■「内定への一言」バックナンバー編
「生とは、死に対する戦いである」(アンドレ・マルロー)
今日は朝から、女子大国文学科2年のNさんと大橋駅のドトールで韓国語の翻訳チェック…という名目でしたが、教育実習直後ということで、近況報告っぽい時間になりました。
なぜ大橋だったかというと、大橋文庫に取材の申込に行こうという計画で、九産大4年のヤマえもん君と3人で待ち合わせていたからです。
ここの在庫というか店内の状態は、一度目にすれば誰かにしゃべりたくなるほどで、僕は毎週通い続けた結果、先週やっと「鉱山採掘権」をいただきました。
宝の山を掘っていい、という許可です。たくさん買ってよかった。きっと、取材も承諾してくれるはずだ。よし、Nさんとヤマえもん君と一緒に行こう、そう思って訪れたら…。
あんなに機嫌が良かったのに、話が取材に及ぶと、「おいちゃんはひっそりやっていきたいと。ごめんね」とのこと。う~ん…商売人たるもの、自分のお店を知ってもらうのは嬉しいはずなのに、不思議な返事でした。
でも、本を過ごす時間はゆっくり持てて、今日もお宝を数冊購入してきましたよ。中には、とてもこのメルマガで扱えないような驚きの一冊もありました…(65年前の初版だけあって、カビ臭い)。
全ての作品を、可能な限り一次資料に遡って執筆せねば気が済まない資料(史料)収集マニアの僕には、なんとも貴重な発見ばかりのお店です。
その後久しぶりに行った荒江四つ角の太陽書房には、なんと、あの『評伝 アンドレ・マルロオ』(村松剛/新潮選書)が。いいのか、こんな値段で…。
マルローと言えば、青年期は世界的冒険家として未開の地を渡り歩き、アフリカの伝承を発掘して、壮年期は「彼の存在こそフランスそのもの」と言われる作品を次々に発表し、カンボジアでアンコールワットを発見してその威容を世界に伝えた作家・軍人・思想家・芸術家・政治家としてあまりにも有名です。
1930年のスペイン内乱で空軍のパイロットとしてマドリード攻防戦を率い、第二次世界大戦では、ナチスに占領されたフランスでレジスタンスのリーダーとなってゲシュタポに逮捕され、処刑されかけるも救出されて、アルザス・ロレーヌ軍司令官に。
その後はドイツ軍を相手にフランス解放に奮戦し、戦後はレジスタンス勲章や戦争十字勲章を受賞。情報大臣となって外交の弱みを補う政策を発表し、毛沢東と会見してフランスの国際的地位を高めたりもしています。
およそ、フランス人が受賞できる全ての勲章を受賞し、関わった分野で次々に歴史的業績を残して、ドイツに打ちのめされたフランス人を文化や文学の面から鼓舞した巨人です。
今、世界の旅人がアンコールワットを訪問しているのは、彼がその意義や歴史的価値を世界に再発信したからです。
晩年はド・ゴール政権の文化大臣に就任し、世界中に「フランス学館(日本では日仏学館。福岡は大名にあります)」を作って、文化戦略という新形態の外交を始めたことでも知られています。
その、フランスが誇る20世紀の英雄・マルローの研究で世界的な業績を残し、フランス政府から「文芸騎士賞」を受賞したのが、筑波大学名誉教授の竹本忠雄博士です。
世界の精神文化の本質を再定義し、トロツキーやブハーリン、毛沢東とも堂々と渡り合って、各国の文化再建に奔走したマルローが生涯最も感動したと言っているのは、わが日本の「伊勢神宮」です。
出光の創業者・出光佐三さんとの対談『永遠の日本』(平凡社)で、マルローは日本文化の素晴らしさを余すところなく語っています。これはいずれBusiness Cafeで取り上げる予定ですから、お楽しみに。
マルローが伊勢神宮を訪問した時、案内したのはもちろん竹本博士です。この竹本博士の先輩で、博士をマルローの世界に誘ったのが、僕が今日買った本の著者・村松剛さんです。
余談ですが、FUNを作った安田君が大学2年の時、憲法をテーマにしたスピーチコンテストで優秀賞を受賞した時の審査員は、この竹本忠雄さんでした。(安田君の合宿スピーチを聞きたい方はCDをあげますよ)
そういう経緯もあって、僕はマルロー評伝の中で最も一次資料を豊富に駆使した本作が、どうしても欲しかったのです。それで、Nさんとヤマえもん君が取材の交渉をしている間に、こっそり買いました。
