すことです。今まで何度、そうやって自分でチャンスを潰してきたのか。
だから僕は、二度と後戻りができないような楔を読者の心に打ち込み、「過去より未来の方が何倍も楽しいのだ」という事実を、あの手この手を尽くして、10歳近くも年下の世代に毎日発信しているわけです。
「成功の理由は単純だが、失敗の理由は複雑だ」という事実を教え、早く単純な真理に目を向け、一つの行動でも実践してみろよ、と呼びかけているだけです。
そのうち最も学生さんから共感が得られる話題は、「歴史上の人物の言葉」です。僕も特攻隊や明治、江戸の先人の言葉で蘇生した人間ですから、今までもメルマガで何度か、そういう言葉を取り扱ってきました。
しかし今日は、最後に僕が最も屈辱を感じた言葉を紹介しておきましょう。
それは、1994年、オーストラリアを訪問した当時の中国の李鵬首相が、キーティング首相に言った言葉です。メディアでもけっこう取り上げられたので、知っている方もいるでしょう。
キーティング首相が「我々は日本人の勤勉さ、礼儀正しさ、自己犠牲を勉強しなければいけませんね」と李鵬首相に対して言った時、李鵬首相は軽蔑を込めて言いました。
「日本なんて国は、あと二十年もたてば地球上からなくなっている」と。
一国の首相が、こともあろうに親日国の首相に、公式の場の私語とはいえ、日本はなくなる(滅ぼす)と公言したわけです。中国は親日国に反日運動をけしかけるのが国策ですから、あえてそう言ったのかもしれませんが。
戦後の中国人の器の小ささや共産党独裁政権の政策は、こちらから見ていても哀れに思うほどですが、それにしてもこの発言は非常に不快でした。
それは当時、「おまえらに言われたくない」という若干のナショナリズムに加え、本当にそうなりそうだという不安が頭をよぎったからです。
この話は『衆議院会議情報 第140回国会 行政改革に関する特別委員会』のHPから、『第4号(1996年5月9日金曜日の議事録)』を探したら見つかります。
新進党の鹿野道彦議員の質問に対し、武藤嘉文・総務庁長官が行った答弁の中に含まれている逸話で、キーティング首相は心配になって「おい、日本は大丈夫なのか」と聞いてきたそうです。
もちろん、その時に武藤さんは「えらいこと言ってくれるな」と思ってなだめているわけですが…。中国の政治家の発言がまともだと思っているのは、先進国の首脳では日本以外にいませんが、それにしても国辱ものです。
しかし日本は、このままいくと惨憺たる未来を受け入れるほかありません。
フリーターは将来、日本社会の時限爆弾となって、あちこちで精神異常者や犯罪者に変身して日本の国富を吸い取り続けるでしょう。
添加物まみれで不健康、運動不足、勉強不足、サプリメント頼みの若者は、平均寿命を遠く前にして、中年性痴呆症にかかって「植物人間」と化していくでしょう。平均寿命が縮むのは確実です。
「粗食、野望、経済成長」があった世代が達成した世界最長の平均寿命も、20年前からは「余生は闘病生活」という時間になって、まともな寿命とは呼べない代物になってしまいました。
若い頃から動物的本能の尊重を「基本的人権」だと聞かされて育った僕たちの世代は、昼夜逆転生活や不規則な食生活、自立の先延ばしが若者の特権だと錯覚していたわけですから、そのツケは社会人になって回ってくるのは確実です。
さらに始末が悪いのは、こういう話を聞いても「自分には関係ない」という無気力青年がはびこっていることです。
学校の先生はやる気がないし、立派な先生の直言はもみ消されるし、誰もが「楽しまなきゃ損」みたいな猿の惑星状態の人生観で生きるのが良いと思っているし、まったく世も末だと感じずにはいられません。
おじいちゃんたちは、こんな未来のために死んだのではないはずです。
だから僕は、25歳で個人の幸せよりも周囲の幸せを優先し、余った収入と時間は、徹底して自分より若い者に投資しようと決意したわけです。
先がどうなろうが、やったことがムダに終わろうが、そうやって死のうと決めたわけです。バカと言われようが奇特と怪しまれようが、志半ばに死んだ先人が今の世に蘇ったら、絶対そうするはずだからです。
