■「内定への一言」バックナンバー編

「学生は未来からの留学生」




今日は久しぶりに痛快洞(大名、ハローチケットから左折)に行き、戦史関係の本を6冊買ってきました。

大橋文庫や三和書房に目が慣れると、あの痛快洞さんもきれいで整理されたお店に見えるのが不思議です。

先週、ビルの前にコイン駐車場ができていました。車が止まると、ただでさえ見つけにくい痛快洞が、ますます見えなくなってしまいそうです…。



痛快洞さんは、入るなり、

「ブックオフ好みの若者は入店の必要なし」
「若者向けの本は置いていません」
「100円コーナーの本は1冊だけの購入はできません」
「ブラブラ暇潰しの入店はお断り」

と痛快なポスターが貼ってある古本屋ですが、文面に反しておじさんは優しい人で、いつも「840円」なら「800円」に、「2,520円」ならなぜか「2,400円」とかに負けてくれます。

歴史や文芸、芸術関係の本に興味がある方は、ぜひ行ってみては?営業時間は一応「11:00開店」と書いてありますが、開店時間も痛快で、お昼から行った方が確実に空いていますよ。



さて、僕はオフの時間は主に古典や、明治、大正、昭和初期の本ばかり読んでいる時代錯誤人間です。毎日、溢れるほどアイデアが湧き出てくるのも、古い本ばかり読んでいるからだと思っています。

そういう古い本を読んでいて特に面白いのは、江戸後期や明治期の「学生の姿」。

こうして「サークルのお手伝い」という形で学生さんを応援しているためか、参考になることは何でも学びたいと思って、そういう話題が出た時は特に注意して読むようにしています。



その中でも今日は、「書生」というシステムについて考えてみたいと思っています。

これは、都会の有力者の家に住み込ませてもらい、家事や仕事の手伝いをもって「家賃」とし、経済的負担を抑える制度であることくらいは、大学生なら知っていると思います。

坪内逍遥博士の大ベストセラー「当世書生気質」の主人公である放蕩学生・野々口清作の名前に本名が似ていることから因縁を感じ、「英世」と改名した偉人が野口英世博士であるというエピソードも、国文学科の方ならご存知かも知れません。



「書生」とは、このように広く普及した言葉であり制度で、古い本や戦中を生きた人物の回想録などには、必ず出てきます。

これはまた、「学生」の別名でもありました。

書生は明治時代になって学校が整備され、大学が設立されたことから生まれたシステムですが、その原型は江戸時代の「丁稚奉公」の制度に見受けられます。



明治時代の教育の背景には、それまでは貧困しか味わったことがなかった日本人が先進国の仲間入りを目指し、国家規模で猛烈な学習活動を展開した熱気があります。

そんな中、立身出世を目指した若者たちは、どうやって生活を設計し、学問を行ったのか。

たった二文字の「書生」という言葉に感情移入できるようになると、当時の学生と気持ちが通い合うはずです。



まず、当時の学生を取り巻く客観情勢として挙げるべき事実は、

①家庭にはとても学費を支援できるほどの経済的余裕がない

②また、学資や生活費を補填するためのアルバイトもない

③当然、奨学金制度などもない

④学生の比率は同世代の0.7%であり、世間も学生に期待している

⑤現在の大学入試と比較にならないほど受験科目が多く、かつ超・難解な試験を突破してきているため、勉学に対する熱意が高い

といったものでしょう。



明治期の大学を出た人の本には、既に中学(今の高校)でドイツ語やフランス語の原典を数冊翻訳し、旧制高校(今の大学2年まで)では代理教授や講師をした、という話がゾロゾロ出てきます。

その学力の高さは驚くほどで、「お雇い外国人」として来日した外国人教授の誰もが、日本人学生の「せっかちさ」、「浅はかさ」に皮肉を言いつつも、集中力や忍耐力は世界一だ、と褒めちぎっています。

東大の授業システムを作ったフォン・ケーベル博士の「ケーベル博士随筆集」(岩波文庫)などを読むと、学生を取り巻く大人のほとんどが江戸時代の生まれで、教育に対する理解と愛情が並外れて豊かだったことも推察されます。



