■「内定への一言」バックナンバー編
「その鳥を狙うな」(リコー創業者・市村清)
「科学技術者の楽園」と呼ばれ、日本現代史に偉大な足跡を残してきた「理研(理化学研究所)」からは、多くの優良企業が生まれました。国家の威信をかけて創設されたこの研究所が最も成長したのは、第3代所長・大河内正敏の時代で、彼は現代史に類例を求めがたいほどの人材育成の名手です。
若き日の故・田中角栄元首相の素質を見込み、引き立てたのも大河内所長で、その雄大なスケールと資金力をフルに発揮し、無数の若者の研究を支援した彼の功績は、日本の科学技術史に燦然と輝いています(「20世紀日本の経済人」日本経済新聞社・編/日経ビジネス人文庫)。
その理研が、「感光紙」という不思議な紙を研究し始めたのは、世界恐慌の数年前でした。塗料に一定の光を当てると、青地の紙に光の形を模した白線ができる摩訶不思議な紙。
当時の先進国5ヶ国が、「この紙は印刷技術を飛躍的に向上させる」と競って研究を重ねた結果、1929年に「白地に青」の印刷技術の特許を世界で初めて申請したのは、理研のグループ会社である理化学興業㈱でした。
それまでの「複写」は、手による「筆写」か、活版を使った「版画式の印刷」でした。それが、感光紙に光と塗料をうまく乗せることで、それまでには考えられなかったような速度・精度で印刷が可能になったのです。
西洋文明の輸入や学校制度の普及もあって、「印刷物」の需要が急拡大していた日本で、この「感光紙」はまさに昨今の「Windows」のように、爆発的に広がっていきました。しかし、さらにすごいニュースがありました。全国の巨大な売上の半分を「たった一人」で上げていたのは、九州の片田舎の「吉村商会」で販売を担当していた、市村清という青年社長だったのです。
「たった一人の若者が、全国の売上の半分を担っている」という驚嘆すべき情報は、すぐに東京に届きました。いくら便利とはいえ、新しい概念で作られた商品の可能性や価値を説明するのに手こずっていた幹部職員たちは、すぐに市村を招請し、彼の営業手法に耳を傾けました。
佐賀で生まれ、苦しい家庭に育った市村は、小さい頃から人の気持ちを思いやる環境で育ったこともあって、生まれついての「営業の天才」でした。
技術者以上に感光紙の可能性を深く洞察し、それを誰よりも分かりやすく説明するセンスを見込んで、大河内所長は「この男しかいない!」と理研感光紙株式会社を設立、市村に社長を任せました。
これが、邱永漢さんや吉本晴彦さんら、昭和を代表する「お金儲けの天才」たちが「市村さんには勝てない」、「彼こそ本当の天才だ」と心から賛辞を送った創業者・市村清が育てた「リコー」の始まりです。
栃木に生まれ、日本の中小企業を救うには「会計システムを電算化するしかない!」と思い立ち、苦難に苦難を重ねて日本最大の会計事務所「TKC(栃木計算センター)」を作り、世界最大の電算センターにまで育てた飯塚毅さんは、著書「経営と税制」(PHP)の中で、市村さんの思い出を語っています。
中小企業経営者なら、今では決算や毎月の経理作業で誰もがその名を知る「TKC」も、創業期は何度も倒産の危機に瀕し、飯塚社長も何度も「もう駄目だ」と諦めそうになったそうです。そんな時に、「新しい発想のきっかけになれば」と参加したのが、「営業の天才」の名を欲しいままにしていた三愛(現:リコー)の社長・市村清さんの講演会でした。
演題は「その鳥を狙うな」。奇妙なタイトルで、何をどう話すのかさえ、全く予測が付きません。「鳥って何だ?何の意味だ?何を話すのか?」と不思議に思いながら参加した飯塚社長は、1時間後に「そうか~っ!」と大逆転の発想を得て、TKCも成長軌道に乗るわけですが、では、市村社長は何を話したのでしょうか?
Googleで検索しても「10件」しかリストアップされず、今では限られた本の中でしか紹介されていない講演「その鳥を狙うな」の真意とは…?
