■「内定への一言」バックナンバー編

「金持ちの家に入った泥棒は、本には目もくれず、家具を奪った」

(『金持ち父さん貧乏父さん』)





最近はBusiness Cafeで読みたい本が増えすぎて、毎週金曜は本選びに1時間くらいかけています。学生向きで、20P以内で、完結性があって、内容的にも良質な文章を選んでいると、先生になった気分です。

近現代史勉強会で歴史書を読んだ方は、BCの本が簡単で読みやすくなってきたでしょ?それは、記憶力と理解力、集中力が高まったということです。

速読・精読の秘訣は、なんといっても難読書と外国語を学んで目を慣らし、想起力を鍛えることです。僕は韓国語とタイ語を学んでからは、自分でも信じられないくらい読書が速くなりました。


物事全て、実力を上げようと思ったら、今の自分にはきついことをやるしかありません。頭脳にも筋トレと同じ理屈が当てはまります。

その意味では、「自分にできることからやる」という処世訓は、それが当てはまる場面もありますが、ことスキルアップに関しては、いつまでたっても停滞しか招きません。

難しい本を読んでみて、初めて自分の言語能力がいかに浅く低いところで留まっていたかが分かります。批評・整理・要約ののち執筆して初めて、自分がどの言葉をどれくらいモノにできているか分かります。


明日読もうかと思った昨年のベストセラー『下流社会~新たな階層集団の出現~』(三浦展/光文社新書)の第6章は、「下流男は引きこもり、下流女は歌って踊る」という題です。読まれた方もいるでしょう。

本書には、貧しく、友達がおらず、いつまでたっても子供でいたがる「下流」の若者に決定的に不足しているのは、「自分を人に説明する能力」と、「初対面の人と良い関係を築く能力」だとあります。

どちらも言語能力に原因があるということですね。頭が柔らかい頃にまともな本を読んでいない人は、若くして言語障害に陥り、若年性痴呆症にかかります。そしてこれが、「金銭障害」という二次災害を招きます。



鉄分不足や糖分の過剰摂取が糖尿病などの色々な病気を引き起こすように、「活字・思考不足」も経済面、コミュニケーション面で厄介な病気をもたらすもの。

社会に出てから「新しい知識や情報を仕入れよう」といったって、そんなことは不可能で、都合が良すぎる夢想というものです。

この期に及んで、まだ人生や世の中をなめてかかろうという態度には、一種の哀れみさえ感じてしまいます。だいたい、そんな態度だから今のトラブルをこしらえてしまったというのに。


記憶や理解のためには、受け皿を広げ、深める必要があります。

そのような基礎教養、基礎的訓練が施されていない頭に知識を詰め込もうと思っても、無理な話です。そういう人ほど「語呂合わせ」とかに頼って情報の方を加工しようと試みますが、これなどはさらに虚しい努力です。

つまり、「標識が読めない人間に車は乗りこなせない」ということで、実社会を生きていく上で必須の「言葉」と「お金」を読みこなせない人は、自分という乗り物を乗り回しながら、毎日「お金と人間関係の交通事故」に遭遇するわけです。


僕は社会で、そういう事例をあまりに多く見てきました。

僕は体力や継続力には自信があるので、日頃、「疲れた」と言ったり、ため息をついたりすることはまずありませんが、それでもフリーターの相手は「疲れた」と無意識に言ってしまうほどです。

言ったことが伝わらない。言っていることが分からない。さらに、本人は自分の言葉のどこがおかしく、どう直せばいいのかが分からない。つまり、日本語が通じない…。そういう若者が、キャンパスの外にはいるんです。

その苦労はほとんど、「Help me,please」と英語でお願いしそうになるほどです。自分で自分の言っていることややっていることを理解していない。コーヒーしか飲んでいないのに、酔っ払い並みに話が分かりにくい…。

そんな若者でも、お金だけは欲しいと思っています。

無知と思われたくないために、すぐに話に口をはさむフリーターと言葉のやり取りをするのはさすがに時間のムダなので、僕は2年前くらいから、「金持ち父さん貧乏父さん」を先に読ませるようにしています。