その後は、「近現代史勉強会」の第②回で、この竹本さんとも仲の良かった英文学者の故・江藤淳さんの『閉された言語空間』(文春文庫)を読みました。
今日のテーマはアメリカ、中国、ソ連の戦後の対日戦略で、こちらも一次資料を駆使した図書を扱い、占領政策の経緯や実施状況を学生さんと一緒に見ていきました。
ということで、今日は気分が1930~1956年を浮遊したヘビーな一日でした。
このマルローですが、29歳の時に父親を亡くしています。
発想と行動半径が異常に大きく、常人のスケールでは捉えきれない振幅の人生を過ごしてきた彼も、この時はさすがに内省的になり、孤独に浸ります。
それからの人生では、自分が本心に従って行動すればするほど、その結果を迎えたところで待っていたのは、「父の言葉であった」と述懐しています。
「人生の至るところで、私はなんと父親を再発見していることか!」と彼は記しています。
生前はその意図するところが分からなかった親の言葉の重さを、成長するにつれてより深く実感するようになった、というのです。
彼の父親の最期は幸福と呼べるものではなかったため、彼の心のどこかで悲しみや悔しさが残っていたのでしょう。しかし、信念を持って生きるうちにその気持ちは愛情、尊敬、帰依へと移り変わっていったのでした。
このプロセスは、スケールはずっと小さくても僕も感情移入できるような経験をしているので、マルローがその前とその後、どのように人生を展開させたか、知りたいと思っていました。
一人の人間が、世界的冒険をやったかと思えば戦争では獅子奮迅の働きを見せ、本を書けば「現代の古典」と呼ばれる名作を次々と発表し、政治の世界に足を踏み入れれば国を一新させる戦略を繰り出し、異質な東洋文化を語らせればアジア人が「そうだ」と納得する洞察を示す…。
彼の巨大なスケールを貫いた人生哲学は何だったのか。そういう疑問を昔持ち、久しく思い出すことはありませんでした。
その中で、彼が人生の転換期に書いた作品の登場人物に語らせた言葉が、先ほど目に留まりました。
「生とは、死に対する戦いである」。
「世の中には、生きようと思って何か考えている人間と、生きながら既に死んでいる人間の二種類しかいない。自分についての観念を持つことは、自分が死ぬべきものだと知ることだ。人はそこで、死に対する戦いを始める」というふうに続きます。
「その戦いによってこそ、人間は美しい。世界はおそらく無意味だろうが、その無意味な世界に意味を与え、これを人間化する努力を人間は続けてきた。文化とは、そうして作られた世界の構造にほかならない(P297)」。
つまり彼は、人生は放置していても死に向かっているのだという当たり前の事実を、父の死を経て深く悟ったのです。要するに、「自分の人生を始める決意」を受け入れたのです。
死とは生命の終わりを指すのではなく、「消極的な生」のことだと知ったのです。進行方向と逆に進むエスカレーターの上で走るように生きなければ、そのまま暮らしていても既にそれは死なのだ、と悟ったのです。
その、放っておけば自動的に終わりを迎える有限性の時間の中で、「このままでは何も残せない」と思った時、初めて死に対する戦い、つまり「生」が始まるのだ、ということです。
これを個々の人生や大学生活に当てはめれば、仕事や会社、勉強、就職が無意味なのではなく、その人が無意味なだけです。
その事実を受け入れるのは辛いでしょうが、同じ経験を課されて、残せるものが人によってこうも異なるのは、一にかかって「有限性の自覚」があるかどうか、によるでしょう。
「まだ時間がある」と思っている人間ほど、何もやっていない人間はいません。「学生時代は時間がある」なんて言葉は、よっぽど視野が狭いか慢心しているかでなければ、到底口にできない言葉でしょう。
無知で、無学で、親の金で勉強し、社会に出ても使えず、それでいて世の中に諦観し、あげくの果てに「今しか遊べん」とか言っている学生がいたら、救いようがない愚か者です。
そういうことを言う学生は、自分が永遠に学生だと錯覚しているのでしょう。「終わり」を考えない人間こそ、もう終わっています。既に終わっているからには、今が何年生だろうが、もはやどうでもいいことです。
マルローはこの有限性の自覚が、誰よりも素直で強烈で、真剣な反省と燃えるような情熱によって刻まれた人物だったのでしょう。あの恐ろしいほどのバイタリティと業績は、そう解釈せねば納得できないほどです。