市村清少年が育った三養基郡(現在のJR基山駅付近)は、今もそうですが、平原と山に囲まれた土地です。清少年は、家の近くの山で「トリモチ」を使って、お父さんと鳥を捕まえに行くのが小さい頃の楽しみでした。
「トリモチ」とはその名の通り、「鳥を捕まえる餅」です。餅はベタベタしているので、これに鳥をくっつけて捕獲するという、きわめて原始的な構造の道具です。
清少年は、「今日こそ捕まえるぞ」とトリモチを片手に携え、鳥を見つけては「えいっ!」と棒を伸ばすものの、鳥はすぐに逃げてしまいます。毎日毎日、一日中回っても、一羽も捕まえることができませんでした。
一方、お父さんのカゴを見ると、鳥がいっぱい入っています。「同じ道具で、同じ場所でやっているのに、どうして僕だけ一羽も捕まえられないんだ?」と思った負けず嫌いの清少年は、ある日、「どうやったら、僕もお父さんみたいにたくさん捕まえられるの?」と質問しました。
お父さんは清少年に、「おまえは鳥がいる所ばかりを狙うからだめなんだ」と言いました。清少年はその答えを聞いて、不思議に思いました。「鳥を捕まえるのに、鳥がいる所を狙って、どうしてだめなんだ」と感じた清少年は、「じゃあ、どうすればいいの」とさらに質問しました。
お父さんは「鳥の動きを見てみろ。鳥は危険が迫るとすぐに逃げるが、行き着く枝はいつも同じ場所だ」と教えてくれました。
「なるほど!」と、清少年は目を覚ましました。自分は鳥を捕まえようと思って、「鳥そのもの」ばかりを狙っていた。いつも鳥がいる枝ばかりを見つめて、鳥がどこに逃げるか、どう飛ぶかなんて考えたこともなかった…。
そう、お父さんはトリモチを「鳥が逃げてくる場所」や「鳥が飛ぶ方向」にセットしては、鳥が止まっている木を蹴ったり揺らしたりして、鳥が「危ない!」と逃げた瞬間に捕まえていたのです。
すばしっこく、自由自在に空を飛び回る鳥も、さすがに身の危険を感じた時は「どこに行くか」までは考える余裕もなかったようで、お父さんのこのやり方は見事に成功していました。
お父さんから「極意」を教わった清少年は、この教えを胸に秘め、鳥を捕獲する名人として、少年時代の思い出を作ったのでした。
さて、その清少年も大人になり、「佐賀の天才営業マン」として、遠く東京にまでその名をとどろかせるようになりました。その市村さんの営業の極意を聞きに来たのが、後に世界最大の会計事務所を築く飯塚社長だったのです。
市村社長は言いました。「皆さんは、例えば自転車が売れたら、よし、今は自転車がチャンスだ!とばかりに自転車を扱おうとするでしょう。冷蔵庫が人気なら、みんな冷蔵庫を扱おうと思うでしょう」。
「まさに。それの何がいけないのか」と飯塚社長は思いました。市村社長の言わんとするところは、「売れている商品を見るから、激しい競争が起こって顧客が逃げていく」ということで、「冷蔵庫が売れているなら、冷凍できる食品を考えてはどうか」という発想でした。
冷蔵庫とは、それまで氷室で食品を冷やしていた労力と時間を節約する「文明の利器」で、この商品のヒットから分かることは、「消費者は時間を節約できる商品なら高くても買う」ということでした。
ならば、次は「冷蔵庫に入れられる食品」を探すのではないだろうか。だって、冷蔵庫も、何も入れなければ「ただの箱」なのだから…。
「車が売れている」からといって、車を売ろうとするな。「車があれば可能になること」を考えて、みんなが車を売ろうと競っている間に次の手を打て。
「電算機が便利だ」といって、電算機を売ろうとするな。「電算機を手に入れた会社が望むこと」を考えて、他社が電算機開発を争っている間に次の手を打て。
…つまり、市村社長の講演のエッセンスは、小さい頃にお父さんに習った「その鳥(お客)を狙うな、鳥が次に移動する所を狙え」という発想でした。
講演を聞いていた飯塚社長は、衝撃を受けました。目の前にヒット商品があり、そこにお客が集まっていれば、誰だって「これを扱えば売れる」と思うはず。そして事実、そこにトリモチを伸ばそうとする。みながそうすることで、新規参入競争は激化し、企業は消耗して利益は下がっていく…。
それよりも、そこに群がったお客が「次に行きそうなところ」にトリモチを仕掛けて、お客が流れてくるのを待っておけばよいのだ。TKCはこの気付き以降、先見性と広い視野を武器に次々と全国に拠点を拡大していくわけですが、そのきっかけになったのが「子供の山遊び」の体験談だったとは、意外な組み合わせですよね。
