■「内定への一言」バックナンバー編


「自己管理できる指導者には、部下の管理は不要」(石坂泰三)
その①




今週で第期「営業塾」も終了します。もともとは、広告営業で思ったようにいかなかった西南4年のM君、N君が「悔しい~!営業の勉強がしたい!」と言ってきたのに対し、「じゃあ、やってみよう」とメルマガで呼びかけたら、26人もの参加者が集まったのが始まりでした。



「結果が出てきました」、「見込み客が増えてきました」、「営業の捉え方が変わりました」など、早くも数人から反響を頂いていて、それはそれで嬉しいのですが、僕が欲しいのは「1年後の声」です。



ぜひ、信じる行動を継続し、お客さんの想像以上にお客さんに尽くし、皆さんの信者を作っていってほしいと願っています。



ちなみに、僕は「広告塾」だけはやっていません。今後もやる予定はありません。なぜかと言うと、僕は広告が下手だからです。いつも本当のことばかり書いてしまうため、信じてもらえないのが原因のようです。



「真実を書くと、反響がない」とは、広告下手な僕が得た教訓の一つ。多分、疑ってるんでしょうね。僕の言葉よりは、自分の才能を。「私がそんなに頭いいわけないでしょ!」、「オレにできるわけないだろ!」という強烈な決め付けをひっくり返すのも、仕事の快感の一つです。



営業やスピーチ、会計、作文、取材、語学、コンピュータ、編集、企業財務、職業相談などは、仕事でも使ってきたスキルだけに、学生に教えるくらいの知識はあります。



FUNで「○○塾」と銘打って教える基準は、「これでカネが稼げる」という知識や経験を持っている分野に限定していますから、FUNで教えていることは全て、僕ができることです。



マレー語もインドネシア語もしゃべれるし、ギターも弾けるし、速読もできますが、それで稼いでいるわけではないので、こういう知識は教えません。できないことは、やりません。やりたくなったら、できるように勉強するだけです。それが、若者に接する際の、最低限の責任だと思っています。



僕の苦手は、コンパと広告。中でも広告で苦しんだ経験は、記者以来創業を経て7年、数え切れないほどあります。だからこそ、一度会ったら絶対に離さない営業やリーダーシップの重要性については、人一倍心がけてきたという実感があります。



「広告が下手なら、広告しなくていいようにしよう」という苦しさの果ての逆転の発想から、「顧客が自分自身を見捨てても、オレは絶対にお客さんを見捨てん!」との信念で取り組み、4年を経て、お客が行列を作る口コミが福岡全域で起こるようになりました。



この姿勢を身につけるのに、年下の安田君から学んだことは、数知れません。さすが、人知れない苦労を重ねてきただけのことはあります。



ふぅ辛かった。でも、楽しかった。そんな思いで様々な「塾」を作り、FUNで今までに12講座をお届けしてきましたが、その中でも最も本格的で難解、かつ実践的な「営業塾」の最終回のテーマは「顧客を選び、信者を作る」です。



何を学ぶかというと、「リーダーシップ」です。ということで、今日はリーダーシップについて考えてみたいと思います。



このテーマについては、2年前ほどのメルマガで、「その身正しければ、令せずと雖も行われ、その身正しからざれば、令すと雖も行われず」という、十八史略の言葉を紹介しましたよね。「上に立つものの行いが正しければ、命令しなくても人は動き、行いが正しくなければ、命令しても動かない」というほどの意味です。



僕は主に、中小企業や新設企業を対象に、フリーター、社会人向けの再就職・転職支援をやっていますから、人事担当者や求職者の気持ちは、少しは分かっているつもりです。



読者の皆さんは、8割が大学生で、あとの2割が新社会人や2年目の社会人の方々でしょう。おそらく、いつも自分の能力の不足を実感しては、マスコミの「最近の若者は」という言葉や、企業の「君たち新卒は」という言葉に、影響されやすい年齢だと思います。