皆さんも、「勉強とは、卒業に対する戦いである」とか、「就職とは、無職に対する戦いである」と考えてみてはいかがでしょう。ただ起こることを受動的にこなして学生生活を送ろうが、それはお金と時間の垂れ流しでしかなく、既に死んでいる人生です。
入学した頃、あるいはサボり始めて初心を思い出した頃、さらに学年が変わって新入生を見た頃、色々と考えることがあったはずです。どちらの気持ちに正直になるかで、全人生はもう決まってしまいます。
酷ですが、若者の時間とはそういうもの。最も豊かな時間を与えられていながら、その価値が存在している間に気付ける人間は、意外なほど少ないものです。
大半の人間は、社会人になってから「もっと勉強しておけば」とか言いますが、それはもう叶わない夢。戻ったって、どうせまた遊び呆けるだけです。
本気で勉強した経験のある人間は、過去よりも未来に希望を託すので、そんな臆病で卑怯な言い訳はしません。その気になればいつでも取り返せることを、「本気の努力」はいつも確信させてくれるからです。
過ぎ去ってからしかチャンスに気付けない、あるいは自覚できない人間を、人生の敗者と呼ぶのです。
そして、過ぎ去ったと考えずに、「まだ間に合う」といつでも奮起できる人間だけが、勝利者になれます。
FUNを「いつでも夢に間に合うサークル」と言ってきたのは、そういう意味です。それが分かるから、今年は今の時期になっても、4年生が続々と入部しているのかもしれませんね。
学生さんには、マルローのように、「気付けなかった悔しさ」よりも「気付けた嬉しさ」の方を信じてほしいものです。
本当の悔しさは、行動に転化せずにはおれない性質を持っています。ただ嘆くだけなら、それは後悔ですらなく、単なる現実逃避か自己弁護です。
全てのチャンスは希望を信じてこそ始まり、全ての時間はそう考えてこそ価値ある実績を生みます。
もうすぐ後期。望んでいながらも、これまで着手しなかった大学生活を始めるか、それともまたもや、今までのようにスタートダッシュでコケるか。それは「今の決意」で決まります。自分を信じて秋を迎えましょう。
「生とは、死に対する戦いである」(アンドレ・マルロー)
今日は朝から、女子大国文学科2年のNさんと大橋駅のドトールで韓国語の翻訳チェック…という名目でしたが、教育実習直後ということで、近況報告っぽい時間になりました。
なぜ大橋だったかというと、大橋文庫に取材の申込に行こうという計画で、九産大4年のヤマえもん君と3人で待ち合わせていたからです。
ここの在庫というか店内の状態は、一度目にすれば誰かにしゃべりたくなるほどで、僕は毎週通い続けた結果、先週やっと「鉱山採掘権」をいただきました。
宝の山を掘っていい、という許可です。たくさん買ってよかった。きっと、取材も承諾してくれるはずだ。よし、Nさんとヤマえもん君と一緒に行こう、そう思って訪れたら…。
あんなに機嫌が良かったのに、話が取材に及ぶと、「おいちゃんはひっそりやっていきたいと。ごめんね」とのこと。う~ん…商売人たるもの、自分のお店を知ってもらうのは嬉しいはずなのに、不思議な返事でした。
でも、本を過ごす時間はゆっくり持てて、今日もお宝を数冊購入してきましたよ。中には、とてもこのメルマガで扱えないような驚きの一冊もありました…(65年前の初版だけあって、カビ臭い)。
全ての作品を、可能な限り一次資料に遡って執筆せねば気が済まない資料(史料)収集マニアの僕には、なんとも貴重な発見ばかりのお店です。
その後久しぶりに行った荒江四つ角の太陽書房には、なんと、あの『評伝 アンドレ・マルロオ』(村松剛/新潮選書)が。いいのか、こんな値段で…。
マルローと言えば、青年期は世界的冒険家として未開の地を渡り歩き、アフリカの伝承を発掘して、壮年期は「彼の存在こそフランスそのもの」と言われる作品を次々に発表し、カンボジアでアンコールワットを発見してその威容を世界に伝えた作家・軍人・思想家・芸術家・政治家としてあまりにも有名です。
1930年のスペイン内乱で空軍のパイロットとしてマドリード攻防戦を率い、第二次世界大戦では、ナチスに占領されたフランスでレジスタンスのリーダーとなってゲシュタポに逮捕され、処刑されかけるも救出されて、アルザス・ロレーヌ軍司令官に。
