■「内定への一言」バックナンバー編
「出る杭は打たれるが、出すぎた杭は打たれない」(マイケル・デル)
FUNでは数多くの本が「サークル内ヒット」を飛ばしてきました。中でも、「将来は起業したい」と願う4年生の間で隠れたヒット作となってきた本が、「デルの革命」(マイケル・デル/日経ビジネス人文庫)です。
デルと言えば、「ダイレクト・モデル」という独自の販売・マーケティング手法を編み出し、上陸した国で「3年以内で3位以内」という売上を記録し続けている、驚異的な成長企業ですよね。
注文は全てオーダーメードで、店舗販売は行っていません。ネット上で自分が望む機能を注文すれば、1週間ほどで「オリジナルPC」が届くという仕組みで、一切の諸経費を省くビジネスモデルです。
デルの快進撃の前に、日本でもソニー、日立、松下が追い抜かれ、トップであるNEC、富士通も「今後は業務用に力を入れていく」と方針転換を決めました。
デルの恐ろしい点は、このような価格戦略・販売システムにもありますが、創業者のデル会長が、まだ40代前半で世界5位の資産家でもある点です。
このデルと、グーグルのラリー・ペイジが組んだというニュースが、先日の日経にも出ていました。PC、IT業界は、これから新たな競争に突入しそうですね。
その「デルの革命」は、デル自身の少年時代の回想から始まっています。「私は幼い頃から、無駄なものを見つけては、省くのが好きな少年だった」と。
正直、「おいおい、どんな子供だったんだ?」と思ってしまいます。普通の自伝なら、「父親譲りのわんぱくな子供だった」とか、「病弱で母親の愛情を一身に受けて育った」など、環境的な事実を書くからです。
「ムダ」と思ったものに対しては、「なぜこんなことをするんだ?」、「もっと別のやり方でやればいいのに」と改善への意欲を燃やし、新しい方法で資源や時間を節約するのが、この少年の趣味でした。
その信念は全てに及び、学業、アルバイト、生活、仕事などの分野で、自分が納得する「効率が良くて、見返りが大きい」という手法を打ち出しています。
まさに、前半生の全てが「80対20の法則」の適用に挑戦し続けた人生で、アメリカ人の底力を思い知るような生き方です。デルの興味は、学生時代にアメリカで普及し始めた「パソコン」にも及びました。
普通の人は「なんて便利な機械なんだ!」と、感動をもってこの新しい機械を迎えたわけですが、デルは違いました。「なんとムダな機能が多く、余計なコストで膨れ上がった機械なんだ」と疑問視し、「こんなのを売っているのか?」と怒りさえ覚えたのでした。
既に大学生となり、幼い頃から機械や半導体の性質を知り尽くしてきたデルは、大学の研究室にこもり、自作のPCを完成させます。
学生仲間が「欲しい」という機能だけを付加し、他の無駄な機能やソフトは一切省いて、友達にオーダーメードのPCを作ってあげたわけです。彼の創作したこのアルバイトは大ヒットし、遠い街からも注文が来るようになりました。
そして彼は、「これは、巨大なビジネスになる」と直感して、大学を中退。「デル・コンピュータ」という会社を立ち上げ、アメリカ中でカスタムPCの販売を開始したのでした。
製造のムダ、仕入れのムダ、研究開発のムダ、機能のムダ、ソフトのムダ、販売コストのムダ、販売スペースのムダ、広告宣伝のムダ、時間のムダ、利益のムダ…多くのムダを徹底的に省いたデルのPCは、アメリカ中で飛ぶように売れました。
こうして、「ムダ嫌い」の少年は、徹底的なまでの簡素化を実現し、巨人IBMをPC事業から追い落とすほどのビジネスを作り上げたわけです。
日本なら、さながら新手のオーダーメード自動車会社が、トヨタを自動車業界から追い落とすような現象です。デルはもちろん、成長の過程で同業他社から悪口も言われ、強烈な反発も受けています。
しかし、テキサス出身で、豪快さと爽やかさを信条としていた若き創業者は、一言だけ口にしました。「出る杭は打たれるが、出すぎた杭は打たれない」。何事も、徹底的にやり抜けば、誰も抑えられないくらい強く大きく成長するのだ、という強烈な信念が感じられますね。
デルは別段、新しい半導体や機能を発明したわけでもないのです。彼がやったことは、「ムダをなくすこと」ばかり。
あらゆる分野で起業に成功した人は、「ムダをなくす」という視点を持っています。別に専門知識や高度な技術がなくても、「ムダをなくす」という視点で事に着手すると、それは新たなビジネスとなる可能性があります。
「新しいこと」がいつも良いとは限らないのです。ベストなのは、いつも「最適」です。「最高」、「最大」、「最新」、「最多」などは、常に二次的な問題でしかありません。大学生の皆さんも、パソコンと言えば、「20万円はするんだろうな」と決め付けています。
しかし、学生の皆さんが使っているのは、ワードとインターネットくらいです。20万円のうち、5万円くらいの機能しか使っていないのが大半です。
