■「内定への一言」バックナンバー編


「なんだ、こんな田舎でも成功できるのか、

と思っていただければ、加盟店の方々の勇気につながります。

だから、我々はここからスタートしたんです」(ダスキン創業者・鈴木清一)




ミスタードーナツ」と言えば、FUNとは切っても切れない関係です。なぜかと言えば、毎週月曜の西南FUNゼミの終了後のおしゃべりスポットとして使っているから。毎週水曜朝七時の「早朝読書会」で使っているから。そして、FUN自体が、そもそも「ミスドでの学生の集まり」から生まれたサークルです。



そんなミスドは、大阪の掃除器具レンタル会社・ダスキンのFCであることはよく知られていますが、その創業者として「祈りの経営」を貫き、今も社員から大きな尊敬と憧れを受け続ける故・鈴木清一さんは、ボストンの無名ドーナツ店の権利を買い、「ぞうきん屋に何ができる」と周囲の反対と批判に遭い続けました。




マクドナルドケンタッキーダンキンドーナツ…。世界を代表するフランチャイズが日本に上陸した時は、そのほとんどが東京の一等地からスタートし、これもこれで立派なスキミング戦略として、FUNの勉強会でも以前題材にしましたが、鈴木さんが最初にミスドを出店したのは、大阪府箕面市。人口六万人のベッドタウンです。



流通評論家、経営コンサルタント、飲食業の専門家と自称する人たちは「ほら見ろ、ぞうきん屋には何も分かっていない。すぐに潰れるさ」と言いますが、鈴木さんは温和な笑顔でただ一言、「なんだ、こんな田舎でも成功できるのか、と思っていただければ、加盟店の方々の勇気につながります。だから、我々はここからスタートしたんです」と答えたそうです。(『ミスタードーナツ物語』桑原聡子・2002AIM




飲食業やサービス業で、お客が大事なのはもちろんです。「事業は顧客を創造することが全てである」とは、ドラッカーも言っている通り、当たり前すぎること。



でも、鈴木さんは「これから事業を始めたい方々が、やるならミスタードーナツだ!と思ってくれるようや先行事例を作ること」こそ、ミスド事業の発展に欠かせない試練だと考えました。



銀座や新宿、渋谷に出した記念すべき第一号店が華々しい成功を収め、マスコミの取材が来て、女子大生の行列ができ、主婦が商品を争うように買っていった。そんな光景は毎年報道されます。




「すごい」と思う人もいるでしょう。しかし、それと同時に「東京は人が多いからな」と思う人もいます。よって、「表参道で成功した飲食店」を、すんなりと「ワシらの田舎でもやってみよう」と思うには、勇気が必要になります



でも、人口六万という、日本のどこにでもあるような町で成功したとなれば、話は別。「なんだ、箕面のような田舎で成功できるなら、人口が多くてもっと都会のわが町では、もっと成功できるぞ」と思います。鈴木さんは、あえて苦労とリスクが伴うスタートを選ぶことで、ミスド事業に魂を込めたのでした。



その時の決意の言葉は、「ダスキンがずるくて怠け者の集団になったら、どうぞ潰して下さい!」。簡単なものからやると、物事は何でもきつくなっていきます。苦しいこと、難しいことから最初に手をつけると、後になるほど簡単になっていきます。




FUNでも夏は挑戦、秋は失敗、冬は先取り&シミュレーションというプロセスで就活対策をやりますが、たいていの学生が「本番の方が簡単だった」と言います。本番が「なんだ、私でもできるやん」と思えるようになるような今を過ごしておけば、就職くらいで何の不安を持つことがあるでしょうか。



ちなみに、この「ミスタードーナツ物語」を書いた方は、大学四年生(執筆当時)です。立派な文章と深い取材にも感心しながら、今から残りを読み進めていきます。