■「内定への一言」バックナンバー編

「遊びは仕事の影である」(米長邦雄)




「近現代史勉強会」で紹介した資料や、メルマガで扱った事実に対し、学生さんから「これ、ホントなんですか?」と何回か質問を受けました。

本当です。どれくらい本当かというと、「貸借対照表は、資産の部と負債・資本の部から成り立ってるよ」、「韓国語の文法は日本語と全く同じだよ」というのと同じくらい本当です。

この二つの例に対して「うそやん」と言う人は、無知な学生以外にいないでしょう。だったらあの史実も、それと同じくらい本当だということです。資料や図書の出所は明らかにしていますから、知りたければさらに調べて下さいね。



近現代史勉強会で紹介した難解な図書や、あるいは英語以外の外国語の翻訳などが「趣味」だと言ったら、またしても時々、「うそやん」、「かっこつけとうだけやん」、「他にもあるはずやん」という顔をされます。

というより、「そんなのは趣味じゃない」という顔をされることさえあります。

大方の同世代や若者にとって、「趣味」とはリラックス的な要素を持つ時間消費手段でなければならないようです。だから、僕の言うような「趣味」は間違いだと言わんばかりです。



まぁ、僕は人からどう思われようと一向に評判が気にならない人間なので、ストレスや対人関係の悩みなど、滅多に感じることはありません。よって、「発散型」の趣味には無縁です。

仮に趣味に「リラックス型」と「リフレッシュ型」の2種類があるとすれば、「リラックス型」は、仕事の憂さや悩みを解消するため、現実を忘れて思いっきり遊ぶこと。従って、月曜の朝は毎週「辛い」ものになります。

反対に、「リフレッシュ型」は人間性を高め、問題解決力と環境適応力を高めるための趣味で、月曜の朝は「よし、もっと頑張るぞ」と思えるものです。



そういうことを言うと、「え~、疲れそうやん」と言われたりしますが、僕などには、ストレス解消型の趣味を持っている人の方が、よっぽど疲れているのではないかと思えます。

経営者に言わせれば、サラリーマンの仕事は仕事ではなく、趣味も趣味ではなく、サラリーマンから見れば、経営者の仕事は仕事ではなく、趣味も趣味ではありません。

前号の「アリ・クモ理論」のような対立があるのが、比較文化論みたいで面白いところです。



どちらが高等だと言うつもりはありません。趣味は趣味としての効用を果たせばよく、その人が楽しいとさえ思えればいいでしょう。そして、大事なのは「楽しんだ後」です。

僕にとっては、「月曜の朝がきつい」と思えるような生き方は賛同できないので、リフレッシュ型が好きなだけです。それに、ケチなので宴会やカラオケなど何も生産しない時間に費用を投じる考えがありません。

未来を歓迎できないような生き方は、いかに忙しかろうが、趣味だけが独立して楽しかろうが、不健全だと思うわけです。その証拠か、朝が弱い人間にうまくいっている人はいないものです。



昔、取材先で見た「朝は希望に起き、昼は努力に生き、夜は感謝に眠る」という言葉は、本メルマガの歴史でも特に人気があるものですが、僕もまた、毎日の朝をそういう気分で迎えながら死にたいだけです。

とか言いながら、僕はカラオケに行けば洋楽やK-POPなどはかなり詳しいので、ご機嫌にはなります。ボーリングもスポーツも、人並みにはこなせます。

ただ、「リラックス」だけではすぐに飽きるもの。3日も続けてカラオケに行けるような人は、よっぽど歌が好きか、そうでなければまともな友達がいない人間でしょう。


かように、趣味とはそれ自体、「精神の友人」とも言える側面を持っています。

ならば、趣味のおかげで仕事が楽しくなり、仕事のおかげで趣味が充実するという、理想的な相乗効果を作れたらいいですよね。

現代人の職業観や人生観がいかに矮小化されたかは、たとえば三流ドラマの「仕事とあたしの、どっちが大事なのよ!」とか、「趣味を取るか、仕事を取るか」のようなセリフにも表れています。