しかし、学生もその親も、日本社会もまだまだ貧乏のどん底のような状態。

新政府の要職にある政治家も、数十年前までは武士に侮辱されても文句が言えない「地下侍(ぢげざむらい)」か農民で、徒手空拳で地位を得た人ばかりでした。

ここに、「書生」という制度が成り立つ経済的、文化的背景があったのでしょう。



新しい時代を夢見て維新に命をかけた元勲や学者たちは、明治という「御一新」の時代に学問に希望を託す若者たちが、かわいくてたまりませんでした。

まだまだ東京の中心も田んぼや荒地ばかりで、当時の学者や実業家、政治家は宏壮な邸宅に住んでおり、こういう家の「余分なスペース」が、学生たちの住居として開放されることになったわけです。

今で考えると、ソフトバンクの孫さんや京セラの稲盛さんの自宅に間借りし、家事を手伝わせてもらうことで家賃と見なし、生活費を節約して学問に熱中する…という想像を働かせると、明治期の学生の幸運が分かりますね。



この当時の大学生は、働く社会人からも尊敬されていました。それは、学問がいかに忍耐と困難を伴うかを、社会が知っていたからです。

学問は疑いなく、「労働より高い価値を持つ」と見なされていました。大学生は、未来の社会のリーダーとして期待されていたのです。

だから、「いいね、学生は。働かなくて生活できるんだから」というような中傷を受けることも、また、低く見られることもありませんでした。そういうことを言っては失礼なくらいの気迫が、学生にもありました。

もちろん、あまりに調子に乗ると、「そんなのは書生論だ」と一蹴されることもありました。



人は、自分の方がきついことに耐えていると思ったら、相手に優越感を持つものです。現代の日本人は、「勉強より仕事の方がきつい」と思っているから、学生を見たら「社会は甘くないよ」などと言うのでしょう。

労働が神聖なものであることは否定しませんが、仕事の方が学問よりきついかどうかになると、僕は懐疑的です。

「仕事は勉強より格が上だ」と言っていて、あるいは思っていて「当たり前」とされている点も、日本の教育の質の低さを表しているのではないか、と考えたりします。



むしろ、肉体労働やサラリーマンほど楽な作業はありません。基本的に、自分で決断する必要がないからです。

受験勉強や新しい学問領域の研究や実験で、授業外の時間も頭脳を集中的、継続的に意志の統制化に置く方が、仕事より何倍も大変だ、というのが僕の意見です。



一人の時間に頑張れる人間は、学生であれ社会人であれ、立派です。

「仕事の方がきつい」という社会人は、まともな勉強などしたことがないに決まっています。だから仕事がきついのです。

何より、当人の本気の努力であれば、それが経済的価値を生み出しているか否かによらず、尊重しあうのが大人の社会でしょう。日本人は、いつからマゾ体質になったのでしょうか。



だからその点、僕は「受験勉強」に耐えた学生が好きです。偏差値の高さと基礎学力は比例するということを、FUNでもよく実感してきました。

学校の勉強が社会の実務と無関係に展開される点には経営者として疑問を感じていても、より良い将来を夢見て他の誘惑を遮断し、合格を目指して克己の日々を送るという努力は、絶対に尊重せねばなりません。

そういう意味で、「過去は問題にしない」という採用広告の文句は、嘘です。FUNには浪人経験のある学生さんもたくさんいるようですが、僕は平坦ではない経験を経て人に優しくできる学生さんの未来に期待しています。



僕は時代錯誤人間なだけに、そういう学生さんを見ると、書生のような気がしてくるのです。

実際のところ、明治期の学生にもお金はありませんでした。しかし、僕が赴任していた頃のマレーシアのように「アルバイトなど学生にあるまじき行為」という通念も強固で、「資金繰り」は学生の重要な問題でした。



現代日本のように、経済の分業化と労働の定型化・標準化が進み、余剰利益をもって若年者の生活費を補助できるだけの余裕がある社会だと、アルバイトの経験も大切なものになってきます。