つまり、「ベンツ」を買ったのに、乗らずに「物置」にしているようなもの。あるいは、巨大な冷蔵庫を買ったのに、「卵」しか入れていないようなもの。あとは「バンドル」と言って、使いもしない機能やソフト、あるいは販売会社の家賃、運送費、人件費に、75%近くのお金を取られているわけです。
デルは、「皆さんは、どう考えても払いすぎです!」ということを、世界に証明してみせたわけです。そして、「払いすぎ」の実態が分かった消費者は、もう元のメーカーには戻ってきませんでした。
消費者の支持を集めたデルはぐんぐん成長し、どの競合他社も打てない杭となって、世界を制覇したのでした。日本の証券業界で松井証券が行ったような革命を、アメリカのPC業界ではデルがやったわけです。
「ムダを省く=新ビジネス」なんて、これは大きなチャンスです。僕もこの視点から、新しい事業をいくつも考えていて、今後40くらいの事業を展開していく予定です。
皆さんの周りの「ムダ」は何ですか?僕は学生時代、「教授と授業」がムダだと思いました。大学の設備も土地も、多くはムダだと思いました。
将来のわが国の懸念材料とされる「少子化」の最大の理由は、「教育費が出せないこと」です。学校にお金がかかりすぎて、子供が欲しくても、満足な教育を受けさせずに社会に出すのはかわいそうだから、若い夫婦も二の足を踏んでいるんです。だったら、「教育費を削減すればいい」と思いませんか?
つまり、「原則的に、毎年80%以上は繰り返し」という授業を行う教授は、ビデオかDVDに講義を録画し、全員解雇、あるいは配置転換してはどうでしょうか。そして、質問がある学生だけ、研究室に行けばいいんです。どうせ、大半の学生は寝るか無言なので、映像でも問題はありません。
今のマルチメディア全盛の時代に、数百人を収容する大教室で、声の小さい人間の話を聞くような「非効率な授業」をする必要が、一体どこにあるのでしょうか。
学生だって退屈だし、教授だって嫌なはずです。だったら、録画した方が良くないでしょうか?そうすれば、教授は好きな研究に没頭できます。学生は、通学時間を節約できます。
建物を持たずに大学を運営すれば、土地代や施設費、維持費などは存在しません。試験だけは、どこかの会議場でも借りて、効率的にやればいいのです。
おそらく、こうして授業を媒体化し、ダメ教授を全員クビにして、大学の事務作業や資産を圧縮すれば、教育費は1/10くらいに節約できるはずです。
つまり、「年間100万」の学費が、「10万」になるわけです。そうすれば、消費も活発になって、自費でも大学に行けるようになって、子供もたくさん生まれるようになると思うんですが、どうでしょうか。
そういうことをしないなら、何が「IT革命だ」と思ってしまいます。ソフトバンクはこういう「サイバー大学」を考えているようで、ぜひ頑張ってほしいところです。
最近では僕も、FUNの講義を全て「テキスト化&CD化」すべく、ICレコーダーを使って録音作業の準備を進めています。いわば、自分で自分を解雇する作業を、今のうちから進めているわけです。
皆さんも、自分の生活の中にある「ムダ」を見つけて、省いてみてはどうでしょうか?もしかして、大きなビジネスになるかもしれませんよ。
■今日の一冊 「所有から利用へ」(大野剛義/日本経済新聞社)
本書は、丸ごと一冊、「リース」と「資産のオフバランス化」の本です。土地も設備も、機械も道具も、全て所有しないと気が済まない日本人に、「所有のムダと危険」を説き、リースをはじめとする効果的な利用方法を、章別に詳しく解説しています。
著者は、略歴の写真を見て感じるように、誠実で厳しそうな印象で、いかにも「シンクタンク出身」という雰囲気です。会計制度や企業戦略を理論的に分析し、専門用語もバンバン登場する本ですが、とにかくビジネスのヒントが満載で、金融業界に行く人には毎回薦めている本です。ブックオフでは、この丁寧で画期的な力作が100円で売っています。本当にありがたいことですね。
■今日の質問 「応援したくなる学生は?」(西南3年Nさん)
「ありがとう」と「ごめんなさい」が即座に、目を見て、ハキハキと言える学生です。 それさえできれば、どんな失敗をしても取り返せるし、どんな挑戦でもモノにするからです。それに、この単純な二つの言葉をタイミング良く言えるということは、自分の目標や行動の意味を、自分できちんと理解できている、ということでもあります。
その証拠に、この二つをすぐ言えなかったり、声が小さくなったり、目を逸らしたりするのは、心のどこかにまだ「自分が悪いわけじゃない」とか、「自分の力でやったんだ」という気持ちが残っている時でしょう。そういう態度は、隠そうとするほど、丸見えになるものです。
だから、素直な学生が一番応援したくなります。これは、人を応援する立場にある人なら、誰しも同じことではないでしょうか。