既にFUNの学生にはお馴染みの本書は、若者にも分かりやすい「回想録」形式で、お金持ちになれる人となれない人の決定的な差が、シンプルに書かれています。


FUNの学生さんはみな短期間で読んできて、「親に読ませたい」、「私の友達みんな貧乏やん」、「このまま卒業したらやばかった」などと言ってくれますが、フリーターはあの程度の本さえ読まないことがあります。

というか、「字が書いてある本を読むのは初めて」という信じられない声も聞きます。まぁ、考えてみれば、だからフリーターなのかもしれませんが…。

本人たちは「読めない」と言いますが、正しくは読まないだけです。高卒でも分かる漢字ばかりだし、専門用語もなくて童話みたいに分かりやすい本なので、この本すら読み終えない見込み客は、お断りしています。

それから、この本を読んだくらいで「あとは自分でやります」と調子に乗る見込み客も、こちらからお断りしています。あんな子供向け経済書を読んだくらいで、何が変わるというんでしょう。


内容は、読まないよりは読んだ方がよい程度で、初心者にはうってつけの入門書ですが、本当にお金の問題を解決し、より豊かになる具体的方策を探るためには、まだまだ不十分です。

「今の若者は」と言うには僕もまだ若いと思っていますが、フリーターのあの卑屈さと慢心の極端な振れ方は、一体どう理解したらいいんでしょうね。

『下流社会』にも、無能な若者ほど「自己能力感が強い」という矛盾を書いていますが、こういうフリーターに会うたびに、やっぱりベストセラーになるだけあって、三浦展さんもよく調べているなあと感心します。


もし、皆さんの通っている大学に、「小学生ファッションで通学している人」がいたら、皆さんはどう思いますか?多分、「あいつ、マジあぶなくねぇ?」とか思うでしょう。

あるいは、皆さんの通っている大学に、「小学6年生の体格で成長が止まった人」がいたら、皆さんはどう思いますか?「かわいそうに」とか「何があったのか」とか思うでしょう。

では、皆さんの通っている大学に、「金銭能力が12歳で止まった人」がいたら、皆さんはどう思いますか?大半の人は、別に何とも思わないでしょう。だって、ほとんどの学生の経済知識は、12歳程度だからです。


これは別に、皆さんを挑発しようとか、登録解除者を増やそうとか、そういう意図で書いているのではありません。ここから先が大事なので、落ち着いて読んで下さいね。

もっとも、本メルマガは「番外編:ブーイングスペシャル」ができそうなくらい、これよりもっと過激な本音も書いてきたので、これくらいはどうということはないでしょう。

ただ、ファッションや体格と違い、マネーセンスは目に見えにくいだけに、子供のまま知識が止まった「経済的障害者」のまま通学していても、本人も周囲もそれが問題だとは思わない、という点が問題だと言いたいのです。



ここで、いくつかクイズをしてみましょう。簡単な問題なので、パッと見て思った程度の答えで進めて下さい。



①人は能力に応じて働き、必要に応じて与えられるべきである。
(はい いいえ)

②能力に応じて負担し、必要に応じて分配されるのが良い福祉社会だ。
(はい いいえ)

③貧しい人を助けるには、累進課税で金持ちの税負担を増やすべきだ。
(はい いいえ)



…さて、皆さんの答えはどうでしたか?



①「はい」が3つの人…立派なマルクス主義者です。

②「はい」が1~2つの人…マネーセンスは1930年代です。

③「はい」が0の人…まともな経済感覚をお持ちです。



実はこの3つ、経済学部の人は分かったかもしれませんが、全てマルクスの『共産党宣言』の中の言葉です。

その中でも特に「共産主義者が重視すべき考え」として、マルクスが強調した要点です。


「はい」が3つの人は、レーニンやスターリンが喜びそうです。頭の中の「お金ソフトウェア」は、さしずめ「Windows1842」といったところでしょう。熱心に「はい」と思ったなら、ロシア革命バージョンで「Windows1914」です。

フリーターに聞くと、まず全員が全てに「はい」と答えます。中には穿った見方をして適当に「いいえ」を選ぶ人もいますが、なぜそうなのかは説明できません。

別に「共産党宣言」みたいな本を読んだ覚えもないのに…なぜ?それは、日本の学校や社会には、社会主義的な経済思想が蔓延しているため、自ら学ばない人は、放っておいても貧しくなっていくのです。