本当に相手の人生や自分の人生が大切で、その人が好きなら、相手が選んだものまで同様に好きになる努力をするのがよいでしょう。

このような無意味な言い争いや自問自答は、「仕事は恋愛を邪魔するもの」とか、「仕事は趣味を圧迫するもの」という強固な先入観によって、相手や自分の価値観を否定していることにほかなりません。

平和で幸せな夫婦ほど、「仕事頑張ってね」と妻が言い、夫は早く帰ろうと努力します。逆に仲違いが絶えない夫婦やカップルほど、相手の仕事を否定し、相手はますます帰りたくなくなります。



世の中、多くのことには「作用・反作用」の働きがあるので、相手を大切にすればするほど、自分も大切にしてもらえるものです。

学生さんだって、「バイトしっかり頑張ってね」と言うと、「はい、頑張ってサークルの時間を空けます」と言いますよ。これが「おまえ、バイト入れすぎだ」という叱責だと、「サークルなんて行くか」となってしまうものです。

ということで、表面的にはバイト、サークル、ゼミ、旅行など「現象」としての行動は違っても、それを発し求める「本体」としての個性を尊重して付き合うことが、人間関係では大切です。



棋士で現在、将棋連盟の会長を務める米長邦雄さんは、奇妙で下ネタ満載の著作を多数書いていますが、「人間における勝負の研究」(祥伝社)の中で、「遊びは仕事の影である」と書いています。

兄の全てが東大や京大に進んだという米長家で、末っ子の米長邦雄さんだけは棋士の道を選び、「兄たちは頭が悪いから東大に行った」と発言して物議をかもしたりしましたが、そう言うだけの立派なプロ棋士としての心構えを、書中で分かりやすく説明しています。

その成績向上法や将棋熟練法は、多くのスポーツ選手や教育者が参考にするところで、Business Cafeでも随分前に紹介し、5人くらい買いました。



米長さんもまた、一流の学者やスポーツ選手のように、「趣味」を仕事と別個に分けたものとして考えるのではなく、休息や睡眠までも含めて、「人生における勝負の準備である」と循環的な捉え方で見ています。

いわば、「良い仕事が良い趣味を生み、充実した趣味が良い仕事を作る」という、双方が始まりであり、また終わりであるような考え方です。

これは、将棋をしたことがある人であれば、練りに練った「王手」がかわされ、それがまた新しい展開になって、ヒヤヒヤしたり興奮したり…という経験を振り返れば分かるでしょう。将棋やスポーツでは、終わりは常に始まりです。



人生において起こることには、一つとして他人のせいにできることなどないのですから、それらを全て「人格向上」、あるいは「成功する人生」のためのイベント(出来事)と位置付けて、総体的に取り組むことが大事ですね。

趣味に楽しみを求めれば求めるほど、趣味を仕事と切り離そうとすればするほど、ますます仕事と人生は辛くなっていくということを知っておくのは、賢明な悟りでしょう。



まず、一切の逃げを排して、わが務めをしっかりと果たしてみることです。ラクをしようと思って試みる手抜きや中途半端ほど、疲れを招くものはありません。

手抜きとは「約束の延期」、「ダメな自分との妥協」にほかならないわけですから、期限を迎えた時には、必ず強烈な自己嫌悪に突き上げられるのは、手を抜いた瞬間から分かりきっていることです。

それくらいのことは、大学に行く程度の知力を持っている人なら誰でも分かるでしょう。





要するに、仕事のストレスは「趣味では解決できない」わけです。解決しようと思えば、ただ実力を上げ、所定の仕事にしっかり取り組む地道な習慣を作り上げるしかありません。

あるいは、社内外で出会う人々との接し方を変え、工夫を重ねて「喜び」や「感動」が生まれるように自分を変えてみることです。

仕事の問題は、仕事の中で解決する。当たり前のことです。ストレスの根源的な部分を見つめ、予防的対処を重ねていけば、そのうち、「解消」などはする必要もなくなります。だって、問題の方が消えるからです。

しかし大衆は、「ストレス解消」とか「発散」という言葉を使います。正しく翻訳すれば「忘却」とか「逃避」、「抑圧」と言い換えた方がいい行動にしか見えないのに、本人たちはけっこう本気みたいです。