その後はドイツ軍を相手にフランス解放に奮戦し、戦後はレジスタンス勲章や戦争十字勲章を受賞。情報大臣となって外交の弱みを補う政策を発表し、毛沢東と会見してフランスの国際的地位を高めたりもしています。
およそ、フランス人が受賞できる全ての勲章を受賞し、関わった分野で次々に歴史的業績を残して、ドイツに打ちのめされたフランス人を文化や文学の面から鼓舞した巨人です。
今、世界の旅人がアンコールワットを訪問しているのは、彼がその意義や歴史的価値を世界に再発信したからです。
晩年はド・ゴール政権の文化大臣に就任し、世界中に「フランス学館(日本では日仏学館。福岡は大名にあります)」を作って、文化戦略という新形態の外交を始めたことでも知られています。
その、フランスが誇る20世紀の英雄・マルローの研究で世界的な業績を残し、フランス政府から「文芸騎士賞」を受賞したのが、筑波大学名誉教授の竹本忠雄博士です。
世界の精神文化の本質を再定義し、トロツキーやブハーリン、毛沢東とも堂々と渡り合って、各国の文化再建に奔走したマルローが生涯最も感動したと言っているのは、わが日本の「伊勢神宮」です。
出光の創業者・出光佐三さんとの対談『永遠の日本』(平凡社)で、マルローは日本文化の素晴らしさを余すところなく語っています。これはいずれBusiness Cafeで取り上げる予定ですから、お楽しみに。
マルローが伊勢神宮を訪問した時、案内したのはもちろん竹本博士です。この竹本博士の先輩で、博士をマルローの世界に誘ったのが、僕が今日買った本の著者・村松剛さんです。
余談ですが、FUNを作った安田君が大学2年の時、憲法をテーマにしたスピーチコンテストで優秀賞を受賞した時の審査員は、この竹本忠雄さんでした。(安田君の合宿スピーチを聞きたい方はCDをあげますよ)
そういう経緯もあって、僕はマルロー評伝の中で最も一次資料を豊富に駆使した本作が、どうしても欲しかったのです。それで、Nさんとヤマえもん君が取材の交渉をしている間に、こっそり買いました。
その後は、「近現代史勉強会」の第②回で、この竹本さんとも仲の良かった英文学者の故・江藤淳さんの『閉された言語空間』(文春文庫)を読みました。
今日のテーマはアメリカ、中国、ソ連の戦後の対日戦略で、こちらも一次資料を駆使した図書を扱い、占領政策の経緯や実施状況を学生さんと一緒に見ていきました。
ということで、今日は気分が1930~1956年を浮遊したヘビーな一日でした。
このマルローですが、29歳の時に父親を亡くしています。
発想と行動半径が異常に大きく、常人のスケールでは捉えきれない振幅の人生を過ごしてきた彼も、この時はさすがに内省的になり、孤独に浸ります。
それからの人生では、自分が本心に従って行動すればするほど、その結果を迎えたところで待っていたのは、「父の言葉であった」と述懐しています。
「人生の至るところで、私はなんと父親を再発見していることか!」と彼は記しています。
生前はその意図するところが分からなかった親の言葉の重さを、成長するにつれてより深く実感するようになった、というのです。
彼の父親の最期は幸福と呼べるものではなかったため、彼の心のどこかで悲しみや悔しさが残っていたのでしょう。しかし、信念を持って生きるうちにその気持ちは愛情、尊敬、帰依へと移り変わっていったのでした。
このプロセスは、スケールはずっと小さくても僕も感情移入できるような経験をしているので、マルローがその前とその後、どのように人生を展開させたか、知りたいと思っていました。
一人の人間が、世界的冒険をやったかと思えば戦争では獅子奮迅の働きを見せ、本を書けば「現代の古典」と呼ばれる名作を次々と発表し、政治の世界に足を踏み入れれば国を一新させる戦略を繰り出し、異質な東洋文化を語らせればアジア人が「そうだ」と納得する洞察を示す…。
彼の巨大なスケールを貫いた人生哲学は何だったのか。そういう疑問を昔持ち、久しく思い出すことはありませんでした。
その中で、彼が人生の転換期に書いた作品の登場人物に語らせた言葉が、先ほど目に留まりました。
「生とは、死に対する戦いである」。
「世の中には、生きようと思って何か考えている人間と、生きながら既に死んでいる人間の二種類しかいない。自分についての観念を持つことは、自分が死ぬべきものだと知ることだ。人はそこで、死に対する戦いを始める」というふうに続きます。