このエピソードは、今日の「FUN営業塾④」で、九大2年のM川君が、メーカーで営業をしているA野君(なんと、毎週長野県から東京経由で参加!ありがとうございます)に対して行っていた提案を聞いて、「センスがいいなあ」と感じたことから、思い出しました。M川君、A野君、どうもありがとうございます。
さて、僕が学生の頃、「フリーター」という言葉が生まれ、「派遣会社」という制度が広がり始めました。「無所属のアルバイト(プー太郎)」や「期間労働者」があまりにも増えすぎたため、新しい職名を創出して業界が一大キャンペーンを展開したのです。
同時に、求人用のフリーパーパーも続々と増え始め、粗雑な作りの雑誌で仕事に出会った友人や知人からは、「話が違う」、「会社辞めたい」という話をよく聞くようになりました。
福岡は一時期、派遣会社の事業所数とフリーペーパーの発行部数が、人口当たりで全国一位になるほど、両者の数が増えに増えました。そのような現象が全国で起こって、ブームにさらに拍車をかけ、大手企業が社内部門を分離して「○○スタッフ」といった派遣会社を作り、広告クライアントとして多くの雑誌に資金を供給しました。
つまり、「楽に選べて、しかもフリーターと呼ばれないで済む働き方」が全国の若者に広がり始めたわけです。だって、派遣「社員」という名称ですからね。親は「社員」という言葉に弱いものです。
僕の高校は「進学校」と呼ぶにはほど遠い学校で、卒業と同時にフリーターになる人間もいっぱいいたため、「派遣に登録したよ」、「タウンワークの方がいいよ」という話は、それこそ会えば誰かに聞くほど、一般化しました。
でも、僕は友達より一足早く会社に勤め、しかも海外の商取引で鍛えられたので、友人の姿を見て「こんな甘さじゃ通用するわけがない」、「いずれ親や周囲の目も気にするはずだ」と感じました。
何より、市村社長のエピソードを知っていたので、派遣会社やフリーペーパーを作ろうという発想よりも、「再度、正社員になりたいと思った時に利用できるサービス」を考え、作り出しました。
今では大手の派遣会社が、僕が5年前に考えてシステム化し、すでに儲け終わったサービスを「転職支援」とか「紹介予定派遣が便利」と宣伝して、過当競争モードに入りつつあります。ま、少ない利幅で「勉強」しながら、お客を奪い合ったらいいでしょう。
僕は「鳥」には興味がないので、どこぞの派遣会社にノウハウでも売って、さらに儲けようと思います。トリモチは、毎晩いっぱい作っていますから。
「楽に就職できる」、「他人の信用で就職できる」というメリットに引かれてサービスを受けた人が、次にどんなことを望むのか。僕は何十人も目の当たりにしてきたので、「フリーター」や「転職した元フリーター」が次にどこに飛ぶのかは、よく見えます。派遣会社に入社が決まっている4年生の皆さん、今度ぜひお話しましょう。
吉本興業の女性創業者・吉本せいは、「寄席でお菓子を食べさせる」というサービスを作りました。「パリパリうるさい」と文句を言われないよう、音の出ないお菓子を配りました。
その結果は…?みんなが出口で売っている「お茶」を買い、吉本興業の収益が増えました。お菓子を食べてのどが渇いたから、当然ですね。
その後、多くの映画館や野球場、劇場が彼女のアイデアを真似し、敷地内でポップコーンやスナック菓子を売りまくっています。「映画はポップコーンを食べながら見るもの」というイメージ戦略も、見事に成功しました。
休憩時間や終了時間になり、客席から外に出たお客の目には、「自動販売機」が飛び込んできます。しかも、普通より若干高めの値段でジュースを売っています。このように、「映画館の自販機」は自然なサービスのように設置されていながら、実は数百人分の観覧料金に相当するお金を稼ぎ出しています。「鳥の移動場所」を見事に見抜いたサービスの一つですね。
皆さんも、チャンスを掴みたければ「周囲がやっていること」は基準にせず、「鳥」を狙わないよう注意しましょう。激流に集まった水は、次はどこに流れていくのでしょうか。
作用に伴う反作用を見極め、適切な手を打っていけば、仕事でも「より少ない労力でより大きな成果」を得られますよ。