解消とか言いながら、ストレスは一つも消えていないばかりか、時には反復、増幅さえ起きています。これのどこが解消なんでしょうか。自分で自分の使っている言葉が理解できているのでしょうか。

「貧乏人の特徴は、ストレス解消に金をかけることだ」とマネー塾で言いましたが、それは本当です。

嫌なことがあったら…「飲も飲も!」

落ち込むことがあったら…「歌いに行こ!」

腹が立ったら…「踊りに行こ!」



こういう対処は一時的には快適かもしれませんが、それが習慣化したサラリーマンやOLを見るにつけ、僕の目には「毎週数千円をかけて、ストレス解消という名の高額ワニワニパニックに熱中している」ようにしか見えません。

僕がモグラ叩きやワニワニパニックで成功したかったら、迷わず電源を抜きますね。そうすれば敵は出てこないからです。ゲームとしては非常識ですが、例えてみればこういう考え方だということです。

電源を放置して、カネまでかけて「どりゃっ!」と頑張るようなことは、努力でも「解消」でもありません。もっと言えば、そんなアホなことばかりやっているから、余計に勉強や仕事が嫌になるんだと思います。

なのに、「自分が無能」という最大の原因はいつまでも放置しておいて、ストレスとは「生まれるものだ」と諦めて原因を考えようともせず、いつまでも「現象」と付き合おうとしてばかり…。

本人たちは「ストレス解消」とか言っていますが、循環的・長期的に見れば実際は「ストレス増幅」のためのプロセスでしかありません。ストレスは逃げたって、消えたりはしてくれないものです。

一般的な「解消」とは、わざわざ自分のお金と時間を投資して、「自己嫌悪&真っ暗な未来」という配当を得ているだけのこと。要するに「負債運用」で、「夢の大暴落」を招くデフレスパイラル的な行動でしかないでしょう。


酒、ジム、クレジットカード、カラオケボックス、アダルトビデオ、携帯ゲーム、パチンコ、スロット、ギャンブル…。

「ストレス不動産業」がボロ儲けなのも、よく理解できるというものです。

皆さんの周りにも、こういう支離滅裂な言語感覚・思考様式で「ストレス解消だ!」とか言っている人がいたら、ぜひ救ってあげましょう。そういう言葉は、「Let's Go!ストレス増幅ツアー」と翻訳した方が適切です。



決めた通りに、たった一日だけ過ごしてみるだけでも、その後の人生の見え方はずいぶん違ったものになるでしょう。

適度な解消は、それはもちろん必要ですよ。物事全て、バランスというものがあります。



しかし、本当にストレスをなくしたければ、まず自分の義務である勉強や仕事を真面目にやることです。



遊びは「影」です。

たとえば一緒に歩いている人が「憎たらしい」からと、影に対して「この野郎!こらしめてやる!」と踏みつけ、石を投げ、つばを吐きかけ、ガムをくっつけてみても、何の効果もありません。

だって、その対象は「影」だから。影だけに、実体が移動しない限り、いつまでたっても消えることはありません。影の形が気に入らないからと修正しようとしても、影を変形させるのはプロレスラーでも無理です。

こう言えば誰でも分かるのに、「影」を実態と勘違いして迷い、悩む人のなんと多いことか。

中には影に戦いを挑み、殴りかかったばかりに、壁や道路で拳を痛めてしまった、という人もいます。影には誰も勝てません。というより、相手にする必要自体、ありません。

SPIみたいな難問は解けるのに、こんな簡単な問題が分からないなんて、世の中不思議なことも多いものです。大衆に埋もれると頭脳がマヒするので、注意が必要ですね。



趣味も仕事も、遊びも勉強も、本来は一体不可分なものです。だから、本気で学び、本気で遊びましょう。そっちの方が断然、疲れません。

就活もまた、そのような心構えで臨めば、これほど楽しいことも少ないものです。

「え、うそやん」とちょっとでも思った人、また影を見てませんか?ちゃんと実体を見ましょうね。