「その戦いによってこそ、人間は美しい。世界はおそらく無意味だろうが、その無意味な世界に意味を与え、これを人間化する努力を人間は続けてきた。文化とは、そうして作られた世界の構造にほかならない(P297)」。
つまり彼は、人生は放置していても死に向かっているのだという当たり前の事実を、父の死を経て深く悟ったのです。要するに、「自分の人生を始める決意」を受け入れたのです。
死とは生命の終わりを指すのではなく、「消極的な生」のことだと知ったのです。進行方向と逆に進むエスカレーターの上で走るように生きなければ、そのまま暮らしていても既にそれは死なのだ、と悟ったのです。
その、放っておけば自動的に終わりを迎える有限性の時間の中で、「このままでは何も残せない」と思った時、初めて死に対する戦い、つまり「生」が始まるのだ、ということです。
これを個々の人生や大学生活に当てはめれば、仕事や会社、勉強、就職が無意味なのではなく、その人が無意味なだけです。
その事実を受け入れるのは辛いでしょうが、同じ経験を課されて、残せるものが人によってこうも異なるのは、一にかかって「有限性の自覚」があるかどうか、によるでしょう。
「まだ時間がある」と思っている人間ほど、何もやっていない人間はいません。「学生時代は時間がある」なんて言葉は、よっぽど視野が狭いか慢心しているかでなければ、到底口にできない言葉でしょう。
無知で、無学で、親の金で勉強し、社会に出ても使えず、それでいて世の中に諦観し、あげくの果てに「今しか遊べん」とか言っている学生がいたら、救いようがない愚か者です。
そういうことを言う学生は、自分が永遠に学生だと錯覚しているのでしょう。「終わり」を考えない人間こそ、もう終わっています。既に終わっているからには、今が何年生だろうが、もはやどうでもいいことです。
マルローはこの有限性の自覚が、誰よりも素直で強烈で、真剣な反省と燃えるような情熱によって刻まれた人物だったのでしょう。あの恐ろしいほどのバイタリティと業績は、そう解釈せねば納得できないほどです。
皆さんも、「勉強とは、卒業に対する戦いである」とか、「就職とは、無職に対する戦いである」と考えてみてはいかがでしょう。ただ起こることを受動的にこなして学生生活を送ろうが、それはお金と時間の垂れ流しでしかなく、既に死んでいる人生です。
入学した頃、あるいはサボり始めて初心を思い出した頃、さらに学年が変わって新入生を見た頃、色々と考えることがあったはずです。どちらの気持ちに正直になるかで、全人生はもう決まってしまいます。
酷ですが、若者の時間とはそういうもの。最も豊かな時間を与えられていながら、その価値が存在している間に気付ける人間は、意外なほど少ないものです。
大半の人間は、社会人になってから「もっと勉強しておけば」とか言いますが、それはもう叶わない夢。戻ったって、どうせまた遊び呆けるだけです。
本気で勉強した経験のある人間は、過去よりも未来に希望を託すので、そんな臆病で卑怯な言い訳はしません。その気になればいつでも取り返せることを、「本気の努力」はいつも確信させてくれるからです。
過ぎ去ってからしかチャンスに気付けない、あるいは自覚できない人間を、人生の敗者と呼ぶのです。
そして、過ぎ去ったと考えずに、「まだ間に合う」といつでも奮起できる人間だけが、勝利者になれます。
FUNを「いつでも夢に間に合うサークル」と言ってきたのは、そういう意味です。それが分かるから、今年は今の時期になっても、4年生が続々と入部しているのかもしれませんね。
学生さんには、マルローのように、「気付けなかった悔しさ」よりも「気付けた嬉しさ」の方を信じてほしいものです。
本当の悔しさは、行動に転化せずにはおれない性質を持っています。ただ嘆くだけなら、それは後悔ですらなく、単なる現実逃避か自己弁護です。
全てのチャンスは希望を信じてこそ始まり、全ての時間はそう考えてこそ価値ある実績を生みます。
もうすぐ後期。望んでいながらも、これまで着手しなかった大学生活を始めるか、それともまたもや、今までのようにスタートダッシュでコケるか。それは「今の決意」で決まります。自分を信じて秋を迎えましょう。