でも、僕はそれ以上に「多くの人に会い、たくさんの国に行って、空いた時間は名作を読むのに投じてほしい」とFUNが発足した頃から願ってきました。

広告営業というサークル内アルバイトも、そのような思いから作ったものです。そして、他にもアイデアはまだまだたくさんあります。



実際、「一人暮らしの学生」は、家賃や公共料金にどれだけの時間を割いているのでしょうか。ちょっと計算してみましょう。

■家賃…50,000円 ⇒時給800円なら、62.5時間

■水、電気、ガス…10,000円 ⇒時給800円なら、12.5時間

■携帯電話…10,000円 ⇒時給800円なら、12.5時間



ということで、他にも洋服や雑貨、宴会、お菓子などの出費もあるでしょうが、そのような「間接経費」は個人差があるので除外し、このような「生活原価」といえる要素だけを計算してみても、実に「87.5時間」です。

つまり、「1日5時間のアルバイト」なら、17.5日を要し、月~金のペースで3週間連続でシフトを組み、4週間目に「3日ほどの休み」をもらえる、という計算です。

このうち、「家賃」の占める比率は「71.4%」で、日数に直すと「12.4日」です。これは、現代の学生は毎月3週間近く、「家のため」に働いている計算。まだ住宅ローンも抱えていないのに、その苦労を先取りしています。



不動産業者にとって、「20代」ほど良いお客さんはいないものです。

大学に入れば「一人暮らし」をし、在学中に再度引越をする可能性もあり、卒業すれば会社の近くに引越し、婚約すれば広い家に引越し、結婚すればさらに広い家に住みます。

要するに、現代の若者は「マイホーム」を買う前から既に、所得の大部分を住居費や敷金に捧げていることになります。不動産業者にそういう意図があったかどうかは分かりませんが、「一人暮らし」は戦後最大のヒット商品といってよいでしょう。



明治の実業家や教師、政治家たちが「住居費」の負担を引き受けてでも、若者にアルバイトをさせず、賢明かつ寛大に「勉学に熱中できる環境」を整えてあげたことは、当時の経済情勢から生まれた仕組みだったとしても、実に合理的なシステムだと言えます。

もし、現代の学生が「家賃負担」から解放されると、3週間近く、毎日「5時間」もの時間を読書や勉強、友達との語り合いに当てることができるのです。

もちろん、空いた時間がすんなり勉強にスライドする、なんて希望的観測は持ちませんが、それでもより「学生らしい時間の使い方」ができそうですよね。



「書生」のメリットは、以下の通りです。

①入居時は「米一升」か「郷土の銘酒」を差し出せばよい
②家賃や食費の心配をする必要がない
③掃除や書斎の整理などを「家賃」として供出すれば居住できる
④尊敬する人物の謦咳に接し、人格的成長を図ることができる
⑤志を同じくする仲間と出会い、お互いに切磋琢磨できる

…素晴らしい仕組みです。世代間の意識格差も解消できるし、経済的負担もなくなるし、勉強や人格形成に及ぼすプラスの影響に至っては、今の日本ではどんな政策をもってしても叶えられないメリットばかりです。



ということで、最近は学生さんに会うたびに、「みんなで寮を作ったら?」と提案しています。仮に3人で住んだとしても、節約できる経費は学生さんの言葉を借りれば「ハンパじゃない」ほどです。

何もバイトをしないと社交性がなくなって問題を来たすので、週に1、2回はバイトも良いと思いますが、FUNでは取材や営業を経験するたびに、「1日24時間でも足りん!」という学生さんが毎年出てきます。

だから、赤坂や大名近辺に「FUN寮」を作ったらどうかと思うのです。僕もじき赤坂らへんに引っ越して、「FUN図書館」を作る予定ですから、ぜひ検討してみてはいかがですか?



皆さんは「未来からの留学生」なんですから、夢という未来が見えた今、現在において「やるべきこと」の多さに武者震いしつつも、時間のなさを恨んでいることでしょう。

でも、頭をちょっと使えば、時間とお金は同時にいくらでも生み出せるものです。これから、そんなアイデアをどんどん教えていきますから、部員の方はお楽しみに。

今日は、ちょっと息抜きの話題でした。