『金持ち父さん貧乏父さん』で、著者の父は貧乏父さん、友人のマイクの父は金持ち父さんですが、この本は要するに、社会主義者の父は没落し、資本主義者の父は成功した、というだけの話です。

社会主義者とは書いていませんが、貧乏父さんは「マイホーム」や「家具」、「卒業証書」、「給料の明細書」、「学歴」、「地位」、「所属履歴としての教育歴」という、「目に見えるモノ」ばかりを重視し、そのような唯物論に従って生きたため、寂しい最期を迎えました。

一方、「目に見えない」知識や考え方の重要性を知っていた金持ち父さんは、最初は著者が理解に苦しむような難問をぶつけ、試練を課しますが、自分の頭を使って生きる「儲かり、かつ報われる人生」を著者に教えますよね。


2年半前、本書を読んで感動のあまり、なんと「父の日」を選んで本書を鹿児島の実家にいるお父さんにプレゼントしてしまった学生さんも、福岡女子大学にいました(驚)

この本の最後に、「実践その二 今日からスタートを切るための十のステップ」という章があります。FUNの皆さんは既に読んだでしょう。この箇所が、明日のBCで読む内容です。

あの中に、「豊かになる人となれない人の考え方」を象徴する分かりやすい話があります。


それは、著者の友人が家を空けている間に「泥棒に入られた」という話(P237)です。お金持ちの家に押し入ったこの泥棒、さて、何を盗んだんでしょうか?

泥棒はただ、テレビとビデオデッキだけを盗んで逃げました。それが「目に見えて、価値があると思った」からです。

部屋には友人の本もありましたが、泥棒は本には目もくれず、ただ「カネになりそうなもの」を奪いました。


著者は「たとえは悪いが」と前置きしながら、現代の私たちも、この泥棒と同じような選択権を持っており、10人中9人が「テレビやビデオ」を買いたがり、「自習用テープ(知識)」を買うのは1人だけだ、と説明を加えています。

要するに、バイト代が入ったからとすぐに服を買ったり、酒やカラオケに使う人間は、正当な手段で買ってはいるものの、「泥棒と変わらない」と言っているのです。

お金は、お金それ自体に価値があるのではなく、それをもたらす知識や考え方にこそ価値があるもの。泥棒がちょっとでも頭が良ければ、「こんなすごい家に住む奴なら、読んでいる本もきっとすごいに違いない」と考えたでしょう。


しかし、泥棒になるような人間にそのような高等な知恵が働くわけもなく、せっかく一人だったのに、目の前のガラクタを宝物と勘違いして盗み、しかもそれを
喜びながら逃げていったわけです。

「お金が入ったら、すぐに使いたくなる」

「形のあるものを買わないと、損した気分になる」

「安いとは、他店より価格が低いことだ」

…このような共産主義的な発想を持っている人間だから、「唯物論」で家電製品を盗んだんでしょうね。目に見えない知識や考え方の重要性は、死ぬまで分からないでしょう。まさに「12歳の少年」の頭脳です。


皆さんはこんなメルマガを読むくらいだから、それなりの大学生活を送っておられることでしょう。いつもこんな時代錯誤の本音を読んでいただいて、本当に感謝しています。

でも世の中には、「これでもか!」というくらい、日々自分への泥棒・虐待行為に励んでいる若者も多いのです。

無知と貧乏は、伝染しやすく本人に自覚が薄いという点では、ガンよりも難病です。まだ社会に出てもいないのに、今なら完治可能な病気で将来の苦労を背負うことになる若者を、僕は放っておくことができません。


もし周りに、社会主義思想に頭脳を汚染され、いつも「金がない」、「金欲しい」と言っている友達がいて、助けたいと思ったら、迷わず「マネー塾」を紹介してあげて下さいね。

きっと、春には内定を取りまくって、「あんなすごいものを、ありがとう!」と感謝されますよ。「未来を拓く知識」ほど、友達に贈って喜ばれるプレゼントが他にあるでしょうか。

今年度の開講はこれが最後で、もう4月まではやらないので、この場を借りて、ぜひPRをよろしくお願いしておきますね。どうもありがとうございます。