僕は、そういう人を弁護するつもりではありませんが、採用の問題の9割は「企業側にある」と思っています。中でも「社長」にあります。勘違いしないで下さいね。別に学生や新卒が有能と言っているわけじゃないんですよ。使い物にならない若者は、徹底的に使い物にならないのも事実です。



ただ、「それじゃ誰もついて来んでしょ」と思う社長が、非常に多いと感じているというだけのことです。



細かいことを書くと、営業塾の内容とかぶってしまうので書きませんが、要点だけをまとめてみます。会社の中において、より多くの経験や大きな責任を持っている「上司」の方が上の立場なのは、当然です。知識や経験がゼロの新卒は、最初は指示を待ってこなすしかありません。



ただ、今「持っているもの」がゼロなのは致し方ありませんが、今「描いているもの」がどうであるかは、上司の責任です。



人は「想像」で動くものです。だから、相手の言動や結果、反省や自己評価の仕方を見れば、最初に何を想像していたかは、後からでも分かります。



この想像を構築する材料は、上司の話や情報が大半を占めます。若者はそれを聞き、整理・集約して、「これでいいんだ」と思う範囲の仕事をするわけです。



しかし、頭で思ったことと実際に取った行動は、未経験のうちは嫌になるほどかみ合いません。新卒も歯がゆい思いをしますが、それでも前進しているうちは、上司たる者、大らかに見守るべきでしょう。



でも、中には自分が新人だった頃を忘れ、若手の不手際や段取りの遅さにイライラして、「何回言ったら分かるんだ!もういい、帰れ!」などと言う上司もいます。あるいは、部下が命令に従う姿に快感を覚え、なんでも命令してみて忠誠心を試そうとする「出来の悪い上司」もいますが、こんなのは権力や地位の関係上、命令が成立しているにすぎません。



おそらく、よっぽど出来が悪い新人時代を過ごしたのでしょうが、年だけでも取れば、日本社会では一応、「服従」の対象になれます。それを「人望」や「権力」の確認材料だと勘違いするから、こんな上司たちこそ、会社のガン細胞だと言えます。



上司の仕事は、部署の内外で関わる人たちとの「つもり」を取り除き、人々が持つ最大限の可能性を引き出すことです。でも、それをぐっとこらえて行う人は、あまりいません。



居酒屋に行けば、部下は上司の愚痴、上司は部下か社長の愚痴と話題が決まっていて、最近はこらえ性のない人間が多く、愚痴はますます増えるでしょうから、僕も居酒屋の株でも買おうかと考えているくらいです。



よく、以下のような分類を聞きます。「良い部下」の条件、だとかが最低で、が最高です。あくまで、上司から見た部下の尺度です。

言ってもやらない
言えばやる
言ったことはやる
言う前にやる
言おうとした以上にやる

ということです。これは、客が会社に求める条件なのでは


僕は、採用担当者からこのような評価を聞くたびに、「相当、管理したいんだなぁ」と感じずにはいられません。全て、「自分の指示」が基準になっているからです。



もちろん、大学で過ごす4年は短くない時間なので、頑張ってきた人間とサボってきた人間の差は、入社の時点で埋まらないくらい大きいものです。理解し、吸収していくのは、新人の基本的な仕事です。



一人でカネを稼げないうちは、言われた作業をおとなしくこなし、その熱意で自分を表現するしかありません。ただ、採用した以上は、新卒の虚偽報告(したくないのに、したい仕事と言う、など)以外、全ての「不手際」は会社に原因があります。



甚だしい例は、入社後数ヶ月たっても、「ウチの仕事」が何であるかを、若者が理解していない、という信じられないケースさえあります。


駐車場機器メーカーの新人が、「機械売ってる会社だよ」と言う。
英会話学校の新人が、「外国語教えてるんだよ」と言う。
出版社の新人が、「本を作ってるんだよ」と言う。


ほら、全員間違っています。こんな仕事の位置付けで、何を頑張れと言うのでしょうか。


それを、「最近の若者は使えないなあ」、「もっと動いてもらわないと困るよ」などと言う社長や人事もいますが、「使える」と思って採用しておきながら、入社したら新人のせいにするのは、「私は馬鹿社長」と言っているのと同じ。