■「内定への一言」バックナンバー編


「IT革命では、TよりIが重要だ」(P・F・ドラッカー)

その①



クレアモント大学のドラッカー教授といえば、世界一有名な経営学者でしょう。マネジメント、コア・コンピタンス、ニッチビジネス、イノベーションドラッカーが発見し、規定し、世界中に広げた経営概念は、それこそ数知れません。



企業、学校、病院、NPO、ドラッカーの影響を受けて生成発展してきた組織の数もまた、計り知れません。僕も著書を十冊ほど読んできましたが、思考の幅の広さと洞察の確かさ、先見力の鋭さは、人間業とは思えないほどです。しかもドラッカー教授が現在九十三歳という事実は、この世の奇跡かと思ってしまいます。




「経営学者」と呼ばれることを嫌い、「私は社会生態学者だ」と言い切るドラッカーが、人類史上始まって以来の激変と位置付ける一九九○~二○二○年で最重要視しているのが、「産業時代」から「情報時代」への変化ですが、その中核を担うIT産業について、「ネクスト・ソサエティ」(ダイヤモンド社)の中に面白い指摘があります。それが今日の言葉です。このようには書いていませんが、要約すれば「TよりI」です。


これは、どういうことなんでしょうか。



IT革命」とか「IT化」という言葉を聞いたら、普通の人は「パソコン」とか「インターネット」を連想し、社内にLANが敷設されたとか、自宅にネットがつながったとか、そういうことが「IT」だと考えます。そういう「見える事実」はいつも分かりやすく、そして、時代遅れです。



以前経済誌出版社に勤めていたとき、ベンチャーの旗手たちを毎月特集でインタビューしていました。5~6年前のことです。楽天の三木谷社長、松井証券の松井社長、インディゴの孫泰蔵社長(孫正義さんの弟)、ライフメディア(旧:イミネット)の鎌田社長、ウェザーニューズ、など




現在は誰もが知っているこれらの会社も、わずか五年前は、僕が勤めていた九州の弱小出版社のインタビューに応じてくれるくらい小さく、無名で、何をやっているのか分からない「怪しい会社」でした。



社内最年少の僕の仕事は、これらの「社長インタビュー」のテープを隅々まで忠実にリライト(起こし作業)し、要約して記事の原案を作ることでした。




実際の雑誌には掲載しない「オフレコ部分」は、社長発想の宝庫。僕は社長に会い続けられる仕事をするためにこの出版社に入ったので、取材済みのテープを家に持ち帰っては、夜にずっと部屋で流し、いろんな社長の話を聞きながら夜を過ごしていたのですが、成功する人には共通する考え方があることを確信しました。



まるで、「リヴァイアサン」を書いたトマス・ホッブズフランシス・ベーコンの著作の翻訳アルバイトをした際に、ベーコンの思想を学んだように、僕もテープ起こしを通じて、起業のリアルなイメージが描けました。




話をITに戻しましょう。「TよりI」とは、どういうことなんでしょうか。例えば、起源には諸説がありますが、グーテンベルクが活版印刷を発明したのは有名な話です。



世界最初の発明は、金型でアルファベットを作り、それにインクを載せて、紙に押し付ける「なんだ、版画か」と思うようなシンプルな技術でした。シャチハタと一緒です。しかし、グーテンベルクは「印刷屋」にはなりませんでした




彼はその代わりに、当時急速な勢いで拡大しつつあった「宗教革命」に目をつけ、「今、人々が一番求めている情報は、ルターが何を考えているか、だ!」と考えて、自分が開発した印刷技術を用いた仕事は他人に任せ、「情報の拡大発信」に力を入れたのです。



事実、聖書はそれ以来、並ぶものがないほどの「ベストセラー」として世界史に君臨しています。グーテンベルクの着想は正しかったのです。彼は「技術(Technology)」よりも、「情報(Information,Intelligence)」に目を付け、「活版印刷の技術があれば、どういう情報伝達が可能になるか?」にこだわったのです。




「オレはグーテンベルクよりも優れた印刷ができるぞ」、「ワシの印刷機はグーテンベルクのよりもキレイだ」と言っていた人は、過当競争に巻き込まれ、消えていきました。誰かが勝ち残ったのでしょうが、その名は誰も知りません。歴史の中に消えたからです。



グーテンベルクの視点を受け継ぎ、「モノ」より「コト」に目を付けた十九世紀の実業家ベルテルスマンは、欧米最大の出版社ベルテルスマンを創業し、その名は音楽ソフトで世界的に有名なBMG(Belthersman Music Groupに残されています。



日本では「BMGファンハウス」として事業を展開し、昨年ソニーと合併して「ソニーBMG」になったのは、記憶に新しい出来事です。(ちなみに、FUNがBMGとSMEを取材した直後でしたね)




さて、起きたことが「聖書の拡大」だけなら、今日この言葉を持ってきた意味がありません。他の分野でも同じような事例が見られたからこそ、ドラッカーも着目し、そこから共通原理を見抜いたのです。つまり、「IT革命」は、歴史上何度も起こってきた、ということを。




和紙の大量印刷技術が発明された時、「製紙業が儲かる!」と紙作りの事業を始めた会社は、数十年後にほとんど消えていきました。



「和紙をこれだけ安いコストで大量に作れるなら、新聞ってものが作れるんじゃないか?」と着眼した人物は、以前から地方で見られた「かわら版」を街頭で「さぁさぁ、お立会い!今日はこんな出来事があったよ~!」と大声で読み、道行く人々に売りまくりました。「読んで、売った」という始まりを持つこの新聞社は、現在は「読売新聞」として、日本人なら誰もが知る会社となっています。




テレビが発明された時も、「テレビ屋になろう!」ではなく、「テレビがあったら、どんなことができるか?」を考えた電通中興の祖・吉田秀雄が、「プロレス視聴器」ではなく「広告媒体」として活用し、今ではテレビは地上最強の電波メディアとなっています。



トロント大学のマーシャル・マクルーハン教授も、テレビを「触覚メディア(Tactile Media)」と設定し、「メディアはメッセージである。テレビによって、人間は原始人化する」と言い切っています。(「マクルーハンの世界」竹村健一・徳間書店)。テレビによって人間は、社会はどう変わるかという予測は、電通の本やマクルーハンの本を読むとよく分かります。そういうことを考えた人は本当にすごいです。