僕の願いは、何歳で死んでも、僕の志を受け継ぐ若者たちに看取られて、「これで思い残すことも、やり残したこともない」と完全に信じ切って死ぬことです。
フリーターを見ていると、頭ごなしに叱り付けて「バカか、おまえは!」と言いたくなる反面、彼をそこまで突き放した日本社会の冷たさに、言い知れぬ怒りと冷たさを感じることもあります。
カネにならないとは分かっていても、親や親友ですら助けないんでしょうから、僕はまた、性懲りもなく無料で手伝ったりしてしまって、ネガティブな過去の話を聞いたりするわけです。
大半の人から見ればムダでしょう。やってどうなるのか、と思うでしょう。しかし目の前の一人の人間に本気で向き合えない人が、一体どんな価値ある貢献を社会になし得るのかと聞きたいところです。
しかし悪いですが、僕はそういう「事なかれ個人主義者」の何倍も金持ちです。さらに時間もあるし、頭もめちゃくちゃ冴えています。僕の悩みは、自分の一生をかけても使い尽くせない才能が有り余っていることです。
できない奴から同情されるいわれはないのです。僕のほうが飛び切り有能で才能ありまくりなんですから。世に口だけの奴はいっぱいいますが、僕ほど言行一致の人間はそうはいないでしょう。
だから下手なドラマも見ないし、庶民の恋愛話には興味もありませんが、どこに行こうとどの世代であれ、女性が集まってきます。猿のように「どうしたらモテるか」などと考える必要は、僕のような「言ったら必ずやる」人間にはありません。
どこに行っても、何をしても人が集まるからです。言ったこととやったことが一致する人間は、誰よりもかっこいいのです。僕はそういう人間になろうと頑張ってきただけです。
今まで「立派な教育者」と言われる人は、大抵が「赤貧」とか「哲人」で、カネや女性、未来的センスとは無縁でした。
僕は今までの日本の教育者のワクを越えるようなことがやりたいです。
金持ちでモテて、頭が良くて、何でも知っていて、優しくて面白くて人気者で体力があって時間があって気前が良くて物覚えが良くて元気付けるのがうまくてリーダーシップがあって人の悩みが分かって外国語ペラペラで教え方が天才的にうまくて仕事はバリバリこなせて文章がうまくてスピーチがうまくて一緒にいて勉強になって夢が見つかって若者がやる気爆発!
…といった大人になるのです。というか、大半はもう達成していますから、さらに新しい資質を付け加えねばなりません。
そして、李鵬首相が「日本滅亡」のタイムリミットとした2014年くらいには、中国に「こんなはずじゃなかった」という世論を喚起し、日本と関わる全ての国々との間に相互共感、尊敬のツールを作りたいです。
そして「李鵬さん、ありがとう。あの発言で日本人は本気になった。感謝している」とでも言ってやりたいですね。
「何、この人?」、「ナルシストじゃない?」、「今日で登録解除しようっと」と思った人もいるかもしれません。
そうですよ。僕はそういう人間です。自分には何だってできると本気で思っているし、今までもそう思ってきて、事実、達成してきたのです。そしてそれ以上に、学生にはもっと大きな価値あることができると信じているわけです。
それを学生に言っても、「え?」とか「でも…」と言うから、力ずくでも信じるように応援していたら、たった3年弱で、一つの大学では収まりきれない熱気とスケールを持つサークルになったのです。
ほとんどは安田君や大月さん、牛尾さんの努力で、僕は今の学生は、使命に目覚めれば絶対に捨てたものじゃないと思います。
しかし本当の活動はここから。3年など赤ちゃんに例えれば、やっと歩けるようになった時期に過ぎません。
慢心せず落胆せず、一歩一歩に無限の可能性と未来を見抜き、小さな達成に感動と感謝を刻み、力強く前進していきましょう。
そして友に火種を移し、未来の日本を明るくする働き方を同僚や後輩に示し、若者や子供がその姿を見ただけで「僕も○○さんみたいになりたい!」と言われる仕事をしましょう。